72 / 120

10

「んん·······」  返事を考えていた内に寝落ちてしまった俺は、優しく髪をすくわれる感覚で目が覚めた。  ゆっくりと目を開けると目の前にいるやけに顔が整っている男が、 「おはよう、よく寝ていたね。昨日は可愛かったよ」 と、額や頬に何度も口付けてきて何だか照れくさく感じ、それだけで頬が熱くなってしまうのだ。  この甘々な感じは以前監禁されていた時を思い出して何だか懐かしいような、嫌な思い出なはずなのに、変な感じだ。  那智が更生したからだろうか、今となっては特に嫌ではないのが不思議だった。  時計を見ると、時刻はちょうど朝の6時だった。すぐに朝日の部屋に戻り、学校へ行く準備をしなければならない。  那智とのこともあり朝日と顔を合わせるのは気まずさしかないし、昨日帰らなかったことも絶対怒られるから怖い。だが、心配をかけたことは謝らなければならないのだ。 「·····先輩、ごめんなさい、支度もしないといけないしさすがに戻らないと、」  すると、あからさまにしゅんとした那智は帰したくない、と言わんばかりに背に腕を回しきつく抱き締めるのだ。  まるで子供をあやすかのように背中を優しく撫でると、那智は上目でちらっと俺を見るのだ。 「行かないでくれ、咲良·····」  ずっとここにいて欲しい、と俺の肩に顔を埋めながらだだを捏ねるように呟く那智に一瞬ぐらついてしまうが、駄目だ駄目だと首をぶんぶんと振り、那智の頭を優しく撫でた。 「·····朝日とは今ちょっと別れ話がこじれてて、別れるまで時間がかかるんですけど、·····先輩が良ければ、またこうやって会いたいです」  そんな俺の言葉を聞いた那智はすぐにバッと顔を上げたと思えば本当か?とキラキラと目を輝かせて俺を見つめるのだ。  色々思うところはあるが、俺はこの男に完全にほだされてしまったようだ。  それでも少し寂しそうな那智だったが帰り際にまた学校でな、と柔らかくキスを落とされ、見送られながら那智の部屋を後にした。  疑われないようにきちっと制服を気直した俺は朝日の部屋に戻ってすぐ、那智との行為の痕跡を消す為にシャワーを浴びて浴室を出ると、朝日が待ち構えていて案の定めちゃくちゃ怒られた。散々説教された後に、心配したんだからなと抱き締められると胸の奥がちくっとした。  色んな奴と関係を持って、朝日に対して罪悪感がないわけではない。それでも、朝日に構ってもらえない俺はどこかでこの寂しさを埋めたかったのだ。  授業が終わり朝日と共に生徒会室に向かい、ガチャッと扉を開けると、何ともタイミングが悪く全員が揃っていたのだ。  いつもはこんな揃っていることなんてないのにと、3人と体の関係を持ってしまった手前一瞬頭が真っ白になったが、少し考えた後にまあ、朝日にバレると自分達の立場も危ういだろうから体の関係を持っていることがバラされることはないだろう、とどこか楽観的に考えていた。  扉を開ける音にいち早く反応し俺の目の前まで来たのは、この中で一番最初に体を重ねた男だった。 「咲良ちゃん、昨日は心配したよ~?朝日くん夜中にみんなの部屋回って咲良ちゃん見てないかって聞いて回ってたんだよ」  大丈夫だろう、と考えていても冷や汗が出てきてしまう。うまく顔を作れているだろうか。  類にはいつか朝日と別れるからと言ってしまっている手前、那智とも体の関係を持ってしまったからうまく顔が合わせられなかった。 「ご心配おかけしました·····。もう聞いたかもしれないですけど生徒会室に泊まっててそのまま寝落ちしてしまって、」 「うん、朝方朝日くんから連絡きてるから聞いてるよ。もー·····、そんなに業務に行き詰まってたなら俺に相談してくれれば良かったのに」 「ーーいや咲良先輩、次からは俺に相談してください。遠慮しなくていいですから」  類を押し退け俺の前に来た結城に、朝日は少し顔を歪ませたように見えた。  類と結城は俺と体の関係を持ってからというものの、元々近かった俺との接する距離が更に近くなった気がする。  咲良から離れろと俺と二人の間に朝日が割って入ってくると、椅子に座っていた昨晩共に過ごした男が「咲良」と、こちらに呼びかけてくるのだ。  反射的に声のした方へ顔を向けると、その男はにっこりとこちらに向かって手を振っていた。  奴と目が合った俺は余計に冷や汗が止まらなかった。

ともだちにシェアしよう!