107 / 122
第104話
ミサキはシンについて部屋に入る。
シンは恋人の手を繋いだまま離さない。
大きなリビングのソファに、テーブルを挟んでミサキと向き合って座る時も恋人の手を離さなかった。
そこはシンの所有するマンションの一つのようだった。
恋人と住む家ではないのは確かだ。
そこは生活感がなかった。
シンが恋人と暮らせるのは毎日ではないのだろう。
毎日一緒だと、ベータである恋人を殺してしまうからだ。
ベータはアルファが加減していたとしても、アルファとのセックスには毎日だと耐えられない。
そして、アルファは愛する者が傍にいたなら、喰らわずにはいられない。
だから、毎日会わないようにしてるのだろう。
週に何回か。
そうして恋人を守ってる。
物理的に遠ざかることで。
自分が殺さないように。
恋人と暮らす以外の部屋が、オメガではなくベータを恋人にするアルファには必要なのだ。
アルファはベータには有害でしかないから。
ベータにはアルファはその身を貪る化け物でしかない。
オメガには、それでもアルファは必要なのだけど。
しかし、そこまでしてでも愛してるのか。
飢えを満たすセックスができなくても。
毎日会えなくても。
そこまでしてでも、強欲で自分のことしか考えないシンがこのベータといたいのだ、と思うと。
それは確かに愛なのかも。
そう思わずにはいられなかった。
だが、そうだとしても、このベータにしてみれば、だ。
それはろくでもない愛だった。
確かに、シンにはこのオメガといて、何一つメリットはない。
満足出来るセックスもできない、アルファのオメガへの飢えの解消もできない。
毎日暮らすことも出来ない。
何一つ得るものはない。
だが、このベータにはいつだってシンから殺される危険があるし、何より、オメガを他所で毎日抱いてるアルファを恋人にしないといけないのだ。
メリットが無いどころか、最悪でしかない。
しかも、逃げる場所さえないので、自分の中に引きこもっても、それでもまだ逃がさないつもりなのだ。
この最悪のアルファ、シンは。
「で、どうすんの?オレができることなんかないだろ?」
ミサキは尋ねた。
ミサキとしては、このベータをシンから逃がしてやりたかった。
シンから離れたなら、このベータはシンを愛しているから、とても苦しむだろう。
でも。
シンの全てが明らかになったから、シンの嘘が顕になったから、それに耐えられなくて、このベータは自分の中に逃げ込んだのだ。
それは。
シンから逃げたいとこの人が思ってるからだろ、とミサキは思った。
逃げれるなら逃げるべきだ。
アルファとオメガじゃないなら。
逃げられるのだから。
でも、ミサキに何ができる?
「それにちゃんと、この人が元に戻って、お前と別れたいと言ったなら別れてやれよ」
ミサキは念押しした。
アルファの「誓い」は強力だが、アキラが同意を無視してミサキを番にしたように、シンがオメガではなくベータに執着するように、本能に逆らうこともある、のだ。
特にアキラの「同意」の無視はアルファとしてあまりにも例が少ないがゼロではないし、
シンのベータへの執着は、数は少ないがないことではない。
「 誓い」を何度かさせることは、縛りを強くする意味があった。
「ああ、わかってる。誓うよ」
シンは顔をゆがませ、そう言った。
ミサキは安心した。
その時だった。
シンが繋いでいた恋人の手を離した。
そして恋人の頬を愛しげに撫でた後、ゆらりと立ち上がり、ミサキの座るソファへ向かってきた。
テーブルの向こうから。
何故だか、ミサキはゾクリとした。
それは孔を疼かせていた。
ローテーブルの向こうから、恋人をそちらのソファに残してこちらに向かうシンに、何故かミサキの身体が反応していた。
おかしい。
番ではないのに。
アキラが近づくだけで、ミサキの身体は反応してしまうが、それに近いことが起こってる。
「オレはミサキに触れたことがあるからね。ミサキの身体はアルファとしてオレを認識してるんだよな」
シンが唇を吊り上げて笑ってる。
アルファの欲情にミサキの身体がオメガとして反応してる?
そんな。
そんな。
シンがミサキに欲情してる?
恋人がすぐ側にいて、恋人の心を取り戻すためにミサキを呼び寄せたはずなのに。
なんで。
なんで。
ミサキの身体が熱くなる。
欲しがるアルファが、そこにいるからだ。
シンの身体をミサキが受け入れたことを、ミサキの身体は覚えているのだ。
「ミサキ・・・お願いがあるんだよ」
シンはズルくて、そしてあの頃から変わらない魅力的な笑顔で言った。
そう。
シンは。
ズルくて。
酷くて。
ミサキを騙すってことを。
ミサキは忘れてしまうのだ。
ともだちにシェアしよう!