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第102話
「何でオレがお前に協力しないといけないんだ」
ミサキはシンに呆れていた。
呆れた上にさらにまた呆れるしかない。
本当に優秀なのかアルファという生き物は。
バカだとしか思えない。
「オレがお前のために動くことなんか有り得るはすがないだろ?」
ミサキの言葉は心からのものだった。
シンへの復讐を果たした今、少なくともミサキはシンに関しては「ケリ」をつけていた。
シンに対する憎しみが無くなったわけではないが、でも。
もう二度と関わらず生きて行きたい気持ちの方が強い。
やり返してやったことでの満足感は十分ある。
シンの汚い嘘を暴いてやったのだから。
復讐には何らかの意味がある事をミサキは実感していた。
「そう、オレにはないよね。でも、ミサキ、お前はキョウちゃんの為になら動いてくれるんじゃない?罪悪感、ちょっとはあるでしょ?」
狡い男が言った。
シン程狡い男はいない。
シンは見抜いていた。
ミサキがシンの恋人に感じる罪悪感や同情を。
ミサキはシンの恋人に何一つ罪がないとは思ってない。
だが、恋人もシンの被害者だとは思っていたし。
何よりあのベータは。
ミサキに謝ってくれた唯一の人間だった。
シンもアキラも。
アルファ達は本当の意味で謝ったりはしないのだから。
「・・・お前と別れた方があのベータの為だとオレは思ってるよ」
それでもミサキは言い切った。
シンはあのベータに嘘しかつない。
あのお人好しそうなベータはシンに騙されて生きるしかない。
シンと居るということはそういうことだ。
どれほどシンがあのベータを愛していても、シンには嘘しかないのだ。
むしろシンは嘘を積んで愛をつくりあげている。
そんなのいいとは思えない。
「・・・・・・それは、キョウちゃんが決めることだ」
シンの声が軋んだ。
シンが苦しんでいるらしいのが分かって、ミサキは笑い出しそうになった。
いい気味だ。
だが、何でミサキに協力をもとめてきた?
あのベータに何があった?
「キョウちゃんを助けてくれ、お前のせいだ」
しかシンからは言われてないからだ。
「別れてないのか?」
ミサキにはそれが意外だった。
あの真面目そうなベータは心からシンを信じていた。
そしてまた裏切られ、心が砕けた。
そうなったら、同じ関係でいられるはずがない。
それはシンによって心が壊れたことのあるミサキが一番知っている。
嘘で固めていたシンをもう一度信じることなど出来ないだろう。
もう、二度と同じにはもどれない。
「・・・別れるも何も」
シンが電話の向こうで苦く笑った。
「キョウちゃんは、オレを置いて逃げてしまった。今ここにあるのは身体だけだ。キョウちゃんは記憶を消してしまって、オレを憎むことも拒絶することもしないで、ニコニコ笑う人形になってしまったんだよ。ミサキ、お前がキョウちゃんを壊したんだよ」
シンの言葉に、ミサキはショックを受けてしまった。
壊した?
いや、そもそも、悪いのはシンじゃないか。
ベータを騙していたのはお前だろ。
そう心から思うのに、でも、あの人の良さそうなベータが壊れたときくと動揺してしまってる自分に、ミサキは腹も立つ。
心が砕けた時の。
あのベータの目。
あれはミサキの目でもあった。
だが。
だが。
知ったことか。
でも。
でも。
「オレにそんなことを言われても、オレに出来ることなんてないだろ」
ミサキは冷たく言ったつもりだったが、狡い男はその声にミサキの同情心を見つけ出していた。
「オレのためじゃない。キョウちゃんを助けて欲しいんだ」
そして、シンのその声には嘘はない。
「オレはキョウちゃんを取り戻したいんだ。それだけなんだ。その為にはお前の協力が必要なんだ」
シンの言葉は痛切だった。
あのベータは。
シンといるために記憶を消して、感情に蓋をすることを選んだのか。
自分を消し去って。
それは。
ミサキの望んだことではない。
ミサキが望んだことは・・・
「彼が元に戻って、お前と別れるって言ったら別れるか?」
ミサキはシンに尋ねる。
嘘は許さない。
シンの嘘は二度と許さない。
「・・・・・キョウちゃんが別れると言ったらね」
シンは渋々言った。
そこに嘘はないように思えた。
「お前と一緒にいたって、あのベータは幸せにならないよ」
ミサキの言葉にシンは何も言い返さなかった。
「誓えるか?ベータが別れると言ったら別れる、と」
ミサキは言う。
ミサキは知っていた。
アルファはベータやオメガとは違う。
成約に縛られる。
「誓い」にすれば、アルファはそれを守る。
そうでないと、際限ないアルファ同士の戦いでアルファは滅亡してしまうからだ。
それは戦うことでしか生きられない、アルファの本能なのだ。
これは沢山のアルファの相手をしてきたユキ先生だからこそ見つけ出したことで、オメガでもこの本能について知らない者は多い。
ユキ先生がこっそり教えてくれたことだ。
アルファが語らないアルファについての話の1つだ。
「・・・・・・誓う」
憎しみに満ちた声だったから、ミサキはそれをシンが守るだろうと確信した。
「で、オレは何をすれば?オレは芝居もしない、嘘もつかないぞ」
ミサキは用心深く聞く。
ミサキをどう利用して、あのベータの閉じこもった心を開くつもりなのか考えもつかない。
だが、嘘に加担する気はなかった。
「そんなことはさせないよ。とにかく、明日キョウちゃんと会って欲しい」
シンは言った。
あのベータの前でシンがミサキに何か出来るとは思えなかった。
あのベータの前だけではシンは自分を偽ってきたのだからこそ。
なのでミサキは承諾した。
だが。
「ミサキ、ピアスは外していけよ。それ、お前、自分が買ったモノだから安心してるだろ?それ、多分追跡装置、仕込まれてるぞ」
電話終わりにシンに言われて絶句した。
そう。
完全に油断してた。
アキラがまさか。
どうやってミサキを追跡しているのかは気になっていたけれど。
コレだったとは。
ミサキが気に入って数年前から着けてるピアスだった。
・・・・・・アキラがコレに触れたことなどないはずなのに。
「自分で選んで、自分で買った、つもりだっただろうけどミサキ、お前、それ、買わされてたんだよ。追跡装置の入ったピアスをな」
シンの笑い声にムカついて、電話を切った。
ミサキがどの店に入り、どのピアスを選んで買うのかをアキラが操作していたって?
アルファの手の中にいることを思い知らされてミサキは唇を噛んだ。
やはり。
アルファなど、大嫌いだった。
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