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第106話
「復讐・・・?」
ミサキはシンの言葉を繰り返す。
なんて甘い言葉。
なんて魅力的な言葉。
その味は知ってた。
シンにしてみせた時に。
「ミサキは奪われてきただろう?ミサキはオメガのただ1つの自由、【番を選ぶ】ことさえ奪われたんだろ?」
シンの声は甘い。
それはシンが狡いからだって知ってるはずなのに甘くて甘くてたまらない。
甘くて粘り気のあるシロップが、ミサキの中に染み込み、まとわりついて離さない
シンの言葉はミサキの芯まで浸す。
「ミサキ。やり返してやったらどうだ?なんでお前だけが傷付けられなきゃいけない?」
シンが囁いてくる。
ミサキの顔のすぐ近くに、シンの綺麗な顔がある。
昔焦がれた愛しさはもう消えてしまったけれど、身体はシンにされたことを覚えてて、「アルファが欲しい」と疼いてる。
シンに舐められたことのある乳首がシンの舌を欲しがる。
シンの唇に挟まれて、舌で舐められ吸われたい、と身体は言う。
あの鋭い歯で噛まれたい、とも。
でも。
要らない。
要らない。
アルファなんか要らない。
「アルファのためにだけしか存在してるわけじゃないだろ?オメガは。気持ち悪いよな、特定のアルファに抱かれるだけの存在なんて。【番】?なんだよな、それ?要らねぇよ。そんなアルファだけに都合のよい奴隷なんて」
シンの言葉は本音だった。
奴隷。
そうだ。
アルファに飼われて生きる奴隷。
それがオメガだ。
どんなに愛玩されようと。
どんなにアルファがオメガに夢中になろうと、しようと思えばいつでも殺せて閉じ込められるのがオメガだ。
ペットですらない。
ペットを死ぬ時に一緒に殺す、そこまでヤバイヤツはそういないからだ。
他の誰かに自分が死んだ後、オメガが愛されることすら許せないのがアルファだから。
ただ、主人を選べる権利があるだけの奴隷。
それがアルファだ。
「お前だって、ベータを奴隷にしてるだろ」
それでもミサキはシンに反論する。
ベータをオメガの代わりにしてるだけだろ、と。
「キョウちゃんがオメガの代わりなわけ無いだろ」
シンはミサキの言葉を鼻で笑った。
その通りだった。
シンは恋人のベータを喰らってない。
シンは恋人とのセックスで快楽も得てないし、飢えも満たしてない。
アルファがベータに遊びでするように、セックス漬けにしたり、精神を支配して、人格を壊したりもしてない。
支配欲と執着の塊であるアルファが毎日会うことを避けてまで、ベータの身体と心を守っている。
アルファはオメガ相手にこんなことはしない。
シンがこの平凡なベータにしていることは何もかもが規格外だった。
これはアルファの愛し方ではない。
そもそもアルファが自分を偽り嘘で固めてまで、誰かを繋ぎ止めようとすること自体が有り得ない。
アルファは完璧で絶対な支配者なのだから。
「でも、お前だって死ぬ時は、恋人を殺すんだろ?」
ミサキはそれでも言ってやる。
シンがどんなに言ってても、恋人をこの世界に一人残すことなどできないはずだ。
死ぬ時には身勝手に恋人を連れて行くだろう、アルファらしく。
「オレが?キョウちゃんを殺す?バカ言え。オレは絶対にキョウちゃんを殺さない」
シンはおかしそうに笑った。
ミサキはそれは嘘だと思った。
シンはミサキには嘘をつかないはずだが、これは嘘だと思った。
シンが恋人を死んだくらいで手放せるはずがない。
「お前が恋人を残して死ねるわけがない」
ミサキは言った。
「残すわけないだろ。だって、キョウちゃんはオレがしんだらオレを追いかけてきてくれる。オレがキョウちゃんを殺す必要なんかないんだから」
シンの言葉は自信と確信に満ちていた。
シンは信じて疑わない。
恋人が自分が死んでも生き続けることないと。
ミサキは衝撃をうける。
そんな。
シンは。
執着されているのは自分の方だと言っている。
より愛されているのだと、言っている。
執着し、喰らい尽くすはずのアルファが、執着されているのだと。
ミサキは目眩がした。
目の前にいるのは。
愛されることに傲慢に慣れ切った、自分が愛されていることにほんの僅かな疑いも抱いたことのない、ワガママな子供で。
それは。
眩しすぎた。
羨ましすぎた
「オレは愛されてるからね」
シンは愛しげに壊れた恋人へと目をやった。
追い詰めて壊して、それでも逃がさないくせに、それでも愛されていることを疑うことすらない。
こんな酷いのに、でも、そこまでシンは愛されてきたのだということに、ミサキは打ちのめされた。
羨ましかった。
羨ましすぎた。
そんな。
そんな。
酷くて、羨ましすぎる
ミサキは唇を噛んだ
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