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「咲良」  生徒会室で二人きりになったタイミングで、朝日に呼び止められた。  ここ数日、俺は朝日をなんとなく避けてしまっている。いつも朝日の部屋で過ごしているが、寝泊まりも何かと理由を付けては自分の部屋でしていた。朝日と顔を合わせるのは教室と、この生徒会室だけだ。 「この間のことなんだけど」 と、含みがあるように朝日に言われると、肩がぴくっと上がってしまう。  "この間のこと"で、俺は何のことか分かってしまった。あの生徒二人に襲われた時のことだろう。朝日は襲われたことは知らないはずだから、結城のことだろうか。 「・・あの日、俺が来る前、・・何かあったのか?」  ーー何で、そんなこと、聞くんだ。  結城は襲われたことは朝日に言ってなさそうではあるが、朝日のその言い方は、なんだか俺に探りを入れているように聞こえた。 「・・なにもないけど、何でそう思うんだよ」 「あの日、やっぱりお前泣いてただろ。結城に聞いたらなんか含みのある言い方してたんだよ」 「何で結城は知ってんのに、俺には言ってくれないんだよ」  すると朝日は少し考えた後に「まさか、」と口を開くのだ。 「・・・咲良、結城が好きなのかよ」  俺の目を見つめる朝日から、思わず目を逸らしてしまう。 「そういうわけじゃ、ないけど、」 「じゃあ、なんで、」 「・・・・・・もういい。勝手にしろ」  朝日は小さく舌打ちをすると、そのまま生徒会室を出て行ってしまった。  俺は、その場から動くことができなかった。  ・・・仕方ないだろ、お前以外のやつにやられたなんて、俺は知られたくないんだよ。  寮に帰るために一人で帰路についていると、後ろから「咲良先輩」と、呼び止められるのだ。 「ーー結城?」 「何で一人なんですか?また襲われますよ」 「いや、もうあんなことはないだろ。この間のあいつらは学校に来てないみたいだしな」  俺を襲って来た生徒二人は、なぜだかあれから学校に来ていない。  というか、俺のその噂というのも二年の一部の奴らが言っているだけで、全生徒には広まっていないようだった。  だから一人でいてもなんら問題はないのだ。 「送ります、部屋まで。万が一 この前みたいなことがあったら大変なので」  こいつも意外に面倒見がいい、というか世話焼きだな。  初対面の時の印象は最悪だったが、この間は助けてくれたし、今では普通の頼れる後輩だ。  ーーと、思ったが前言撤回。何だ、この状況は。  俺の部屋の前まで送ってくれた結城にお礼を言って別れを告げた。  そして部屋に入ろうと扉を開けると、なぜか結城も一緒に入って来たのだ。  バタンと扉が閉まると、照明も付けていない薄暗い部屋で、結城に手首を取られ、そのまま壁に押し付けられてしまう。 「何の、真似だよ・・・」 キッと結城を睨むと、結城は 「俺と取り引きしませんか?」 と、俺の目をじっと見つめるのだ。 「取り引き・・・?一体、何の・・・」 「"この間のこと"、朝日先輩にバレたくないですよね?」 「俺ともう一回寝てくれたら、朝日先輩には秘密にしてあげます。これなら朝日先輩に知られることなく、すべてが済みますよね」 「・・・・・・・は、」  ーーそうだった。こいつは、こういう奴だ。何で俺は、忘れていたんだろうか。 「ね、る・・・って、」  それこそ、朝日に対しての最大の裏切りだろう。何を言っているんだ、こいつは。  すると結城は俺の考えを悟ったのか、「いいじゃないですか」と、手首を掴む手にきゅっと力を入れるのだ。 「どうせ俺達、一回は寝てるんだし。一回も二回も変わらないですって」  ーー変わらない、のか・・・?  襲われたことを言うと、朝日は間違いなく傷付くだろう。反対に結城と寝れば、朝日の知らないところですべてが済む。  そう考えると、確かに後者の方がいいのだろうか・・・。  結城は俺が迷っているのを見て笑っているようだった。 「・・考える時間はあげます。でも俺もそんなに気は長くないんで、そうだな・・」 「ーー明日。明日の放課後までに返事ください。教室で待ってますから」 「おい、何を勝手にーー」 「久々に咲良先輩を抱けるの、楽しみにしてますね」 と、俺の声を遮った楽しそうな結城は、パッと掴んでいた手を離すのだ。 「じゃ、また明日、先輩」 なんて俺の言葉を待たずに手を振り、結城は早々に部屋を出て行ってしまった。  ーーやはり結城は、悪魔だ。  取り引き、なんてあくまでも俺に選択肢を与えているかのような物言いだが、俺には寝ないと朝日にバラすぞと、脅しているようにしか聞こえなかった。  結城がいなくなった扉の前で、俺はしばらく動けずにいた。

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