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第96話
ユキ先生の話にミサキは驚いていた。
アキラと自分は、アキラが自分を助けた時に初めて出会ったのだと思ってた
だが。
違った。
アキラはそれ以前にミサキのことを知っていた?
「ミサキが小学校に通いはじめてからずっと、アキラは学校へ行き帰るミサキを見ていたんだよ。アキラは学校には通えなかった。内臓もあちこち悪くてね。言葉さえ話せなかった。喉から流動食を流し込んでいたからね。視線で家族に意志を伝えていたみたいだけどね。アキラは元気良く走りながら学校へ行き、友達とじゃれ合うようにして帰るミサキをずっと窓から見ていたんだよ。羨ましかった、と言ってたよ」
ユキ先生は続けた。
そう、ユキ先生はアルファのカウンセリング、も、していた。
本当に【カウンセリング】を行っていたのはアキラだけだったのだろうけど。
他のアルファはシンも含めてユキ先生の身体を喰らっただけだ。
そう、アキラは一度もミサキには言わなかった話をユキ先生にはしていたのだ。
小さな。
繊細すぎる折り紙。
アキラからの贈り物。
アキラには似つかわしくない、と思ったそれ。
それは言葉すら話せなかったアキラにとって唯一の創作だったのだ。
アキラの為に、アキラの家族が教えた。
そこからアキラは没頭し、アキラ自ら作品を作り始めた。
だからアキラは。
どんな贈り物でもなく、折り紙をミサキに渡した。
アルファではない。
ただのアキラとして。
それは。
アルファになる前からアキラからの贈り物でもあった。
「最初は羨ましくて。でもその内一緒に学校へ行き帰る想像をしだして、友達だと思うことにして。でも。それだけでは足りなくて。言葉を話したい。名前を聞きたい。その手に触れたい。そう思うようになって。でもどれもアキラには無理なことで。でも。アキラはずっとずっと。それを願ってて」
ユキ先生が言う。
ベッドの中の痩せこけた少年。
喉は切開され、流動食を流し込み、痰を吸引する為の管がある。
だから言葉は失った。
指だけはしなやかに動き、美しい折り紙を折る。
そして、羨望と憧憬が輝かせる金色の目が、外をはしゃいで走るミサキを見つめる。
名前も知らない
同じ年頃の少年を。
ああ、綺麗だ。
なんで素敵なんだろう。
アキラは1日数秒のその時を待ち続けた。
「アキラの母親はカーテンを閉めたこともあるらしい。息子が健康な同じ年頃の少年を見るのは辛いのでは、と。でも。アキラは言葉に出せなくても、そのカーテンを開けさせた。ミサキ、お前を見ることだけがアキラの全てだったんだよ」
ミサキはユキ先生のその言葉に、見たこともないはずの少年を見ている。
今のアキラの奥に、今でもいるだろう少年を。
「・・・なんで言わなかったんだ?アキラは」
ミサキは思わず言う。
アルファがキライだった。
オメガを欲しがるアルファが。
だからまだ憎んでいなかった時も、アキラとも距離を置いていた。
支配者でオメガを欲しがるアルファは本当に嫌だったから。
その話を聞いていたら、アキラへの距離のとり方は変わったかもしれない。
恋になったとは言えないけれど、もっとアキラと親しくなれたかもしれない。
しれない。
しれない。
全ては可能性の話でしかないけれど
「・・・好きな子に。同情なんかされたくないのは、ミサキにだってわかるだろ」
ユキ先生は苦くいった
ああ。
わかる。
わかるとも。
ミサキは思った。
ミサキもカッコつけたい少年だったことがあるからだ。
11歳の少年ならそうするしかなかっだろう。
支配者アルファとしてではなく、アキラの中の少年の意地が言わせなかったのだ。
「アキラはね。間違えてしまった以上は、どんな過去を自分が持っていてもそんなの言い訳にならないって」
ユキ先生の言葉は単なる事実を伝えるだけで、そこにどんな意味も乗せてこない。
その通りだ、と思いながらも。
ミサキは捨ててしまった折り紙のことを思い出していた。
あれは。
確かに美しく。
ミサキの心を動かしたのだった。
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