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第115話

「ミサキ・・・」 かすれたアキラの声がする。 ミサキはすぐにでも尻を掴まれ、アキラのペニスで串刺しにされると思って身構えていた。 離れているのにアキラの肉体の熱さを感じていたくらいだったから。 アキラの欲望もチリチリと焦がすように感じていた。 アキラはミサキを欲しがっているのは間違いなかった。 そう、そして、それを期待してもいた。 同時に殺されるのかな、とも思った。 犯して犯して、殺すのかな、とも。 アキラは誰にもミサキを渡したくないはずだ。 誰にも渡したくないから、沢山のアルファ達は死ぬ時にオメガを連れていく。 シンに抱かれたミサキを、アキラがそのままにしておくことはないだろうな、と。 殺すことは。 もうこれ以上奪われないことでもあるからだ。 なら、良いかと思った。 少なくとも、もう。 アキラのオメガとして生きなくてもいい。 もうオメガとして生きなくてもいい。 何より。 アキラへ復讐が出来たことは、ミサキにとって解放でもあった。 アキラが殺すまで犯されるのを楽しもう。 そうとさえ思った。 どうせオメガの身体は、アルファからの全てを快楽として感じるのだから。 でも、少なくとも。 ミサキはアキラに深い傷をつけれたはずだ。 それで良かった。 だけど、アキラがミサキの上にのしかかることも、脚を掴んで押し広げられることも無かった。 アキラはミサキの隣に腰かけて、動かない。 ミサキは不思議に思って顔を上げた。 アキラを待って興奮している身体のままで。 ミサキは驚く。 アキラは。 ただ静かに涙を流していたからだ。 憤怒の表情は消えて、静かに泣くアキラの顔は。 見た事もないほど、頼りなかった。 「どうして・・・いや、俺のせいだな。・・・ミサキ・・・ミサキ・・・すまない」 アキラの声は苦しげだった。 「・・・オレを殺すの?」 ミサキは聞いた。 もうこの2人の行く先なんて、それしかないんじゃないかと思って。 「・・・・・・いや」 しばらく間を置いて言ったから、アキラの中にその答えがなかったわけではなかったことが分かった。 「殺して欲しいのか?」 アキラの声は苦しげだった。 心臓を握りつぶされながら話しているようだ。 「それがお前の望みだとしても、それを叶えてやれない」 アキラは静かに泣くだけだ。 「手放してやれない。生きて俺の傍にいて欲しい。俺を憎んでてもいい。本当は他の男のところへ行かせてやるべきなんだろう。俺じゃなく。でも、でもでも・・・それは出来ない!!できないんだ!!!」 アキラが呻く。 軋んでもつれて、引き裂かれた声。 「アルファは番を手放せないから・・・」 ミサキは淡々と事実を述べた。 そうアルファは。 アルファは番を手放せない。 執着する。 アルファは自分の肉体と同じようにオメガのことを思っている。 半身。 番を表すためにアルファがよく使う言葉である。 ただ、本当にアルファは番のことを【本当】にそう思っているのだ。 切り離せない自分の肉体だと。 「違う!!」 アキラが吠えた。 「アルファだからじゃない!!・・・俺だ。俺がミサキを手放せないんだ・・・アルファの本能を無視してでも、ミサキの意志を無視してでも、番にしたのは、アルファじゃない、俺だ!!!」 アキラは泣きながらミサキを金色の目で見下ろす。 ああ。 そうだ。 ミサキは気付く。 オメガの意志を無視して番に出来ないはずなのに、アキラはそれをやってのけていた。 アキラのアルファとしての執着が強すぎたからだと思っていたが、違うのだ。 アキラがアルファの本能を抑え込んででも、ミサキを番にしたのだ。 アキラはアルファの本能を抑え込むことが出来た。 オメガを抱かないで、ミサキを待ち続けることが出来た。 ユキ先生のようなカウンセラーも使わず、番のいないオメガ達を抱くこともなく。 ユキ先生が言っていた。 アキラはアルファの本能を抑え込んでいる、と。 それは薬を使っていたということだったが、それならアキラはアルファとしての能力を失うはずだった。 だがずっとアキラは誰よりも強いアルファだった。 薬じゃない。 アキラは。 アルファの本能を抑え込めるのだ。 凄まじい精神力が必要で。 だからこそ、アキラは強いアルファなのだ。 だけどそれは。 「アルファだからじゃない。アルファの本能に負けてお前を番にしたんじゃない。俺が。俺が。俺が。お前を誰にも渡したくなかったからだ・・・」 アキラは言った。 それは。 アルファだから、という言い訳をアキラが捨て去った瞬間だった。 ミサキをレイプした時、確かにミサキの「承諾」までアキラは耐えていた。 番にされた時も、ギリギリまでアキラはそうするのを耐えているように見えた。 でも。 違う。 アルファはずるい、それこそシンのように。 そして残酷だ。 死ぬまでオメガをてばなさない。 でも、シンはアルファは、レイプはしない。 無理やり番にもしない。 オメガをレイプしないために耐えるのはアルファの「本能」だ。 オメガはベータ、人間達とは違う。 レイプはしない。 オメガの承諾を待つ。 それはベータで「遊ぶ」時でもそうだ。 そう仕向けても、「承諾」がなければそうしない。 もちろん、ヒートのオメガに関しては別だが。 そう。 【承諾】もないのに番にする行為は。 むしろアルファの本能に逆らわなければならない。 あの時アキラは。 ミサキを番にするために、【アルファの本能】の方を従わせようとしていたのだ。 アキラはごく稀にいる、本能がバグったアルファじゃない。 壊れてしまったアルファなはずがない。 アキラは。 アキラという人格がアルファとしての本能を従えることができる、稀有なアルファだったのだ。 アキラは嘘をつかない。 ミサキについたことはない。 「そんなつもりはなかった」 などと、ミサキへのレイプ、番にしたことについてそう言ったことはあったか? なかった。 ミサキは。 ミサキは。 ここへ来て。 復讐した男について分かってしまった。 アキラの執着を、アルファだからだとまだ思っていた。 ここにいるのは。 アルファよりも恐ろしい執着をもつ。 アキラという男だった。

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