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第15話
少年はすっかり回復して、夜明けにはあの子を背負って山をおりた。
山を降りてから海辺まではそれでもそれなりの距離はあった。
山と海が近くにあるという特殊な地形だとしても。
人魚の姿のままのあの子を背負っていくわけにはいかない。
山をおりた付近の農家でトラックを盗んだ。
悪いとは思ったが仕方なかった。
男のサイフの中身は全て置いていった。
このトラック代くらいにはなるだろう。
カギが無くてもエンジンをかける方法は、少年の家のボロトラックのおかげで知っていた
少年の家のトラックはカギが無くなって長いのだ。
エンジンをかけて走らせたなら、止まって待たせていたあの子を乗せるより先に、待っていたあの子が下半身を跳ねらせて走るトラックの荷台に飛び乗った。
やはり。
あの子の身体能力は凄いもので。
本来、人魚が人間などに捕まるわけがないことが分かった。
男は何らかの方法であの子を弱らせ、捕らえていたのだろう。
海水をえるまて、あの子は無力にされていたのだ。
後は海まで。
走るだけだった。
夜明けの道を走り、海へと向かった。
少年は胸が痛くて悲しかったけど、トラックの荷台でうれしそうなあの子を時々振り返り見るのは幸せでもあった。
まだ身体の奥は濡れていて。
あの子が教えてくれた、深い場所が疼いた。
こんな風に愛されることはもうない。
そう思った。
あの子以外にこんなこと。
させたくなんかなかった。
日がすっかり上がった時には。
海へとついていた。
あの子は車を止めるより先に飛び乗りる。
砂浜を尾びれで滑らかに移動する。
あの子は波打ち際で海の水に触れ、泣いていた。
ずっと帰ってきたかったのだと分かった。
あの子は着ていた服を脱ぎ捨てた。
真っ白な身体がまぶしかった。
短く切ってしまった髪は潮風にその青さを増したように見えた。
「・・・・・・元気で」
少年はあの子に近付きそれだけを言った。
ずっと好き。
でも。
あの子は行かないと。
あの子はじっと少年を見つめた。
青い瞳。
色んな海の色がある。
海の底の深さの色から、甘く差す水面の淡さまで、もう少年は知っていた。
昨夜あの子が教えてくれたから。
あの子は尾鰭で立ち上がった
楽々と立ち上がれることはもう知っている。
少年を抱きしめてくれた。
抱きしめられると昨日愛してくれた乳首が擦れて、甘い痛みをくれる。
深くまで愛された中も疼く。
あの幸せな夜はもうないのだ。
少年からキスをした。
あの子の切られた舌を癒すように舐めた。
こんな想いをさせられたのだ。
人間を恨んで当然だ。
でも、昨夜確かにあの子は少年を愛してくれた。
例え一時だったとしても。
あの子の短い舌は少年を受け止めてくれた。
あの子に少年は抱きしめられた。
その強さは苦しいほどで。
そして、その目にのぞき込まれ、それ以上はもうないと思っていた心のすべてをさらに奪われる。
少年の涙をあの子は指で拭ってくれた。
でも。
行くのだとわかった。
行かなければ。
ここはあの子の世界じゃない。
あの子を繋いで犯していた世界など、あの子のいるべき場所じゃない。
少年は頑張って泣き止み、笑顔を作った。
あの子が目を細め、眩しいものを見るような顔をしたのを覚えている。
でも。
来た波が引くと同時にあの子はいってしまった。
行ってしまったのだ。
あっという間に消えてしまった。
波間に。
少年は砂浜に座り込んで泣き続けた。
盗んだトラックを追ってきた警察に保護されるまで。
少年はただひたすら泣き続けた。
誰にも何もこたえなかった。
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