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第2話

本日スワローは童貞を捨てにきたピジョンの付き添いで風俗店にやってきた。 「ハーイサシャ入りまーすっ、お客様一名様ごあんな~いっ!」 「へー牛舎モチーフなのか、徹底してるな」 「えへへーなんとベッドは干し藁なんですよ!夢の牧場生活の疑似体験、ロマンチックでしょ?」 「どのへんがロマンチックなのかは謎だが本格的なのは確かだ」 両手を広げ自分の事のように嬉しげに個室を披露するサシャ。鼻高々にいばるメイド上がりの風俗嬢に適当に相槌を打ち、内装にまで徹底的にこだわった周囲を見回す。 天井の中央では三枚羽の木製扇風機が緩慢に旋回している。部屋の隅にはロデオマシーンやピンボールゲーム、ジュークボックスなどが設置され、客に娯楽を提供するサービス精神が行き届いてる。 サシャはうきうきと浮かれはしゃいで、砕けた敬語でしゃべりかけてくる。 「お客様え~とお名前は?」 「スワロー」 「燕!かっこいい!びゅーんて飛びそう!スワロー様はこの手のお店は初めてですか」 「まあな。女なんて向こうから寄ってくるし」 「ほえ~おモテになるんですねぇ!男の子にしとくのがもったいない位キレイな顔してますもんねぇ!」 間抜けな感嘆符に振り向く。第一印象から馬鹿っぽい女だと思っていたが、見た目にも増してユルそうだ。 「アンタ何歳だよ?」 「えーと、一応18歳って設定になってます!女の子に年を聞いちゃだめですよぅ?」 スワローの五歳上だ。何がそんなに楽しいのかサシャは終始にこにこしている。 風俗店の女の子は普通もっと扇情的な格好をしているものだが、サシャはクラシカルなメイド服を身に付けており、極端に露出が少ない。オーナーの話ではかえってそれがいいという酔狂な客も多いのだとか。 今頃ピジョンはどうしてやがるんだか。案内された個室は隣同士だ。入る間際に盗み見たらガチガチに緊張して右手と右足を一緒に出してた。下半身までガチガチになってそうだ。ベッドに腰かけて退屈げに頬杖付くスワローをよそに、サシャはいそいそと「お仕事」の準備を始める。 「で、どうなさいます?スワロー様は初めてなのでサービスしますよ!オプションはなしだそうですが……あ、母乳は直接吸引するだけじゃなく、人肌にあっためた哺乳瓶に入れて呑ませてあげるのも全然オーケーなんで!アレです、赤ちゃんプレイですね!なんなら膝枕でよちよちしてあげましょうか?わたくし抱擁力には自信ありますんで!赤ちゃん返りもどんとこいです!」 店のシステムを饒舌に解説しながら、どこからか取り出した空っぽの哺乳瓶をマラカスさながらリズミカルに振り立てる。この女頭大丈夫か?ていうかこの店が大丈夫か?いまさらながら入る店を間違えたのではと不安になる。初心者にはマニアックすぎる。 今度は上機嫌な笑顔で自らの膝を叩くサシャに、スワローはぶっきらぼうに宣言する。 「まどろっこしいのはぬきだ」 燕のエンブレムが入ったスタジャンを脱ぎ捨て、有無を言わせず取り掛かる。 サシャの華奢な肩を掴んで干し藁のベッドに押し倒せば、褐色の頬にあざやかに血の気が上る。 「あ~れ~そんなご無体な!わたくしまだ心の準備が……」 「嬉々として支度してたじゃねーかよ」 干し藁のベッドはふかふかで気持ちいい。寝心地は案外と快適そうだ。本物の干し藁ではなく、あくまで似せた素材を使っているのだろうか。スワローは自らの尻ポケットをまさぐって四角いケースを取り出す。 サシャはすっかりのぼせあがって、胸の前でしっかり手を組み、生娘のようなウブさで固く目を閉じている。 怯えた小動物っぽく細かく震えるサシャのおくれ毛をかきあげ、形よい耳元で囁く。 「俺と遊んでくれよ」 「ああっお客様そんなァっじらすのは殺生です……!」 「スワローって呼べ」 「スワロー様ァ……だめっそれはいけません、そっちにいっちゃいけません、もどってこれなくなります……!」 「言ったろ?待ったはなしだ」 「せめてせめて心の準備をするお時間をくださいまし、わたくしまだフィニッシュする準備が……あっあっああーっ!!」 甘ったるくスワローの名前を連呼、サシャが喉を仰け反らせ切なく絶叫する。清楚なメイドから淫乱なメスへ堕ち、豊満な胸を喘がせて陶然とするサシャの前で、スワローが勢いよく手札を開く。 「よしそろった。俺の勝ちだ」 「スワロー様ってばババ抜き強すぎます……!」 扇状に開かれた絵札を覗きこみ、もう何度目かの完敗を喫したサシャががっくりとうなだれる。 スワローが尻ポケットをまさぐりだした時はマイコンドーム持参かとてっきり勘違いしたが、彼が取りだしたのは何の変哲もない市販のトランプで、何故かもう30分以上和気藹々とカード遊びに耽っている。 客の不可解な行動を訝しむ知恵は残念ながらサシャにはない。というか、ヤらずにすむならそれがいい。いくらプロの風俗嬢とはいえ、一日に複数の客を相手にするのは精神的肉体的にキツい。弟みたいな年齢の子に性的サービスするのはさすがに気が咎めるし。 カードを手早く片付けたスワローが壁の時計を確認する。 「そろそろか」 「?」 ベッドを飛び下りて流しへ行く。簡素な流しにはコーヒーメーカーとコップが常備され、簡単な自炊ができるようになっている。通常風俗嬢はここで哺乳瓶を温めたりミルク粥を作るのだ。怪訝な面持ちで見守るサシャの前で、スワローはコップを一個持って戻ってくるや、壁に立てて密着させる。その場に片膝付いて自分の耳をコップの底に付け、壁を挟んだ隣室の物音に集中する。初指名の客の不審な行動にあっけにとられ、その背中を見守るしかないサシャがおそるおそる質問する。 「あの……何してるんですか?」 「盗聴」 「お隣の?」 「チッ、くぐもってよく聞こえねぇ。仲良くおしゃべりしてんのか?」 風俗嬢の指名はただの口実で建前だ。本当の目的は隣室の物音を聞く事にある。所詮風俗店の壁だ、安普請で声は筒抜けだろうとなめてかかっていた。スワローは興味津々な面持ちで粘り強く壁に貼り付く。 別段ピジョンの童貞を心配してやる義理はない。そんなのアイツが勝手にどうにかすればいいことだ。 しかし、しかしだ。約束の期限はもう一年後にまで迫っている。 ピジョンはあと一年したらスワローに抱かれることになる。 ピジョンの処女を予約したスワローとしては、ほんの少しだけ兄の体面を慮ってやってもいいかと勝者の余裕を示し始めている。ここの所ピジョンが思い悩んでいるのは承知の上だ。 15の誕生日を迎え迫りくる期限をいやでも意識するようになり、弟に処女を奪われる前にだれでもいいから童貞を捨てたいもらってほしいと口には出さねど寝ても覚めても悶々としている。 万一ピジョンが自暴自棄に走ってどこのだれともわからぬ女に土下座して、性病をもらってきたら困る。伝染されでもしたらとんだとばっちりだ。お固いアイツのことだ、地震だろうが火事だろうが停電中だろうがゴムは必ず付けるだろうがそれとこれとは話が別だ。 そしてこれが一番重要だが、いざピジョンとヤる時に、あのクソ女々しい調子で「弟に抱かれるなんて最低だこんな酷い初体験が世の中にあるか処女奪われる前に童貞捨てたかった」とぐずられたらめちゃくちゃ萎える。こちとらヤル気満々なのにさめざめ泣かれて水をさされるのはごめんだ。 来たるべき日を万全に迎えるために、スワローは大盤振る舞いした。童貞なんて大事に持ってても腐らせるだけ、とっとと捨てちまうに限る。ピジョンが他のヤツと致す事に関して正直な所忸怩たるものを感じないではないが、スワロー自身もさんざんに遊んでいるのだ。 それにまあ、どうひっくり返ったって兄貴の最初の男は俺だからな。 その事実さえ動かないなら、苦渋の思いで他は譲れる。特別にピジョンに童貞を切らせてやる。アイツがどんな顔で女を抱くか興味あるし。 「兄貴の初体験がうまくいくか見張るのも弟の務めだろ?」 「そうかなぁ……そうですかなぁ?」 サシャが深い角度で首を傾げる。動揺のしすぎで敬語が崩壊している。放置プレイは手持無沙汰なのか、スワローの隣に膝這ってコップに耳を寄せてくる。 「兄弟仲がよろしいんですね。とっても」 「あー?別にフツーだろ」 壁の向こうでぼそぼそと喋っている。よく聞こえない。会話は弾んでいる様子だ。壁にべったりへばり付いたスワローをサシャが気さくに手招く。合図にならって移動すれば、悪戯を企んでほくそえみ、壁の一箇所を指さす。 「じゃじゃーん!ノゾキアナぁ!」 「あンなら最初から言えよ」 「欠陥店舗と誤解されたらやじゃないですか。あ、この穴のこと他の人にはヒミツですよ?実はわたくし時々こっそり覗いてるんですよね、お隣のプレイじゃない、様子が気になっちゃって……女の子に乱暴するお客様もいるし」 どうやらこの個室はサシャ専用らしい。覗き穴の存在はずっと秘密にしていたが、一見のスワローなら口外する心配もなかろうと共犯に仕立て上げたのだ。全く悪びれず、どころかはしゃいだサシャの様子にスワローは鼻を鳴らす。 「掃除婦の時代からご愛用か?」 「うわーバレバレですか!?実はそうなんです、メイドだった頃からお掃除がてらこっそりと……興味津々なお年頃なもので……でもでも結構お役に立ったんですから!女の子に悪さするお客様がいればチクったり、いけないおクスリの受け渡し現場をばっちり目撃しちゃったり。そのお手柄のおかげで正規の風俗嬢に昇格できたんですから、わたくしの穴様様です」 「遠慮なく使わせてもらうぞ、お前の穴」 「どうぞどうぞ、狭くて小さいですが奥の方までばっちり見通せる自慢の穴です」 他意なく卑猥な会話を繰り広げ、サシャと競って壁の一点をのぞきこむ。壁の真ん中に穿たれた穴からは隣室の様子が筒抜けだ。ちょうど死角に入るのか、ピジョンとスイートが覗かれているのに気付いた素振りはない。ピジョンはベッドの上で正座し、その正面では膝を崩したスイートが、両手を万歳してトランプをぶちまけている。 「やったースイートの勝ちィ!」 「あはは、また負けちゃった」 「ピジョンちゃんババ抜き弱いねぇーよわよわだねぇー」 「は?アイツなにやってんの?風俗店きてババ抜きしてんの??」 「わたくしたちだってついさっきまでやってたじゃないですか」 脱力誘うのんびりした会話。ピジョンは相変わらずモッズコートを羽織ったまま、目のやり場に困る下着姿のスイート嬢とババ抜きで遊んでいる。どちらが言い出したのか、おそらくピジョンだ。あのボケカスは好みの女を指名したものの土壇場でびびって、時間稼ぎを兼ねてトランプで遊ぼうとでも提案したに違いない。 「せっかくこの俺様がお誂え向きにいちから膳立てしてやったってのに、顔に泥を塗る気か?」 何やってんだ、とっととヤッちまえ、ぶちこんじまえ。ピジョンにおごる分は懐から出した、スワローがウリで稼いだ金だ。文字通り身を削って稼いだ金で花代を持ってやったってのに、肝心の本人は指一本女にふれず、仲良くお話しするだけで至極満足げだ。 「シャイで奥手、童貞がボクサーパンツを履いて歩いてるようなピジョンのこった。かわいい女といちゃこらおしゃべりするだけでそりゃまあ天にも昇るハッピーターンなんだろうが……」 見ている方は最高にイライラする。風俗嬢と兄をお見合いさせるためにスワローは体を売っていたわけじゃない。苛立ちのあまり今にも壁をぶち壊し殴りこみをかけそうなスワローをまじまじ見詰め、サシャが呟く。 「ジェラシーですかぁ?」 「ちげーよ!!」 「だったら3Pしたらよかったじゃないですか」 「え?」 「だからですね、お兄さんをとられるのがいやなら3Pしたらいいじゃないですかって。女の子に突っ込んでるお兄さんに突っ込めば三者三得の平和的解決です!」 その手があったか。風俗嬢と挟んでピジョンを嬲るのは楽しそうだ。眩いばかりの笑顔で人さし指を立てきっぱり豪語するサシャに、スワローはおもわず唸る。 「……お前頭いいな」 「えへへーそれほどでも」 両手で頬を抱いて照れる。兄を挟んだ3Pを真剣に検討し始めるスワローの耳を、甲高く澄んだソプラノとはにかみを含んだ誠実な声とが織りなす隣室の会話が素通りしていく。 「わーそのガスマスクなに?かっこいい!」 「これ?一年前に行った街でもらったんだ。ポーカーでボロ負けした代わりに押し付けられてさ……最初はすごい損したなっておもったけど、被ってみると案外快適でさ。暗くて狭くて落ち着くっていうか……被ってみる?」 「えっ、いーの!?きゃーっ嬉しい!スイートかっこいいねえかっこいい?汚物は消毒しちゃうぞーがおー」 「すごい、かっこいい!本当に消毒されちゃいそうだ!」 「ピジョンちゃんはいろんなとこ旅してるんだねー。一人で?」 「ううん、家族と一緒。母さんと二個下の弟と……物心ついたころからずっとトレーラーハウスで回ってるんだ」 「へえ、いいなあ……スイートこのお店っきゃ知らないや」 覗き穴の向こうのスイートが、ピンクの髪の毛の先端を指に巻き付けていじけてみせる。幼さを強調する演技かと訝しんだが、どうやらそうではないらしい。スワローに寄り添うサシャが、心配そうに顔を曇らせる。 「スイートちゃんは知能に軽い障害があって……中身は六歳児のまんまなんです」 「マジかよ」 「それもあって今までお店に出せなかったんです。今日が正真正銘デビュー戦で……お兄さん、優しそうだからオーナーに見込まれたんじゃないかな。あの人ああ見えて人を見る目はたしかだから」 確かに、スワローがこの年でさんざん遊びまくっていることを一発で見抜く眼力の持ち主だった。まあ見た目通りと言ってしまえばそれまでだが。 「……待てよ、その事アイツは知ってんの?」 「言ってなければ知らないはずです」 サシャと顔を見合わせる。この成り行きは予想外だ。この店を選んだのだって、一年前に訪れて危機一髪の体験をした思い出深い街で見た看板がたまたま記憶の隅にひっかかっていたからで、それ以上の理由はない。兄貴の脱童貞をお膳立てするのも処女を予約した弟の務めと断腸の思いで割り切って、わざわざ敷居を跨いだのだが…… ピジョンは無事に童貞を捨てられるのだろうか?

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