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第77話

「ミサキ、行ってもらってもいいか?」 その日、社長にミサキは仕事を頼まれた。 作業ではなく交渉の仕事だ。 最近ミサキは現場だけでなく、依頼先との交渉もしている。 ミサキ達の仕事はベータでは出来ない危険な部分の作業を請け負うが、その工程以外の部分はベータ達が作業していて、つまり共同作業となる。 そんな現場をどのようにまわすかは、相手のベータ任せだけには出来ないことも多く、オメガ側からの要求等の交渉が必要になる。 現場が分かってきたからこそ、こういう仕事もできるようになる。 その身体能力を知りながらも、オメガを美しいだけのアルファのための人形だと思っているベータは多く、舐められないように、もしくは舐められていることを利用してこちらの条件を認めさせることが求められる役目を、ミサキは巧みにこなせるようになっていた。 危険な作業をどうやって実行するか、の計画を練り実行するのは楽しいが、交渉での人間を見極めコントロールする仕事もミサキは面白いと思っていた。 「こちらのやり方に口出しさせないようにしたら良いんですね」 ミサキは社長の机に座りながら言う。 本来なら入社して数年の社員がとる態度ではないが、社長も誰も気にしてない。 この会社では指揮系統はあるが、それは上下関係ではないのだ。 オメガ同士の連帯感はベータでは有り得ないほどのものだ。 特にこんなオメガだけで作られた会社なら 社長もまた、オメガである仲間なのだ。 仲の良い年の離れた兄弟のような態度をミサキと社長は取り合っている。 社長は美しい、年配のオメガだ。 オメガの外見はベータ程年を取らないが、それでも年月は刻まれていて、それがかえって美しい。 オメガでありながら起業した人間は少なく、成功した人間はもっと少ないからこそ、有名なオメガではあった。 「惑わします?脅します?」 ミサキは小首を傾げる。 美しいオメガはその姿だけで人間を窓わせる。 ミサキは仕事にその美しさを揺さぶりを使うし、そこから一転して精神的な圧力をかけてこちらに従わせることもする。 ミサキに出会った時、ベータはオメガは美しいだけでない、恐ろしいものであること、自分たちより遥かに強い身体をもつ生き物であることを、ミサキによって痛感させられ、屈服させられる。 ミサキはそういうやり方が好きだった。 「任せるよ。あくまで法律の範囲内でな」 社長はミサキの髪を撫でた。 ミサキは目を細める。 ミサキは社長が好きだ。 オメガだからと自分として生きることを諦め無かったし、オメガ達にそうやって生きる機会を与えてくれている。 危険な仕事でもあるが、やりがいはあった。 この仕事をするようになって初めて、ミサキは自分の身体を好きになれたのだ。 ロープ1本で壁を駆け上がり、海底の隙間で作業する、叩きつけられるような波を潜り機械を操作する。 ベータなら死んでも、ミサキなら成し遂げられる。 この身体は。 夜な夜なアルファに貪られ、それに悶えて狂うだけのものではないのだ。 意外にも、ここで働くオメガの番のアルファ達は、オメガがこの仕事をするのを止めてない。 それはアキラもそうだ。 もちろんミサキはアキラが止めたところで関係無いと思ってはいるが。 アルファ達は、番のオメガに嫌われることを何よりも恐れる。 オメガを支配してはいても。 強く主張されたなら、認めないわけにはいかないのだ。 社長の番もまた、アルファの社会では順位の高いアルファだが、この会社へ口出しすることは、番である社長から許されていないらしい。 オメガのすることにアルファが口を出すことを許さないオメガ達の集まりだ。 ただ、このオメガの会社の不文律。 「夜には家に帰る」 そこに番のアルファがいるからだ。 そして、家に帰ればアルファにオメガは裸に剥かれて喘がされ、求められるがままになり、そしてオメガも欲しがり、獣のように交じりあう。 それから逃れられるオメガはいない。 アルファの影を会社では見せなくても。 社長ですら、その美しいクールな顔を歪ませて、番に貫かれて鳴いている、とみんな知っている。 誰も互いの番を見せたことがなくても。 首筋にのこる、歯型がそれを教えてくれる。 自由に見えるオメガ達は、それでも番に繋がれている。 だが、ミサキはこの仕事にやりがいを持っていた。 「行ってきます」 ミサキは美しいスーツに身を包み、相手先へとでかけたのだった。

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