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第27話 愛妻弁当なんて恥ずかしすぎる。

 翌日、浮かれた気分で旭が出社すると廊下で敦に声をかけられた。 「おはよう、旭。例の物ちゃんと消毒して持ってきてあるから」  例の物がアナルプラグだと分かった旭は、ミーティング前だというのに顔を真っ赤にさせた。  それを見ながらニヤニヤと笑っている敦を睨みつけると、声をひそめながら怒る。 「お前っ。仕事場でなんてこと言って」 「なんてことって、ちゃんと伏せたじゃんか」 「そういうのは二人っきりの時だけって言ったろ」 「分かったから。怒った旭も可愛いな」  敦にデレデレと笑われると、旭は呆れて言葉が出てこなかった。   (まったく、昨日となにも変わってないな)  そう思いながら旭は、安心して敦の肩に触れる。 「ほら、朝礼始まるから行くぞ」 「そうだな。今日も頑張ろうな」  さっきとは別人のように仕事モードに切り替わった旭を見て、敦も気を引き締めた。  今日は業者への発注のメールを送った後、お客様との打ち合わせがある。  昼休みまで敦とは顔を合わせる暇がないのは寂しく思うが、仕事は仕事だと旭は気持ちを切り替えた。  午前中の仕事を終えて昼食を食べる頃になると、スマートフォンが震える。  確認すると敦からだった。 『会議室で待ってる』という短いメッセージだったが、それだけでも旭は心が弾んだ。  すぐに返信をして、ノート型パソコンの電源を落とした。  ロッカールームにお弁当と水筒を取りに行ってから、会議室へと向かう。  部屋は四人用の小さな部屋だ。  扉をノックしてから中に入ると、待ちきれなかったらしい敦に抱きしめられる。 「ちょっと、離せって」 「旭の香りだ。やばい勃起しそう」 「こんな所でしたらバレるから、辞めろよな」 「声抑えればバレないって。なぁ、いいだろ」 「お腹空いてるし、辞めろよな」 「ちぇっ」  諦めた敦は旭から離れて、口を尖らせて不機嫌そうに椅子に座った。 (まったく、子供みたいだな)  そう思いながら、旭が向かいの席へと座ると敦は不思議そうな顔をした。 「横、来ないのか」  旭はまたもや顔を真っ赤にして怒った。 「誰が入ってきたらどうるすんだよ」 「鍵掛けておけばいいだろ、ほら」  敦は立ち上がると扉の鍵を掛けた。  それを見ながら旭はなるほどど、納得するが敦が一瞬ニヤッと笑ったのを見逃さなかった。 「やっぱり、お前ヤる気だろ!」 「ヤらないって。ほら、横座るからな」  荷物を移動させて敦は旭の横に座る。  横に誰かが座ると奥の人が出られないほどに狭い室内に、旭の逃げ場はもうなかった。 「今日は旭の大好きな鶏の照り焼きと、アスパラベーコン作ってきたけど食べるか?」  敦は弁当袋から弁当箱を取り出すと、蓋を開ける。  食欲がそそる甘辛い香ばしい香りが漂ってくると、口の中に唾液が溢れてくる。 「いいのか?じゃあ一つずつ貰うな」  旭が鶏の照り焼きに箸を伸ばそうとすると、敦が不機嫌が顔をしながら旭を見る。  旭はそれに気がつくと、慌てて箸を止めた。 「そこは俺から旭にあーんするところだろ」 「あーんってそんな恥ずかしい事、職場で出来るか」 「鍵閉めたしいいだろ。ほら、旭。あーん」  敦はニヤニヤと笑いながら、照り焼きを挟んだ箸を口の前に持ってくる。  丁寧に一口サイズに切られている鶏肉は脂が滴っていて、見た目だけでも美味しそうだ。  食欲に勝てなかった旭はそのまま照り焼きを一口で食べると、幸せそうな笑みを浮かべながら噛んで飲み込んだ。 「美味いか?」 「美味いよ。美味すぎるよ」 「良かった。アスパラベーコンも食べるだろ。ほら、あーん」  口の前に料理が持ってこられて、旭は今度はちゅうちょする事なく口を開けた。  一口で食べると、ベーコンの肉汁とアスパラが口の中で混ざり合う。  旭はよく噛んで味わいながら、幸せそうな顔をした。 「そんな表情しながら食べて貰えると、弁当ごとあげたくなっちゃうな」 「いや、それだと敦の飯が無くなっちゃうだろ」 「俺はそれでも構わないけど」  弁当を差し出そうとする敦に、どうしようかと旭は戸惑った。   「それはダメだろ。そうだ。良かったら俺の弁当と交換しないか?」  旭がそう提案して自分の弁当を差し出すと、敦ははしゃぎながら喜んた。 「いいのか!?愛妻弁当がこんなに早く食べれるなんて、嬉しすぎる」 「あ、愛妻弁当なんて恥ずかしすぎるだろ」  旭は顔を真っ赤にしながら、顔を手で隠した。  さっきから恥ずかしいワードを連発する敦相手に、心臓が持ちそうにない。 「旭の愛情たっぷりのお弁当は、何が入ってるのかな」  旭が悶えている隙に弁当を交換した敦は、旭の弁当袋を開けて箱を取り出す。  蓋を開けると食欲がそそる醤油の香りが漂ってきた。 「うわぁ。俺の大好きな厚焼き玉子と唐揚げが入ってる」 「これは違うからな。俺が食べたかっただけで……」 「素直じゃないな。そうだ、俺にもあーんしてよ」  敦は弁当を旭の方に寄せながら、口を開く。  旭は頬を赤くしながら、箸で厚焼き玉子を摘むと敦の口元へ持っていった。 「ほら、あーん」  敦はそのまま口の中に玉子焼きを入れると、幸せそうな顔をしながら咀嚼する。  その様子を見てると、旭まで幸せな気分になってくる。 自分の作ったものを敦に喜んでもらえる事が、これほど嬉しいとは思わなかった。 「旭の厚焼き玉子、程よい甘さで美味しいな。毎日でも食べたいよ」 「毎日ってそれもう、あれじゃないか!?」  恥ずかしげもなくプロポーズの言葉を言う敦に、心の準備が出来ていない旭は慌てる事しか出来なかった。 「ん?結こ……」 「それ以上は、今は言うな!!」  旭が慌てて言葉を遮ると、敦はニヤニヤと笑う。 「恥ずかしがってる旭。本当に可愛い。唐揚げも食べさせてよ」 「仕方ないな」  そうやってお弁当を食べさせ合っているうちに、お互いの弁当箱が空になっていく。  全て食べ終わると、敦は椅子の背もたれに寄りかかりながら手を合わせた。 「はぁ。美味しかった。ご馳走様でした」  それを見た旭も手を合わせた。 「ご馳走様でした」  言い終わると敦は目の前に置いてある、白い紙袋を自分の前に寄せた。

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