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第2話

太く短く生きるのがガラガラ蛇の信条。 脱皮して脱皮して、|刹那《ひとまたたき》を積み重ねて永遠に至らしめる。 ブレーキを踏む。 減速して止まる。 「連中のアジトっす、哥哥」 「|辛苦了《ご苦労さん》」 「正面から行かれるんですか」 「勿論」 「ミュータントお断りだそうですよ」 正面の門扉には「突然変異体禁止出入」と記した紙が貼りだされていた。 後続車両が立て続けにブレーキをかけ、懐に得物を呑んだ面々が降り立ち、二手に分かれて頭を下げる。 「罷り通る。付いてこい」 助手席のドアを開け放ち、ゴツいブーツを下ろし、左右に整列した黒服たちの中央を威風堂々たる大股で歩く。 颯爽と肩で風切り、パイソンレザーに包まれた足を繰り出し、磨き抜かれた花崗岩の階段を踏み締める。 お辞儀で迎えた舎弟たちが眼前を通り過ぎた背に続き、派手派手しい柄シャツを継ぎ接ぎの鱗に変え、蛇の尾を成す。 「んだテメエ。今日は貸し切りだ、一昨日きやがれ」 「そりゃ残念、おごってもらおうと思ったのに」 「ふざけてんのか?アブノーマルの蛇野郎はお呼びじゃねえんだよ」 喧嘩腰で立ち塞がる見張りを一瞥、歩調は落とさず右手を翻す。 転瞬、銃声が響く。 サングラスの男が見張りの下顎を撃ち抜いたのだ。 「おい楊しっかりしろ、くそったれがよくも……出合え、敵襲だ!」 片割れが眉間を穿たれ絶命。 サングラスにはねとんだ血を拭い、「禁止」の二字になすり、招かれざる客筆頭が足を振り上げる。 「これで問題ねェな」 男―呉が扉を蹴破るのを合図に、銃撃戦の火蓋が切って落とされた。 「蟲中天の襲撃だ、ラトルスネイクが来るぞ!」 「ボスと金庫の中身を守れ、退くんじゃねえ前に出ろ死ぬ気で止めろ!」 「畜生ラトルスネイクが出張ってくるなんて聞いてねえぞ完全に詰みじゃねえか、あの毒蛇はなんもかんも根こそぎにしてく最悪の厄ダネだ、あとにはぺんぺん草も残らねえ!」 アンデッドエンド最大のチャイナタウン・快楽天の高級料理店は阿鼻叫喚の地獄と化す。 老大哥の命令は敵対勢力の皆殺し。 新興マフィア掃討戦の指揮を任されたのは、いずれ劣らぬ武闘派ぞろいの蟲中天において、大幹部の稚児から成り上がった異色の経歴の男。 縦横無尽に銃弾が飛び交うなか、東洋の壺やら花瓶やらを展示した長い廊下を|旗袍《チーパオ》に身を包んだ女が逃げ惑い、|長袍《チャンパオ》を着た男が配膳ワゴンに覆いかぶさるように倒れ込む。 「私はただの店員で裏社会とは関係ありません、会合の内容なんて聞いてません、後生です命だけはお助けてください!」 「きゃああああっ!」 横転したワゴンから総菜が雪崩れ落ち、床で跳ねた銀盆が銅鑼でも叩くようにけたたましく鳴り響く。 「あ~あもったいねェ」 行く手に横たわる死体を引っ立て、肉盾にして進む傍ら弾込め。 野太い雄叫びを上げる巨漢。突撃する小男。青龍刀の湾曲した刃が残像を曳いて宙を薙ぎ、鎖鎌の分銅が柱の表面を穿ち、跳弾が死角を突く。 呉が率いる兵隊たちは柱の影や台座の後ろに隠れ、指示を待っていた。 「いけ」 蜂の巣と化した死体をかなぐり捨て、自陣に散開を促す。 兵隊たちがトリガーを引く。火花散る剣戟と銃弾の応酬。 戦況は蟲中天に有利に働く。それもそのはず、呉が引き連れてきた少数精鋭の若手は小回りが利く。彼等の体には多かれ少なかれ爬虫類の特徴の鱗が現れていた。 「幹部は奥の間のVIPルームだ。手が空いてるヤツぁ裏口に回り込め、車を蜂の巣にしとけ」 会議中に攻め込まれた新興マフィアは甚く動揺し、店に籠城して迎え撃とうにもろくに統率がとれてない。 音速で飛来する弾丸を直感で回避、頭を屈めて走り出す。 「呉哥哥!」 味方の呼び声は銃声にかき消された。素早く前転して射線を脱し、跳ね起きると同時に柱を蹴り、腰に捻りを加え跳躍。視界が逆転しあんぐり口を開けた敵味方の顔が遠ざかる。 着地点は真っ赤な円卓の上。椅子に掛けていた敵幹部が一斉に腰を浮かすも、遅い。 料理皿をけたたましく踏み付け、鎌首もたげる蛇に似たしなやかさで手を仰け反らせ、特別誂えの二挺拳銃をぶっぱなす。 「ぅぐっ!」 「ぎゃっ!」 「ははっ!」 今日も絶好調。 尽きたそばから弾丸を装填し、円卓を囲む敵を片っ端からぶち殺す。大量の返り血浴びて踊り狂い、撃って撃って撃ちまくる。ドギツくギラツくレンズの奥、殺意を研いだ琥珀の瞳が炯々と輝き、鉄火場で無双する顔に好戦的な笑みが浮かぶ。 敵幹部が瀕死の痙攣を起こす。 「喜べ|老板《ラオバン》、ラトルスネイクのおでましだ」 敵勢力がほぼ全滅したのを確認後、卓上の破片を踏み砕いて本命のもとへ歩いていく。 「偉そうなヤツを見下すのは気分いいな」 ボスは動けなかった。両隣の側近は倒れている。電光石火の早撃ち。のみならず、動体視力と反射神経が卓越している。 絶体絶命の窮地に陥ったボスは歯噛みし、若造になめられまいと虚勢を張る。 「毒蛇を刺客によこすとは蟲中天もヤキが回ったな。爬虫類の派閥が台頭し始めたと風の噂に聞いたが……」 「俺様ちゃんがその急先鋒。見事な牙だろ、伏して拝めよ」 鋭く尖った犬歯を剥き、ボスの眉間に銃を擬す。 「処される理由は明快、|蟲中天《ウチ》のシマを荒らしたから。上の連中はブチギレてる」 「ゲスな蟲けらどもが」 「女をヤク漬けにして斡旋してる外道が。泰山夫君に申し開きしてこい」 直後、死体の山が蠢く。 幹部の骸の下敷きになり、辛うじて即死を免れた従業員がいた。 「ううっ……たすけて……」 ボスの行動は迅速。 死体の吹き溜まりから這い出た女を捕まえ、人質として引き立てる。 「寄るな、コイツがどうなってもいいのか!」 呉が片眉を跳ね上げる。 対するボスは脂汗でギト付く顔に壮絶な笑みを浮かべ、女の乳房に銃を埋め込む。 「どけ。道をあけ」 「ろ」を言い終わる前に悪運と寿命が尽きた。ボスが大きく仰け反り、眉間の穴から脳漿が飛び散る。 最期に目に焼き付けたのは、自分に向かってまっすぐ銃を構える男。 「ひっ……!」 一発二発三発。シリンダーが高速回転し、後ろ向きに倒れ行くボスの体が跳ねる。 至近距離で血と肉片と脳漿を浴びた女が凍り付き、膝から崩れ落ちるのを抱き止め、呉が優しく囁く。 「災難だったな|小姐《シャオジェ》」 「あ、あの、謝謝」 迷わずトリガーを引き、残り一発を眉間に撃ち込む。 「老大哥の注文は皆殺し。目撃者も例外じゃねえ」 驚愕の表情で息絶えた女を寝かせ、死屍累々の惨状を呈す廊下を突っ切り、再び敷居を跨ぐ。 生き残った舎弟は約半数。 当たり前のように助手席に乗り込んで胸ポケットの煙草を摘まみ、舌打ち。 「運転手いねーじゃん」 彼は入り口付近で死んでいた。ラトルスネイクの蛮勇に憧れ、蟲中天の門戸を叩いた若者だった。 やむをえず代役を指名し車を出す。 行き先は昔馴染みが運営するスラムの教会。 錬鉄の柵沿いに車を止め、鮮やかな身ごなしで敷地に忍び込み、口笛を吹きながら寮に入る。 「アウルーシャワーと服貸してくれー」 「ひっ!」 「きゃっ!」 「何事っ!?」 全身返り血にまみれた呉の姿を一目見るなり、修道女たちが卒倒せんばかりに青ざめる。構わず行こうとしたら裾を掴まれた。 「ちょっとアナタどうなさったんです、お怪我でもされたんですの!?」 「神父様はいま礼拝中でお忙しいんですのよ、出直していただけませんか」 「血の匂いを纏って来られたら子供たちが怯えますわ、ご自重してくださいませ」 「拳銃はお預かりします」 「あーあーうるせえなあ」 耳の穴をかっぽじって非難を聞き流し、修道女たちの足元に分厚い札束を放ってよこす。 「お布施」 「まっ!」 「どうされました?」 怒り心頭の修道女たちを宥め、漆黒のカソックを纏った神父が進み出る。 「ああ神父様、またミスター呉が」 ご注進に及ぶ修道女の前を素通りし、神父の腕をひったくって部屋へ連れていく。 「抗争帰りですか」 「見りゃわかんだろ」 「今回は何人殺したんです」 「いちいち勘定してねえ。二十人位?」 乱暴に扉を開けて閉じ、血が染みた柄シャツを脱いで裸をさらす。呆れ顔の神父をベッドに押し倒し、性急な手付きでカソックをひんむく。 仰け反る首筋に噛み付き、鎖骨のふくらみを吸い立て、引き締まった腹筋を唇でなぞっていく。 「せめて身を清めてきたらいかがですか」 「待てねえ」 呉は酷く昂っていた。 抗争の直後は悩ましい火照りと破壊衝動を持て余し、必ず教会に立ち寄る。軋むベッドの上、神父を組み敷いて犯す。欲望に乗っ取られた荒々しい前戯。 「ッふ、んっ、眼鏡とロザリオを外させてください」 「そのままでかまわねえ。見せ付けてやろうぜ」 「ならカーテンを」 窓の外では子供たちが遊んでいた。 切れ切れに訴える神父に興ざめし、無造作にカーテンを引く。 これでいい。邪魔者はいない。 薄暗い部屋にふたりきり、ジーパンをずらし勃起した陰茎を取り出す。 「~~~~~~~~~~~~~~ッぁああ」 ろくに慣らしもせず突っ込み、腰を掴んで揺すりたてる。 締め付けのキツさが快感に昇華され、前立腺を狙い定めて突きまくり、一方の手で股間をしごく。 「ガキが遊んでる横でケツ振ってんじゃねーぞ、変態マゾ神父」 「ッぐ、はっ、ぁあ」 「どうした、感じちまった?カソックの下で熟れた体を持て余して、キリストさんに慈悲を乞うなんざ因果な商売だぜ」 長い付き合いだ、遠慮はいらねえ。 カウパーの濁流を会陰に揉み込み赤黒い怒張を抜き差しする一方、肩口や上腕に噛み付いて痛みを与える。 「あッ、やめ、ッぐ」 「問題ねーだろ、どうせカソックで隠れちまうんだし。全身に付けてやるよ。ていうかマジ終わってんな、前も後ろもグチャグチャドロドロ。正直言えよ、強姦されて悦んでんだろ。昔から変わってなくて安心したぜナイトアウル、俺様ちゃんに無理矢理されんのが大大大好きだもんな」 「自信、過剰、ですよ。うぬぼれはやめてください、貴方だって私の下でさんざん喘いだじゃないですか」 「ありゃお芝居さ、付き合ってやったんだ」 「後出しはずるい、ッは!」 神父の尻を平手で叩き、シーツに膝這いにさせ、抽送のペースを上げる。 「ッふ、ンんっ」 太いペニスが潤んだ粘膜をごりごり削り、一際敏感な前立腺を押し潰す。 サディスティックに舌なめずりし、後ろ髪を掴んで押さえ込み、精力絶倫の抽送を続けながら耳をしゃぶる。 「イきてえ?」 「ぁぐ、誰っ、が」 「汁だくでイキるんじゃねーよ、イきてえならそういえ」 「ぁッ、あぁっ、ラトル」 行為中しか呼ばない愛称で呼ばれ背筋がぞくぞくする。 汗と涎をしとどに垂れ流し喘ぐ痴態がこれでもかと征服欲を煽り立て、ペニスを意地悪く捏ね回し、くびれを押さえて射精を塞き止める。 「ラトルぃきた、ィかせてくださ、ふっぁ」 「もっとでけえ声で。修道女やガキどもに聞こえる位」 「ぁっ、あぁっ、やめ」 「カーテン開くぞ」 カソックから零れた白い肌に劣情し、首筋に咲く赤い痣を食み、二股の舌でちろちろ刺激してやる。 「言えよ、ホントは俺様ちゃんが来んの一人でしながら待ってたんだろ。前だけじゃイけねーもんな、後ろをいじくってんのバレバレだ。なあ教えてくれよアウル、ロザリオでアナルほじってんの?聖母マリアや救いの御子のご尊顔にぶっかけながら絶頂すんの」 「してませんよ貴方以外とは」 「ド淫乱が。ケツ叩かれておっ勃ててんじゃねーぞ」 「あッ、ぁっ、あ゛ッ」 貧相な尻を平手で打擲、シーツをかきむしり悶える神父の鎖をぐいと引く。 まだ足りねえ、まだまだ足りねえ。 全部全部ぶっ壊してえ。 体内に挿入したペニスをずるりと抜き、カソックで神父の腕を縛り上げ、両脚を大胆にこじ開ける。 「不始末な体だなァ、滴ってるぜ」 「ッ……、」 「乳首もコリコリしこってら。剥きたてのクリみてえに感度抜群」 「ッぁあっ!」 胸の突起を弾かれ喘ぐ。暴かれた裾の下、ペニスは赤く屹立していた。 「さわ、らないで、くださ、ぁうっ」 続けざまに弾いて抓り、強弱付けて吸い転がす。痛みと羞恥が倒錯した性感に置き換わるほど調教が進みきった事実を恥じ、息を荒げた神父が唇を噛む。 「ほどいてください」 「やだね」 割り開いた膝の真ん中に抉り込む。串刺し。鼻梁にずれた眼鏡の奥、薄っすら開いた糸目に苦痛の色が浮かぶ。 「ラトルっ、ぁっぐ本当にやめ、ぁうっ、ンっふ奥当たっ、貴方で一杯、ぁあっィくっ」 「イけよ」 ずんずん突き上げる。額に汗が滲む。神秘的な紫の瞳が淫蕩に濁り、赤毛を散らして堕ちていく。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぁあっ」 大股開きで激しく痙攣、大量の白濁をとばす。 まだ終わりではない。 相手が絶頂に達してもペニスは抜かず、余韻に浸らせるのをよしとせず、ガツガツ勢いを増して叩き付ける。 「ぁっぐ、もうやめっ、ぁっ苦しッ、もっ止まらなッ、ンっぁっ許してください」 「興ざめなこと言うなって、俺様ちゃんはまだイってねーんだ、しまいまでご奉仕しろよ」 「ぁッ、あッ、ぁあッ」 直腸の粘膜が複雑にうねる。絶頂が近付く。 貪欲な肉襞に締め上げられたペニスが震え、神父の腹に濃厚な白濁をぶちまける。 都合三回犯した。 最後は目隠しで。 「正直に申し上げて、捌け口にされるのはうんざりですよ」 カソックの袖に腕を通して引っ張り、ぐったり消耗しきった神父がぼやく。 「上の口じゃ嫌がってても下の口は涎たらして歓迎してくれっから好きだぜ、アウル」 「修道女や子供たちを巻き込みたくありませんので」 「てめェにフラれたからって通りすがりの尼さんに突っ込むほど飢えてねーよ」 「どうですかね」 「たぶん回線がイカレちまってんだ、殺しのあとは無性に犯りたくならァ」 「暴れ足りないなら愛人を抱けばいいじゃないですか」 沈黙。 一番上のボタンを留め、几帳面に襟を立てる。 「なるほど、最愛の女性は犯せないと。嫌われるのが怖いんですか」 「血まみれで帰るとうるせーんだよ」 「天下のラトルスネイクも丸くなりましたねえ。良い兆候です」 「所帯じみたってか?」 「毎回毎回シャワー借りに来られちゃ迷惑です。挙句に替えの服まで置いて、これじゃまるきり愛人宅じゃないですか。生活に支障がでない程度に火照りを鎮めたいなら娼館に行くのをおすすめします」 「細くて柔っけェから加減がむずかしーんだ、商売女使い物にならなくしたら出禁だろ」 「抱き潰すまでどきませんもんね。レイプじゃなきゃ達せないなんて病気じゃないですか」 「たまってたくせに」 「それは……ええまあはい」 素直に認めて眼鏡を掛け、シャワー上がりの呉を澄まし顔で見据える。 「『蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい』」 「聖書の名言?」 「迫害された使徒にイエスが捧げた言葉です。蛇の用心深さと鳩の優しさを併せ持て、と。貴方の滅茶苦茶ぶりを見ていると蛇が賢いというのは少々買いかぶりに思えますが」 「おい」 「次は痕付けないでくださいね、言い訳考えるの大変なんですから」 「聖痕で押し切れ」 「主を騙るとは不敬な」 「じゃあ蛇に噛まれたって言え」 「どちらへ行かれるのですか?帰りは裏口からお願いしますよ、修道女や子供たちが怯えるので」 「へーへー」 教会を追い出されたのち車に乗り、向かった先は快楽天の豪邸。 門前の護衛を顔パスでいなし奥へ進むと、香が焚かれた閨房で矮躯の老人が待ち受けていた。 「失礼します、老大哥」 「戻ったか。首尾はどうじゃ」 「問題ありません。一人残らず駆逐しました」 足元に跪き、おもてを伏せて報告する。 「よくやった。褒美を賜る」 呉の手柄を祝い、鷹揚に手を叩いて使用人を呼ぶ。 深々とお辞儀した使用人が献上したのは、呉の体型に合わせて誂えた、光沢あるサテン生地の長砲。 「黒の色目と襟元の銀糸の刺繍が鱗に映えるじゃろ」 内心辟易するも顔には出さず、丁寧に断る。 「もらえません」 「遠慮するな、一流の職人に仕立てさせたんじゃ」 「日頃からさんざんお引き立ていただいてるのに、この上ご厚意に甘えるのは汗顔の至りです。何卒ご容赦を」 この人は俺の鱗しか見ちゃいねえ。 そもそも長砲は趣味じゃねえ。 こんなヒラヒラしたもん身に付けてどうやって戦えってんだ? 「その服は使用人にでもお与えください、このナリが楽なんです」 「生意気を言うようになったな」 「ご気分を害されましたか」 「昔はもっと可愛げがあった。儂の戯れで小蛇のような陰茎をそそり勃たせておったではないか」 不能の老いぼれが。 「十数年経ちゃそりゃあ変わりますよ。ご期待に添えずすいません、すれっからしはお嫌いですか」 いけしゃあしゃあのたまい、老大哥が本格的に機嫌を損ねる前に這い蹲り、爪先に接吻する。 「どうかお許しを」 「下品な髪色じゃな」 枯れ枝の如く痩せさらばえた手が頭にかかり、くしゃりと髪を握り潰す。 「その色眼鏡は?」 「人目を引きますので」 「外せ。瞳が見えんではないか」 「是的」 サングラスを胸ポケットに吊るす。老大哥が身を乗り出し、呉の顔を手挟んで諭す。 「飼い主が誰か忘れるなよ」 目の前の男は老醜のかたまりだった。 未だに呉に執着し、行動を縛り、意のままに飼いならそうとする。 呉は毒っぽく微笑む。 「忘れてませんよ、俺は貴方のものだって言ったじゃないですか。この瞳もこの鱗も好きにしていいのは貴方だけだ」 尽くせ。 媚びろ。 絞り取るまで。 ガラガラ蛇の本音も知らず、老大哥が莞爾と笑む。 「ならば持っていけ。礼服にすると良い」 「……」 「娘が生まれたそうじゃな」 「はい」 「父親なら身嗜みに気を遣え。娘の生誕祝いを下品な装いで台無しにするのか、写真は後世に残るぞ。いわんやその服で幹部会に参列するとは笑止」 黙れ。 「いいか|浩然《ハオラン》、恥をかくのは妻と子じゃぞ。ただでさえ世間の風当たりがキツい変異体、それも忌み嫌われる鱗持ちの身内ときて肩身が狭い思いをしいられておるのに無礼を重ね不興を買えば慰み者にされかねん。敵を作って回っておる自覚はあるか?儂の庇護や出世を妬む者もおろうな、飛んで|壺《こ》に入る毒蛇は異端の宿命から逃れ得ぬのじゃ」 てのひらにぎりっと爪が食い込む。 「老大哥の御心を推し量れない俺が浅はかでした。服は有り難く頂戴します」 「わかれば宜しい」 退室後、車に乗り込む。走行中に窓を開け、長砲を包んだ袱紗をみすぼらしい乞食に投げる。 「抜け殻だ。くれてやる」 ほんの少しスッキリした。 次に降り立ったのは快楽天の下町、鳥かごのようにベランダが張り出したアパートの前。 入口に足を向け、鼻先に漂ってきた匂いにツッと視線を流す。近くの屋台でサンザシの飴がけ……|糖葫芦《タンフール》が売られていた。 「一本どうだい旦那、安くしとくよ」 「んじゃ三本」 「あいよ」 陽気な親父から串刺しの糖葫芦を受け取り、足取り軽く階段を上り、三階角部屋のチャイムを鳴らす。 ほどなく幼女を抱っこした女がドアを開け、呉の顔を見るなり破顔した。 「おかえりなさい。おみやげ?」 「|詩涵《シーハン》とお前に」 「謝謝、これ好きなのよ」 水飴で固めたサンザシの串刺しをくるくる回し、すっかり家庭的な女になった|夜鈴《イーリン》が娘をあやす。 まだ二歳の詩涵は目を輝かせ糖葫芦に手を伸ばし、両親の笑いを誘った。 「糖葫芦。言ってみ」 「たんうっ!」 「やっべー天才、俺様ちゃんでなけりゃ聞き逃しちゃうね」 自信満々繰り返す娘を抱き取り、乳臭い柔肌をくんくん嗅いで靴を脱ぐ。詩涵は丸っこい拳に串を握り、あむあむ糖葫芦をしゃぶっていた。 「遅かったね」 「野暮用でな」 「老大哥に呼ばれたんでしょ。抗争絡み?」 「まあな」 「全然話してくれないのね」 夜鈴が寂しげに呟く。 「石鹸の匂いがする。服も替えてきたでしょ」 「浮気はしてねェ」 本当だ。 男は浮気に入らない、アレはただの憂さ晴らしだ。 抗争を終えた足で教会に寄る癖が付いたのは、夜鈴や詩涵と暮らす家で血を落としたくないから。 夜鈴は常に呉の身を案じ、危ないまねをしないでほしいと願っている。マフィアを抜けろと説かれた事もある。 「本当~?」 疑い深げに寄ってくる夜鈴の唇を啄み、囁く。 「嘘じゃねえよ。お前が一番」 「私|た《・》|ち《・》に訂正して」 糖葫芦を甘噛みする|詩涵《シーハン》の肌には鱗があった。瞳の色と形状は父親からの遺伝。 琥珀の瞳がきょろりと動き、舌足らずに父を呼ぶ。 「|爸爸《バーバ》」 「くれんの?」 甘える娘を見下ろし、彼女がさしだす串の先端の果実を咥えて引っこ抜く。 サンザシを咀嚼、嚥下する父をぽかんと見詰める詩涵。 その目がみるみる潤みだす。 「くれるんじゃねえの?」 娘のギャン泣きに慌てふためく呉の胴に、名前通りの響きでくすくす笑い腕を回す。 「欲張りな所まで似ちゃったのね」 「ミュータントの平均寿命は五十年、太く短く強欲に生きてこそだろ」 「今で十分幸せよ」 ガラガラ蛇の信条は太く短く生きること。 脱皮して脱皮して、刹那を積み重ねて永遠に至らしめる。 「足りねェよ。全然」 それでも間に合わねェなら、俺が永遠に届かせる。 不能の老いぼれもいけすかねえ幹部もみんなみんな蹴落としててっぺんとりゃ、俺の嫁と娘に手ェ出すクソどもはいなくなる。 |呉浩然《ウー・ハオラン》の内縁の妻、|呉夜鈴《ウー・イーリン》が死ぬのはこの一年後だ。

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