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第99話
アキラは金色の目を見開く。
ミサキに話しかけられたことに驚いているのだ。
アキラの目は暗い場所では光を反射して金色になる。
机のライトを消したなら、間接照明が照らすミサキの部屋はオレンジの明かりと影が際立ち、アキラの目も浮かび上がる。
無表情。
アキラにあまり表情はない。
その目を除いては。
昔は時折見せた子供のような笑顔も長く見ていない。
アキラが最後に笑ったのはいつだろうか。
「何の話だ?」
深い声は疑問だけを吐き出す。
それは困惑でもあった。
ミサキがアキラにする話などないはずだからだ。
「座れば?」
ミサキは机の近くにある読書用の1人がけのソファを指差した。
ミサキの家には人を呼ぶことがないので、すべては一人分しかない。
椅子もテーブルも食器も、何もかもが一人のためだけのものだ。
元々、オメガが友達を家に入れることはない。
家にアルファがいるかもしれないのに、そんな危険は犯せない。
アルファが友達を殺してしまうかもしれないからだ、これは冗談ではない。
たいていのオメガ達はアルファと暮らしているからこそ、人を家に入れない。
アルファの執着は凄まじいからだ。
家という巣に踏み込んでくる全ての者をアルファは敵とみなす。
ミサキはアルファと暮らして居るつもりはないが、危険は犯さない。
犯され、番にされたなら学ぶことだ。
もちろん、ミサキの家はミサキだけの家だ。
勝手に入ってくるクソアルファはいても、ここはミサキだけの家なのだけれど。
だから、すべては一人分しかない。
ベッドだけは渋々大きいのを置いてはいる。
でないとミサキが床やその辺で犯されることになるからだ。
だが、それも大きなベッドが好きだから、と自分に言い聞かせて買った。
それ以外は身体の大きなアキラに合うものは何一つない。
だからそのソファも、アキラにはくつろぐためには小さいかもしれないが、座れるだろう。
アキラは明らかに戸惑いながら、でも素直に座った。
ソファはやはりアキラには小さすぎたけれど、まあ、なんとか収まった。
「オレをいつから知ってた?」
ミサキの問いは真っ直ぐだった。
アキラはそれを矢のように受けた。
苦しげに眉をよせて。
不意打ちだったのだ。
アキラのこんな顔を誰も見たことはないだろう。
アキラは何人ものアルファを葬り去って、高位にいるアルファなのだ。
アルファの中のアルファ。
寝たきりだった少年からのあまりにも違う存在。
それをアキラはどう思っているのか。
ミサキの問いにアキラはちゃんと答えるだろう。
アキラは嘘はつかない。
シンとは違う。
それだけは確かだった。
アキラの目が暗く陰り、だが、その目がミサキからそらされることはなかった。
「5歳の時。お前の入学式の日から」
アキラは言った。
もう、理解したのだ。
自分の過去がばらされたと。
「ずっと見てた。お前だけしか見てない。お前だけなんだ」
アキラの声は深く重く沈む。
悲痛ですらあった。
「お前がアルファを嫌いなのは知ってる。でも、オレはアルファになれて良かったとしか思えない。お前にとっては不幸で、悲惨で、最悪でも。オレに出会わなければよかったと思っててても。オレがアルファじゃ無ければ・・・オレはお前に出会えることすらできなかったんだからな」
アキラの声がまた、部屋の底へと沈んでいく。
その重さがミサキにも届く。
ミサキへのすまなさ、と、それでも止められないミサキへの執着に引き裂かれた声だから。
「オレはアルファにならなきゃ、お前の元へ向かう脚もお前の名前を呼ぶ声も、お前に憎まれることさえも出来なかった。あのままだったら、お前は小学校に通わなくなれば二度とオレの視線の先に現れることはなかっただろう。・・・アルファになれて良かった。そうとしか思えないんだ。・・・すまない」
アキラはミサキを見つめる。
寝たきりの少年が。
ある日当然アルファになった。
その少年にはそれは自由に動く身体を手に入れることだった。
だけど。
だけど。
アキラとミサキはこうなった
金色の目は涙を流すことはない。
でも。
悲痛さが涙以上にそこにある。
「すまない。本当にすまない。オレは。オレは。お前の前に現れるだけでは耐えられなかった。それだけで良かったはずなのに。脚でお前の所へ行けて、お前と話せる声さえあれば、それで良かったはずなのに。オレは・・・」
望んでしまったんだ。
アキラは呟くように言う。
そんなの。
そんなの。
「そんなのお前の勝手な事情だろ!!オレには関係ない!!」
と叫びながら、それでもミサキは動揺する。
アキラはずっと黙っていたからだ。
ミサキが秘密をアキラ以外によって知らされるまで。
アキラはそれを言い訳にしてない、と分かっているからだ。
「そうだ!!オレがお前を傷つけ、今も苦しめている・・・なのにお前に殺されてやることも出来ない!!俺が強欲で、お前を諦められないから」
アキラは目をそらさない。
ミサキの言葉にちゃんと苦しんでいるのに。
ああ。
ああ。
行き止まりだ。
行き止まりだからこそ
「なんで・・・なんで・・・」
ミサキは怒鳴った。
「お前がオレたちをこんな風にしたんだ」
こんな地獄中にオレ達を置いたのはお前だ、と悲鳴のようにミサキは言った。
「それでも、俺はお前の傍にいれるだけでいい。お前の地獄が俺には天国なんだよ・・・すまない・・・」
そういうアキラの声はとても天国にいるものの声ではなかった。
地獄のような天国なのだと、ミサキにも分かる。
「そんなに自分のオメガが欲しいのか?」
ミサキの震える声。
「俺が欲しかったのはお前の元へ行く脚と、お前と話す声だ。お前がオメガかそうでないかは・・・関係ない。お前がオメガで無かったなら、それはもっと悲惨だったかもな」
アキラは苦く笑った。
二人は同時にシンとそのオメガの恋人のことを考えた。
あの二人もまた。
地獄にいた。
たしかに。
アキラとミサキではもっと悲惨だったかもしれない。
「オレの番ですまない」
アキラは言った。
「誰にも渡せなくて、すまない」
「愛してしまって、すまない」
「殺されてやれなくてしまない」
ミサキは何も答えられなかった。
答えられなかったのだ。
しばらく時間が流れた。
でも。
求めることは一緒だった。
そして、いつだって悪者になってくれるのはアキラだから。
でも。
ミサキは抵抗することなく、抱き上げられ、ベッドへと連れていかれた。
考えるのを止めて。
二人は互いを貪りあった。
アルファとオメガらしく
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