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第2話【月明かりの踊り子】

「───D級ランクの勇者サマに合う治癒士なんかいねーよ」 辿りついた酒場のカウンターで言われたその一言にアルフレッドは立ち尽くした。 酒場の店主の背後には複数の紙が張り出されていた。その紙の多くは勇者の仲間になりたい志望者の名簿だ。 かなりの数がいるというのに最低ランクであるDランクについてくれる人はいないという。 「ほら、さっさと帰んな」 「あ、は……はい……すみません……」 シッシッ、と手を払って追い返されるとアルフレッドは頭を掻きながら踵を返す。 (分かりきってたけど……実際に面と向かって言われるとキツイな……) そう簡単に気持ちの整理は出来ない。 他の人に比べて最低ランクだからという理由で仲間はできない。いくら夢を見たところで武の才はなく、野垂れ死ぬのみ。 潔く諦めるべきかと項垂れていると店を出る直前でやや離れたとこ辺りから女性達の歓声が聞こえてきたのに気付く。 「キャー!S級ランクの勇者様って素敵ー!」 「ホントホント!ねぇねぇ、治癒士ならアタシなんかどう?」 歓声響く方へと顔を向けるとはしたない装いをした女性達が一人の男を囲っていた。 いずれの女性も煌びやかな宝石を身につけていたり派手な武器を持っている事から相当な実力者だとひと目で分かる。 Sランクの勇者ともなれば選び放題というわけだ。その現実を目の当たりにしてアルフレッドは嫌な顔をする。 (本当にランクって何なのさ…そもそもランクっているのか?ランクがあるだけでこんなに差別されるとか……) 此処まで目に見えて差別を受けると流石に嫌な気持ちにしかならない。 ブツブツと頭の中で文句を垂れ流すが口では言えない。言ったところで馬鹿にされる事は目に見えている。 早く立ち去って旅に出よう。気持ちを切り変えて扉を開けて外に出るとブワッと冷たい夜風によろめきそうになる。 いつもに増して外はやけに冷たく、真っ白な月がやや斜め上に浮かんでいるのを見上げるともう夜か、とアルフレッドは若干白くなる吐息を吐く。 背後からガヤガヤと楽しげに笑いはしゃぐ声が聞こえてくる。それを聞いていると胸が引っ掻き回されるように苦しくなり、早く離れようと無意識に足が動き出してしまう。 (ああ、もう勇者って何なんだ!) 悔しくて涙が込み上げてくる。Dランクと言われたら否定しようがないほどに度胸も実力も何もかもが足りていない。 勇者になるべきではなかったと今更後悔しても遅い問答を繰り返して前を見ずにがむしゃらに走っているとドンッと分厚い何かにぶつかったのに気付く。 「あ、ばっ……な、な……あッ!!」 なにか柱か壁にぶつかったのかと思ったが軽く鼻が痛いぐらいでさほど痛みはない。 もしかして人にぶつかったのか、と思い恐る恐る目を開けると紅色の薄い布地に包まれた胸元が見え、ゆっくりと見上げると梅紫色の瞳と目が合ったのに気付く。 (あ、この人は……) 赤紫色の長髪はゆらゆらと風に靡き、ほんのりと輝く梅紫色の切れ長の目。 まるで妖艶という言葉をそのまま描いたような端正な顔立ちをしたその人物は数刻前に見た踊り子だとすぐ分かる。 彼はクスッと小さな笑みを見せるとアルフレッドの顎に手を添えて月明かりを覆い隠すほど顔を近づけ、甘く囁きかけた。 「───見つけたわ、運命の人」 その言葉を聞いて一瞬、胸がドクンと高鳴った気がした。 この感覚は実家にいた時に隣の家の女の子に恋心を抱いたのとよく似ている……が、相手はどこからどう見ても男だ。 男に恋心を抱いたというのか?いや、そんなわけがない。 だが、まるで耳元で囁かれたかのように耳の鼓膜まで蕩けそうなほどの低音の甘い声はアルフレッドの胸を鷲掴んで離さない。 「ふふっ、今アナタがアタシの事を好きって思った感情……それは嘘じゃないわ。だって、アタシ達は運命の人……いえ、番いなのよ?」 「つ、つが……?」 「焦らなくていいわ、結ばれた赤い糸、それさえあればいいのだから……」 彼の細く長い手に傷だらけのアルフレッドの手がちょこん、と座るように乗った。 手の甲の指先、即ち指輪がはまるであろう薬指に口付けると傷を優しく包み込むように擦ってポワッと温かな緑色の光を放った。 「ん…ッ!……あ、あれ……?」 ピリッと痛みが走ったがすぐに痛みが引いたのに気付くと恐る恐る手の甲を見ると約六年間、試験に合格するべく鍛錬を重ねて出来た古傷が跡形もなく癒えて無くなっている事にハッとする。 まさか、踊り子のように見えるがこの人は治癒士なのかもしれない、とパァアアッと一気に表情が明るくなる。 「運命とか番いとかよく分からないですけどもしかして、もしかして治癒士ですか!?」 彼の背は頭一つ分ぐらい高く、背伸びしない事には届きそうにない。 だというのに勢いあまって顔が近い事を忘れて背伸びするとゴツンッと額と額がぶつかり合い、彼をよろめかせてしまった。 「ったぁ…!……や、やるじゃない…アタシのアプローチに答えずに頭突きをかますとは……」 「い、いやいや!頭突きするつもりはなかったんです!勢いでッ、勢い!」 そこはかとなく恨みを持たれたような気がするが距離ができたのはよかった事だ。 一歩距離を取って腕を組む彼を見上げれば改めて治癒士なのか、と問いかける。 すると彼は目線を空へと向けて一考するそぶりを見せてから横に手を払うように動かせば開いていた手のひらをまるで何かを握るようにグッと閉じて拳を作れば一瞬、空間が歪み元に戻る時に紫色の光に縁取られた純白のレイピアを手にしていた。 「ごめんなさいね、こう見えてアタシは踊り子なのよ、多少の治癒魔法ぐらいはできるけれど……」 一瞬、レイピアが出てきた事に何事かとアルフレッドはポカンと口を開けていた。 だがすぐに気を取り直すとすぐに問いを返す。 「いえ、それだけで大丈夫です!正直、踊り子って何か分かりませんが!」 「その名の通り、踊って皆を勇気付ける不思議な職業よ」 「なるほど、ちょっと想像できませんね!……あ、あとっ、ぼくDランクなんですけど……大丈夫…ですかね…?」 踊り子という職業やそのレイピアでどうやって戦うのか分からない。それでももし仲間になってくれるというのなら心強い。 しかし、ランクの事を伝えて拒まれたらどうしよう。そう思えば思うほど不安になって声が小さくなっていく。 「あら、そんなの全然気にならないわ。アタシはアナタと結ばれるべき赤い糸を見て声をかけているの……それに、アナタの精神力は並大抵のモノではないわ」 「へ、あっ……精神、力?」 トントン、とちょうど心臓の近く辺りを人差し指で軽く押されるとアルフレッドはドキッとする。 だが、いくらドキッとしたところで話す内容は桃色に染まった甘酸っぱい会話ではなく、至って普通の会話だった。 「勇者とは化け物を倒す職業だけあって、常に化け物と対峙しなくてはいけない。だけど、倒すにあたって単純に力があればいいというわけではなくてね、精神力が高ければ高いほどがいいの」 「精神力……どうしてですか?」 「化け物はいくら倒しても無尽蔵に湧き続ける……その理由を知っていて?どこからやってくるのか、どうやって繁殖するのか…。化け物とは時に人を惑わし陥れる事があるの、化け物によって陥れられた人は次第に自我を失くし、人の形を維持できなくなり……得体の知れない、化け物になってしまうの」 「えっ?!そ、そうなんですか……!?」 確かに六年ほど、勇者になる為にありとあらゆる勉強、鍛錬をしてきたが誰が聞いても誰も知れない事実だろう。 それを聞いて誰が信じるのか。しかし、化け物がどのようにして増え続けるのか、一体どこから訪れるのか誰も知らず、その生態に関してもいまだ不明なところが多い それが事実だとしたら勇者が戦う相手はかつて人であった、人ならざるモノという事になる。 その事実をうまく呑み込めずにいたアルフレッドに彼は微笑みかける。 「ま、聞いたところですぐに理解できるはずない事は分かってる。でもアナタがこの先、勇者として旅に出るなら覚えておくといいわ、"いつだって強き心を持つ者が生き残る世界"だって事を……」 「強き、心……」 それを聞いて一瞬、アルフレッドは考えた。 他の勇者はどうなのだろう。皆は強き心を持っているのだろうか。そもそも、強き心は何なのか? 自分の心に問いかけるように胸に手を添えて考えていると彼はアルフレッドの背後にある店に向かって歩き、「続きは中で話しましょ!」と言って店に入っていく。 アルフレッドは後を追うように中に入り、彼が入って右手に向かい、綺麗に整えられたテーブル席に腰をかけると向かいの席にアルフレッドが座った。 そこにトテトテとやや小柄な少女────らしきウェイトレスが走ってきた。 「いらっしゃいませ、なのです!ご注文はお決まりでしょうか、なのです!」 「甘いジュースが欲しいのだけど、あるかしら?」 「甘い……あっ、とれたて白桃のスムージーございます、なのです!」 「じゃあ、それで。アナタは?」 「あ、ぼくは…同じので」 「はい、なのです!マスタ~、とれたて白桃スムージーを二つ、なのです~!」 うさぎのような大きく垂れた耳をゆっさゆさと揺らしながら走っていく、ややふっくらとした少女をジッと見ていたアルフレッド。 そんなアルフレッドに向かい合うように座る彼は身体を前のめりに倒して机に肘をつけば意識が外へと逸れるアルフレッドに問いかける。 「ねぇ、どこから来たの?」 「……へ、あっ!が、ガール村です!」 「へぇ、ガール……」 ガール村といえば此処、商業都市デセトより遥か西にある小さな田舎だ。 代々女性が村長として村を取り仕切り、村長によって選抜された少人数の男達で化け物から守る小さな集落だ。 特に特徴的なものはないが周辺地域の中で一番化け物の襲撃が少なく、また作物がよく実る土地という事も相まってこのデセトの街にもガール村産の作物が多く陳列されている事は印象的だ。 ガール村と聞けばおそらく農作業を見て暮らしていた事は分かるがどうして勇者に、と気になるところがある。 「ガール村の事は存じているわ。ちなみにどうして勇者に?」 「東の果てにある塔を目指しているんです。あそこに行くには勇者認定証がないと通行できないところもあるので……」 今や、より広い世界を拝む事が出来るなどと噂されて多くの勇者が目指す場所とされている東の最果てにある塔。 ガール村からでもよく見えるだろう。数万メートルいやそれ以上はあるであろう、あの塔は多くの謎に包まれている。 「塔を目指して、何を為すの?」 「もっと広い世界を見たいんです!あの塔に行けばまだ見ぬ世界があるかもしれないって父さんが───」 やや興奮気味に語るアルフレッド。 おそらくあの塔に夢も希望も、世界の真実もあるのだと思っているのだろう。 だが彼の視線は決して温かくはなく、冷ややかなもので。それはまるで真相を知っているかのように冷酷だった。 「知りたくない世界があるかもよ。人間の醜悪さが全て詰め込まれた掃き溜めみたいな汚い世界かもしれない。それでも行きたい?」 それを聞いてアルフレッドはムッとした表情を見せた。 そんなはずがない。そう思う反面、誰もあの塔の真実を知らない、だからこそ夢を見ているだけかもしれない。そう思えば前に進む事を躊躇してしまう。 夢は夢のまま、思い描いている方が幸せなのかもしれない。 だが、それではいけない気がした。幼き頃に勇者になって世界を見ると亡き父親と約束したアルフレッドは何が何でも勇者になって世界を見るのだと決意してここまでやってきた。 諦めれるわけがない───再度、その決意をより強くさせればアルフレッドは両手を机につけてガタンッと椅子を引いて立ち上がる。 「ええ、ぼくは世界を見に行きたいです!例え汚くても、醜くてもぼくは絶対に行きたいんです!塔の先に広がる世界を見ると父さんと約束したから…!」 張り詰めた声を振り絞ってそう言えば彼は嬉しそうに微笑んだ。 「……期待していた通りの子ね、気に入ったわ。アタシがその願いを叶えてあげる。アタシの名前はオリヴィエ・メルレよ、アナタは?」 「あ、アルフレッド・オルブライトです!お、オリヴィエさん!よろしくお願いします!!」 差し出された手を取ってアルフレッドとオリヴィエと名乗った彼は手を交わした。 ようやく名前が聞けた為、アルフレッドも何か色々と聞いてみたいと頬を緩ませて握手を交わし続けていると少し離れたところから「あわっ、あわわっ」と先程のウェイトレスが困ったような声を出している事に気付く。 そちらに二人が顔を向けるとウェイトレスが両手に持ってドリンクを大事そうに抱えているのが見える。その横をダン、ダンと強く床を踏みしめて此方に向かって歩いてくる人が見える。 どうやら強く歩くせいで床が揺れてコップいっぱいに入れたスムージがこぼれそうなのを気にして怯えた小動物のような声を出しているようだ。 アルフレッドよりも遥かに背が高く見るからに屈強な男が二人の前に立てば仁王立ちの如く、腕を組んで二人を見下ろしている。 「おいおい、どこのどいつが大声上げてはしゃいでいるかと思えば……万年不合格のアルフレッドじゃねェか。お?合格したのかァ?」 厭味ったらしく喧嘩を売ってくるは先程、女性達に囲まれてちやほやともてはやされていたSランクの勇者カルヴァン・サルヴァンタだ。 今回の試験で一発合格を出し、その上アルフレッドが倒すべきだった試験用の化け物を一瞬で倒したその男の実力は計り知れないもので全身から漂うオーラが強者だと示しているように見えた。 そんな次代のエースと呼ばれるカルヴァンを前にアルフレッドはお腹が痛くなり始める。 (どうしてこんなところで出会う上に声かけてくるんだ、この人は…!) アルフレッドはにとっては天敵そのものだった。 何故か試験最中に目をつけられて以降、何度も手酷く痛めつけられてきた。その経験が脳裏に過ぎるとアルフレッドは逃げ出したくなる。 助けを求めようと横を見るとカルヴァンが目の前に立っているというのに指先に施されたネイルを見て「あーあ、剥がれてる……」と別の事を考えて、さも目の前にいないような扱いをするオリヴィエ。そんな彼を見てアルフレッドは愕然とするとやはり怒りの矛先がオリヴィエに向けられる。 「あ?なんだこのオカマ……俺様が目の前に立ってもちっとも気付かねェとは……なんだ、とんだ節穴かァ?」 カルヴァンが馬鹿にすると背後についてきたであろう女性達がクスクスと面白そうに笑っている。 この光景は試験最中も何度も見た。何度も蹴り飛ばされ、意識が混濁していたとしても誰も手を差し伸べるわけでもなく、ただ笑ってカルヴァンの後をついていくだけ。 オリヴィエはどう思っているのか、何を考えているのか分からない。だが、カルヴァンの様子からして拳を繰り出すのは目に見えている。 せめて彼が自分自分に女性だという認識があるのならば男として守ってあげなくては───。 竦みそうになる足を無理矢理立たせて立ち上がるとアルフレッドはカルヴァンを睨みつける。 「お、オリヴィエさんに手を出すなよ、か、カルヴァン!」 ガタガタと口が震えるがなんとか声を振り絞るとカルヴァンは面白そうにゲラゲラと下品に笑い始めた。 「……プッ、ギャハハハッ!お前らみたいな虫けらにこの俺が手ェ出すと思ってんのかよ、このゴミが!」 「ッ!!」 依然としてオリヴィエはネイルを見ていた。まるで気付いていないようだったが当然、アルフレッドが声を出せばカルヴァンの衝動をアルフレッドに向けられる。 握り拳を作り、アルフレッドの方へと鋭いパンチが飛べば反射的に顔を守るように腕を交差して身構えた。 もう殴られるのは慣れている────。 そう思っていたが一向にパンチが飛んでこず、寧ろ「いッでぇ?!」とカルヴァンが声を出した。 一体なんだと恐る恐る腕を退けるとカルヴァンの腕にオリヴィエが持っていたレイピアが突き刺さり、更に拳を作る手の甲には鞘が突き刺さっていた。 一体、あの一瞬にどうやって…そう思えばオリヴィエの方を見ると机から身を乗り出してレイピアを握る手を引けば血飛沫が目の前を飛び散った。 「ぎゃああああっ!?」 痛みに身悶えて座り込むカルヴァンを横目に顔に付着した血を手の甲で拭えばアルフレッドを見る。 「アナタも変な奴に好かれてるわねぇ。妬けちゃうわ」 「や、妬かなくても別に好きではないですから!ぼくはオリヴィエさんしか…って何言わせるんですか!」 「あらあら、アタシは何も言わせようとしてないわよ」 「うぅ…」 楽しそうに笑むオリヴィエは先程と変わらない様子だった。 うっかり変な事を言いそうになり、恥ずかしがっていたがオリヴィエが立ち上がってウェイトレスに「それはあそこののたうち回ってるお兄さんにあげて」と言って銀貨一枚で足りるところを金貨一枚を出して店を出ようとした。 その後を追うようにアルフレッドは席を立って追いかけると背後で身悶えていたはずのカルヴァンが立ち上がってオリヴィエめがけて突進し、拳を振るう。 「うぉおおおおッ!!死にやがれぇぇえええッ!!」 まるで銃弾の如く、素早く放たれたその一撃をオリヴィエは振り返りながら足を高くあげて回し蹴りで蹴り飛ばす。 当然、蹴り飛ばされたカルヴァンは店の玄関先に積み上げられた木箱にガシャンッと盛大な音を立てて直撃した。 足を下ろしてパッパッと手の汚れを払い落とすとオリヴィエは得意げに笑う。 「Sランクの勇者って言うわりには弱いわねぇ。ちょっとは驕らずに自分自身を見つめ直したら?そのうち化け物に堕ちるわよ~」 なんて余裕な姿なんだ。店にいたアルフレッドもウェイトレスもカルヴァンをもてはやしていた女性達も皆、ポカンとした顔を見せていた。 Sランクの勇者をいともたやすく倒したオリヴィエの後をついていくようにアルフレッドは店を出ると真上まで昇った真っ白な月の下を歩くオリヴィエを追いかける。 「お、オリヴィエさん!」 声をかけるとクルッと踵を返したオリヴィエ。月明かりを浴びて影が差し込むその顔を見上げるとアルフレッドは頭を下げて感謝を伝える。 「あ、ありがとうございます…!先程は助けてくださり……」 「んー、いいのよ。これから一緒に旅をするんだし…何よりも最初に庇ってくれたのはアナタよ、此方こそ……その、ありがとう…ね?」 気恥ずかしそうに、ほんのりと頬を染めて感謝を伝えるオリヴィエ。言い慣れていないのかはにかむその顔はとても可愛らしく胸がときめいてしまう。 アルフレッドはその気持ちにどう向き合っていいのか、分からないものの今はただ純粋な気持ちで共に旅をしようと思えばオリヴィエの隣に立って歩く。 「オリヴィエさん、折角の服が汚れてしまったのでよければ宿に泊まりませんか?ぼくが払うので!」 「あら、いいの?じゃあ、お願いしようかしら」 宿へ行こうと提案すればオリヴィエとアルフレッドは軽い足取りで宿を目指す。 その道中、様々な会話を交えて改めて見慣れていたはずのデザトの街を見て回りながら月に照らされた夜道を歩いて宿につく。 部屋へと案内され、風呂へと別々に入った二人は夕飯を済ませて就寝するべく部屋の電気を消してそれぞれ、二つ置かれたベッドに入る。 ほのかに部屋を照らす枕元に置かれたライトを消す手前にオリヴィエは布団から顔を出して目を瞑って眠ろうとするアルフレッドに声をかける。 「ねぇ、もう寝たかしら」 その声を聞いて薄目を開けたアルフレッドはオリヴィエは捉えるともぞもぞと動いて声を出す。 「……はい、どうかしたん、ですか……?」 「眠かったら聞き流してくれていいからね。アタシ、アナタからはどうして勇者になったのか聞いたのにアタシの事は何も言ってなかったわね。今だから言うわね」 「……はい」 ベッドから這い出たオリヴィエが布団に埋もれるアルフレッドをすくい出すように、軽く上布団を退けて顔を出させると微笑みかける。 とても眠そうな顔をしている。優しく頭を撫でて優しく、決して起こさないように語り掛ける。 「……アタシもね、あの塔を目指しているの。元居た場所に戻る為に……でも、その為には困難を乗り越えなくてはならない。アタシは追われているから……ごめんなさいね、アナタに迷惑をかける事……どうか、許して頂ちょうだい」 うつらうつらと眠そうに微睡むアルフレッドの頭を撫でながらそう語るオリヴィエ。 柔らかな頬に口付け「おやすみなさい」と穏やかな声をかけると離れて自分のベッドへと戻る。 静寂に包まれる中、告げられた言葉はこの先に未来を左右する重大な事だった。 その事を知らずに、ただすやすやと心地よさそうに眠り続けていた。

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