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第1話【新米勇者アルフレッド】

「アルフレッド・オルブライト。そなたを勇者として認定しよう」 目の前に出された勇者認定証に判を押されているのを見てアルフレッドはあまりの現実感のなさに呆然としていた。 およそ六年。勇者認定試験を何度も受けていたがその都度、落ちていた。 元からの体力のなさ、判断力の乏しさ、魔法を扱えない事や腕力のなさ、何よりも剣の才能もなければ拳での殴り合いも出来ないほど、アルフレッドは周りから秀でたものも並大抵の力も持ち合わせていない。 試験的に放たれた化け物を前にして戦う意思はあれど倒せないでいたが今回、何とか倒す事が出来た。 それもたまたま居合わせた、同じく認定試験を受けに来た人が「どんくせェ奴」と鼻でせせら笑いながら横槍を入れてきた為、自分の努力無しに目の前で倒されてしまった。 だからこそ、大声を上げて「やった!」と叫んでいいものか、こんな自分が喜んでいいものか。そもそもこれは夢なのかと思い悩んでしまう。 夢かどうか確かめるべく、頬を抓ってみると「あいたっ」と間抜けな声が出てけるとこれは現実だと再認識する。そうなると尚更、悩んでしまう。 「……あ、あのー、ぼくは助けられただけでちゃんと試験の化け物も倒せてないし……」 嘘をつくのは嫌だった。だから係員に伝えて取り消してもらおうとアルフレッドは考えた。 本来なら不正行為と見なされて取り消されるのが当たり前だが係員の顔色は何一つ変わらず、無機質な機械のようにただ淡々と証書をアルフレッドに突きつける。 「確かに試験用の化け物を倒したのは今回、同じく勇者に認定されたNo.397カルヴァン・サルヴァンタです。ですが貴方も長い間、健闘されてきた。だから勇者に認定しようと上層部が取り決めました、異論はありますか?」 「……あ、いや、ないです」 なんだか、という気持ちはあった。だがそれを抑え込むように、言葉にこそしないが厄介者を追い出したいというのがヒシヒシと肌身を通して伝わる。。 年に三度ある試験を欠かさず受けて六年。不服の形で終わったが証書を受け取るとしっかりとした厚紙に書かれた名前を見てアルフレッドは息を飲む。 たとえ他の人の手が入ったと分かっていても嬉しい事には変わりはなかった。 深々と頭を下げて「ありがとうございます」と礼を伝えると係員は席を立ち、見送る為に建物の玄関先に向かう。 「長い間、不合格を受けていただけあって適応能力はかなり低い。その事を忘れず、せいぜい無駄死にはしないように」 「は、はい……!頑張ります!」 勇者とは化け物を狩って人々の生活をより豊かにする、云わば狩人だ。 普段、通行許可が下らなければ通れない場所も勇者ならばこの認定証があれば遠くにも赴くことが出来る。 それは勇者が化け物を狩り、人々の生活を豊かにするのと同時に常に危険と隣り合わせであり、人々に危害が及ぶ前に討伐するのもまた勇者の役目である、という表れでもある。 今でこそ、勇者の在り方も変わりつつあるがそれだけ、勇者は期待を寄せられているのは変わりはない。 アルフレッドも今日からその勇者の一人となる。 その事に感謝を伝えながら施設を出ると同じように勇者になったであろう同年代の若者が建物の外でわいわいと楽しげにしているのが見える。 そんな勇者のお供をしたいと自ら声をかける人々もまた建物を囲うように集っている。 (戦士に魔法使い、賢者……色んな職業の人がいるなぁ) 何度もこの町を歩き、六年間も生活してきたというのにまるで遠い世界に来たような気がする。 そんな気持ちになるとアルフレッドはいまだ自覚のない己の気持ちに喝を入れる為に証書に目を通していると「そこの君!」と元気のいい女の子が声を聞こえてきた。 「ねぇねぇ、勇者になったの!?だったら私も旅に連れてってくれないか!?」 いかにも魔法使いだと分かる綺麗な青色のローブに身を包んだ元気な少女。 彼女を見てアルフレッドはパァッと明るい顔を見せた。 「ほ、本当!?じゃあ、よければ…!」 勇者といっても一人で旅することは不可能だ。必ずしも治癒を担う者、魔法を扱う者、盾となる者をいずれかを仲間に率いなければならない。 アルフレッドは盾を背負っている事から治癒を担う者、魔法を扱う者が必要だった。折角の申し出、受けようと手を出した際にスルッと手に持っていた証書が落ちたのに気づく。 それを彼女が拾うと証書に書かれたDランクの文字を見て、顔が引きつった事にすぐ気付く。 「あ、あ〜、ごめん、家の用事思い出してさ…ホントにごめん!ま、またねー!」 「あ、ちょっ……!」 証書を突き返して嵐の如く、素早い足取りで逃げていく彼女を見ているしかなかったアルフレッドは証書を再度、確認するとDランクと紫色の文字でデカデカと書かれているのが目に入る。 勇者の中にも最も優秀な成績を出した者をS、一番最低ラインを出した者はDランクとして分けている。 Sランクの勇者ともなれば運動神経はおろか、その頭脳も記憶力も戦闘能力も全てにおいて桁外れだ。 それに相反してDランクは勇者の中でも最も最下層な人達。全てにおいて平均以下。秀でたものを持たない哀れな人達だ。 最も多いとされるBランクの勇者だとおそらく喜ぶはずがDランクと知ればたちまちにして態度は急変し喜ばれるどころか軽蔑され、あの勇者はDランクだと言いふらされてしまう。 そんな世知辛い世の中をこの街に住んで長いからこそ、前から知っているというのにいざ、自分がされてみれば悲しい気持ちにしかならない。その事にアルフレッドはただ苦笑いを浮かべる。 (……勇者、か) 勇者なんてものは決していいものなんかではない。 せめて、無駄死にはしないように。 その言葉を反復しながらからっきし治癒魔法を扱えない事からまずは誰でもいいから治癒士を仲間にしようと酒場に足を向けてテクテクと歩いていく。 酒場は人と人を繋ぐ、出会いの場だ。そこでならたとえDランクであったとしても誰か仲間になってくれる人はいるはずだ。 期待を胸に酒場までの道のりを歩いているとちょうど、市場を横切ろうとした際に広場の方から弾んだ声が聞こえてきたのに気付く。 なんだ、と覗き見るように広場に向かい、人の群れを掻き分けて皆の視線の先を見てみると人が踊っているのが見えた。 腹や背中、脚など随分と肌を多く露出させ、薄く透けた紅色の布で胸や下半身を隠した不思議な格好をする長駆の男性が舞い踊っている事に気付く。 (男の、人だ……) 赤紫色の髪を風に乗せて靡かせ、布をはためかせて美しく舞うその男性を見ていた周囲の人々は歓声が上げて拍手していた。 どこかの一座のお抱えだろうか、と辺りを見渡したがどうやら一人で舞い踊っているようだ。 そんな彼を見蕩れていると不意にバチッと視線があったような気がした。 (今、目が……そんなわけ……結構距離あるし……) 合ったような気がする──がハッキリとは分からない。 気にしないように視線を逸らして酒場に早く行こうと足を伸ばせば、アルフレッドはまるで逃げるように駆け足でその場を後にした。 離れていくアルフレッドを遠くから眺めていた例の踊り子は舞いを止めて建物に遮られて姿が見えなくなるまで、その後ろ姿をジッと見落とさないように眺めていた。 「……見つけたわ、アタシの望みを叶えられそうな男を……」 ただ静かに、まるで獲物を見つけて狙いを定める獣のようにその姿を目にしっかりと焼き付けると踊り子は「兄ちゃん、踊んねぇのか?」と観客から投げかけられた声を聞いて意識を眼前に引き戻すと手に持つ二振りの極彩色の扇をはためかせて微笑む。 「勿論、あと一曲踊らせていただくわ。さぁ、とくとご覧あれ、音が無くともまるで聞こえるような錯覚、そんな摩訶不思議な舞いを!」 扇自身がまるで意思を持ったように、風に乗ってはためかせ鮮やかな景色を目の前の観客に見せると踊り子は器用に足の爪先を立てて華やかな舞いを踊り、熱冷めやらぬ様子の観客をより一層魅了した。

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