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第79話
それはシンだった。
学園を出て数年経つが間違いようもない。
美しいアルファ。
大きな身体、そして美しい顔。
誰もがアルファだと分かるアルファだ。
だが、いつも口元に浮かんでいた、人を小馬鹿にしたような笑みはなかった。
皮肉っぽく、それが魅力的で危険な匂いがしていた、その危険信号のような笑み、にもかかわらず、それに色んなオメガが堕ちていったその笑み。
それがなかった。
シンは子供のように笑っていた。
心からの笑顔だった。
嬉しくてたまらない、それがわかってしまう。
ミサキはシンだと気付くと同時にその笑みに圧倒された。
それはミサキの知ってるシンではなかった。
ミサキの知ってるシンは、実に自分に正直な、狡猾で、酷い男で、だからこそ惹き付けられたからだ。
酷さに嘘偽りがないからこそ、シンはシンだった。
隠さない酷さに、正直さを感じてしまったのだ。
ずるくて
酷くて
甘い。
でも。
ここにいるシンは。
誰?
それは実に。
普通に恋する男だった。
シンはその隣りを歩く、ベータの青年に恋していると誰もが分かってしまう。
青年だけに全ての意識を向けている
笑顔に、仕草に、眼差しに。
あのシンが。
ただのベータ相手にドロドロに溶けていた。
そのベータが誰かは知っていた。
シンがあの日学園に連れてきた、シンの誰よりも大事な幼なじみの恋人。
あの平凡なベータ。
青年も幸せそうに笑っていた。
シンの微笑みがどれほど珍しく希少かも分からないほど、あたりまえに。
ドクン
ミサキの腹の中で何かがのたうち回わる。
その二人がただ笑っているというだけの事実に。
シンに。
そのベータの青年に。
自分が憎しみを抱いている、と理解するまでそんなに時間はかからなかった。
オメガになってから、ずっと身体の奥で育てていた憎しみが。
今ようやくカタチを手にいれた。
許さない。
ミサキはそう口にしていた。
許すはずがなかった。
何故。
自分たちだけ幸せでいようとするのだ。
地獄がそこにないなんて。
ミサキは二人に向かって歩き出していた
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