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第54話
アキラはそっとその扉を開けた。
いけないことだと分かっている。
こんなことをすればますます嫌われる。
扉のカギは持っているから開けられる。
寮監とオメガ本人しかもっていないはずの個室のカギを。
オメガの寮にアルファが入ることは許されない。
こればかりは流石のアルファでも罰せられる。
だが。
入らずにはいられなかった。
物音で目を覚まさないようにアキラの巨体は音を立てない。
まるで質量が消えたかのように、無音で動き、気配さえない。
ミサキはぐっすり眠っていた。
眠れるように薬を飲んでいるのも知っている。
ミサキが苦しんでいるのは自分のせいだ、ということもアキラは誰よりも知っている。
ベッドの傍らに膝をつく。
音はしない。
ミサキの寝顔は安らかで。
良い夢を見ていてくれ、とアキラは願うしかない。
そうねがうことさえ、酷いことなのだと言うことも知っている。
「ミサキ」
声に出さず呼ぶ。
もう呼びかけることも許されない。
震える指を伸ばしかけるが、その指がミサキに触れることはない。
「ミサキ ミサキ」
声にならない声。
アキラの金色に近い茶色の瞳が、闇に光るのは濡れているからだ。
アキラは音もなく泣き。
ミサキを見つめ続ける。
何でもしてやりたいのに
諦めてさえやりたいのに
自分を消し去ることだけはできず
おもうのをやめることさえできない。
傷つけることしかできない。
護りたいと思っているのに。
アキラは。
夜明け近くまでそこにいて。
消え去るように去っていった。
そんなことはミサキは何も知らない。
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