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第116話

「お前を手放してもやれない。殺してもやれない。俺が死んでもやれない。許してくれなんて言えない。全部俺の身勝手だ。俺が。俺が。俺が消えるべきなんだ。分かってる。分かってる。分かってる」 アキラは言う。 その通りだ。 そうミサキは思う。 アキラが消えればいい。 だが。 アキラが消えてしまうことをミサキは望めずにもいる。 アキラが消えても、アキラがしたことは消えないからだ。 それにミサキの身体にはもうアキラは必要なのだ。 番という絆、システム。 ミサキにはユキ先生がしたように、アルファの身体を求めるために、色んなアルファの相手をすることは辛すぎる。 番がいなくなるということは。 そういうことになる。 ほとんどのアルファは番を持ったことのないオメガを求めるのだ。 そうでないオメガは。 ユキ先生がしているように処理用、となるのが普通だ。 アキラとミサキは「他のアルファとミサキがセックスをしないですむ」という点では利益が一致しているのだ。 ユキ先生の「赦す必要はない。でも、このまま生きていくならどうするのか」というこの現実への在り方への問いは必要なことだった。 ミサキには。 ミサキには。 どうしても。 アキラを傷付ける必要があった。 復讐しなければならなかった。 そうでなければ、あまりにも不平等すぎた。 それは必要なことだった。 でも。 「ミサキ・・・ミサキ・・・俺を憎んでも、恨んでも当然だ。俺はお前に何をされてもいい。殺されてやることだけは出来ないけれど。消えてやれないけれど・・・でも。お願いだ。その為にお前が傷つかないでくれ・・・」 アキラは泣いていた。 ミサキはそこで気付く。 アキラは自分の為に泣いてなかった。 アキラは。 ミサキがアキラを傷付けるためにミサキが傷付いたことに泣いているのだ。 傷付いている? オレが? シンとセックスしたのは望んだことだ。 シンとのセックスも、楽しんだ。 楽しんだ。 楽しんだ。 楽しんだのか? 本当に? これも。 これも。 単なるオメガとアルファの快楽システムに乗っただけじゃないのか? 見せつけられただけじゃないか。 アルファとオメガが関係なくても、あんな酷い男でも、それでも。 シンにはあんなシンでも愛して、求めて、手放さない恋人がいることを。 利用された、いや、利用するつもりが、利用されただけじゃないか。 お高いそのつもりなのは分かっていたけど。 何故ミサキだけがこんなに辛い? 傷付いている。 傷付いて。 自分が望んでしたことのくせに。 ミサキは。 酷く自分が損なわれていることに気付く。 アキラを傷付けるために。 自分をさらにバラバラにしていたことに。 「やめてくれ・・・俺には何も言う資格はないけれど・・・自分で自分を傷付けないでくれ・・・」 アキラは泣く。 抱かれて残る身体の疼きも。 シンのペニスの感覚も。 溢れ出してくる精液も。 全てがミサキを蝕んでいることにミサキは分かってしまう。 望んでした、つもりだった。 だけど。 だけど。 復讐は。 ミサキを傷つけていた。 何故ならアキラが一番苦しむのは、ミサキが苦しむことだと、ミサキが一番分かっていたからだ。 「他の誰にもお前を渡したくない。触らせたくもない。嫌だ嫌だ嫌だ!!だけど・・・お前が、お前が・・・傷付くのは・・・もっと嫌だ・・・」 アキラは呻き声を上げる。 嫉妬が、所有欲が、アキラを火のように焼き、苦しめているのはわかる。 それこそミサキが望んだことだ。 だが、それ以上にアキラが苦しんでいるのは、ミサキが傷付いていることだ。 そして、それをミサキにさせた自分が一番許せないのもアキラで。 ミサキさえミサキが傷付くことを何とも思わなくなっているのに、この憎んでどうしても傷つけたかった男だけは違うのだ。 この男だけは ミサキが傷付くことが一番耐えられない。 ミサキはそれが分かってしまった。 「なあ、アキラ。オレ達は。どうすればいいんだろうな」 ミサキは言った。 やっと言えた。 ずっと思ってたこと。 言っていた。 憎しみは消えない。 消えない。 だが憎しみは、アキラを信じて、好きだったからこそ生まれた憎しみでもあった。 純粋な憎しみだったなら良かったのに。 それなら。 ミサキは何をしてでもアキラを殺しただろう。 アキラが必要とか必要じゃないとかとは関係なく。 信じてたからこそ、憎しみは深く、そしてそれだけではない。 殺しただけでは済まないし、そして殺せない理由もそこにあるのだ。 「わからない・・・でも、俺はお前といる」 アキラは言った。 涙が頬を伝って、流れ続けている。 そんなに泣いて。 目が溶けるんじゃないかと思った。 金色の目が。 涙に滲む。 ミサキはアキラの目を見つめ。 アキラはミサキの目をを見つめていた。 答えなどない。 ないけれど。 「お前といるしかないんだろうな」 ミサキはため息をついた。 それが。 答えなのかもしれない。 ミサキから手を伸ばした。 アキラは。 ミサキの腕が届くより先にミサキを抱きしめた。 「誰にも渡さない!!」 その言葉を。 ミサキは事実として受け入れた。 アキラとは。 繋がっている。 憎しみは消えない。 でも。 でも。 それだけではない。 そして。 生きていく。 生きて。

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