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「·····おい、椎名」 「なーに?咲良」  何を言いたいかなど分かっているくせに白々しいったらありゃしない。  今は放課後。教室には俺達しか残っていなかった。 椎名の膝の上に座らされている俺は、椎名の腕から逃れようと試行錯誤していた。なんだか気恥ずかしいし、後ろからかかる息がくすぐったくて堪らなかった。  いい加減離せよ、と体をバタ付かせるが、暴れれば暴れるほど、椎名は腹に回している腕にぎゅうっと力を入れるのだ。 「·····どうすれば離してくれんだよ」  ため息混じりに呟くと、背後から回された手に頬をするっと撫でられるのだ。顎に手を添えられて椎名の方を向かされると、思っていたより顔が近くにあり、思わず目線を逸らしてしまった。 「照れてんの?咲良、可愛い」 「·····おい、からかうなよ」 「からかってないよ。本当にそう思ってる。·····で、離して欲しいんだっけ?」  どうしよっかな、と指先で俺の頬をくすぐる椎名はなんだか楽しそうだった。むず痒くて思わず顔を振ると、椎名はふっと目を細めた。  するとじゃあさ、と俺の目を捉えるのだ。 「ーーキスしてよ。してくれたら離してあげる」 「··········はあ?」  最近、椎名の俺に対しての距離が近い。こうしたスキンシップは多いし、それは周りがいてもいなくても関係なかった。  友人としての距離感ではないような気がしたが、俺は椎名から感じる好意に見て見ぬふりをした。  今は椎名がいるおかげで落ち着いてはいるが、生徒会の連中に散々好き勝手されている身であるし、いつまた連中が俺の元に来るか分からない。これ以上、椎名とは距離を詰めない方がいいだろう。  それに、椎名や朝日には悪いがまだ朝日のことを諦めきれないのだ。朝日は俺の事など嫌いかもしれないが。 「·····ごめん、それはできない」  じっと見つめてくる椎名から視線を外して呟くと、背後から伸びてきた手にわしゃわしゃと髪を撫でられるのだ。 「·····なんてね。冗談だよ、冗談」 「ーーっ、おい·····、」  ごめんね、と腹に腕を回し背に頬をすりすりと寄せられると、込み上げてきた怒りがどこかへ行ってしまった。  椎名といる時、少しだけ、ほんの少しだけ朝日といる時のような感覚になった。  こいつのことは好きではあるが、おそらくこれは恋愛感情ではない。けど椎名といる時だけは、なんだか心が温かくなった。 *** 「なあ、咲良。今日、俺の部屋に泊まらないか?」 「·····え、」  今までは学校が終わってから誰もいなくなった教室で椎名と他愛もない話をして過ごしていた。そして日が落ちたら寮のそれぞれの部屋に戻る、というのが一日の流れだった。  椎名の部屋に呼ばれるのは初めてだ。告白はされてないものの、椎名は俺に対しての好意を隠してないし、俺が椎名からの好意に気付いているのも、椎名は分かっているはずだ。さすがに部屋に行くのは断った方がいいだろう。

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