80 / 122

第80話

二人は歩く。 手こそ繋いでないが、繋いでいるのも同然だ。 シンとベータの青年が恋人なのだと誰にも分かる。 シンの目は青年だけを追い、青年の少しの表情の変化さえ、まるで美しい光景の移り変わりでも見てるかのように感嘆している。 そして、青年はあたりまえのようにシンの傍にいる。 当たり前。 当たり前だと? ミサキは。 街中を好きな人と歩いたことがない。 ミサキはデートをした事がない。 自分が好きで、そして、自分を好きな人と二人でいたことがない。 まだアキラが嫌いじゃなかったころ、アキラと並んで学校に行くのは嫌いじゃなかった。 悪くなかった。 でも。 アキラはミサキをレイプして。 シンを好きになって、シンと話をするのも嫌いじゃなかった。 シンが自分と同じように自分のことを好きでいてくれたら良いと思ってた。 でもシンは、ミサキを辱めた。 友達だと思っていたのに。 アルファはクソだ。 クソなんだから、クソらしくあるべきだ。 何デートしてんだ? まるで普通の人間みたいに。 まるで誰かを愛せる人間みたいに。 シンとそのベータのどこまでも平凡で、穏やかな在り方が許せなかった。 ミサキの恋は踏みにじられたし、ミサキはちゃんと恋もしたことかないのに、毎夜アキラにドロドロに抱かれて泣き叫ぶのだ。 オメガだから。 シンが許せなかった。 アルファのくせに。 そんなことしてるなよ。 何普通の人間のフリしてんの。 化け物のくせに。 ミサキはゆっくり近付いていく。 足音を消し去り、気配を消す。 ミサキ達オメガはアルファ並にこういうことが出来る。 アルファのおもちゃにしては。 オメガは出来すぎている。 そう、アルファに支配されていなければ、この世界はオメガのものだっただろうに。 恋人に夢中過ぎて、オメガが近付くことにも気づかないシンを嘲笑う。 「久しぶり、シン。卒業以来だね」 シンに呼びかけた時のシンの顔は。 この数年で一番ミサキを笑わせた。 不用意に誰かを近寄らせたことなんて、そのベータ以外なかったのだろう? 単にミサキの存在に気まずい思いをしただけじゃなかったはずだ。 誰かに不用意に近寄らせてしまったという高位のアルファとしては有り得ないことへの 驚愕。 そして。 ミサキが現れたことへの 恐れ。 アルファの恐怖というものを、ミサキは初めて目にして。 アルファを怯えさせたということに。 楽しくて仕方がなくなっていた。

ともだちにシェアしよう!