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逆愛Ⅶ 0.5《槞唯side》
何がしたいのか。
ふと考えてみて、自分でも理解できない時がある。
「ルイルイ、今月はこの決算書で大丈夫っすか?」
「そうですね…ここを削って、こっちに少し回してもいいと思いますが、これは次回で大丈夫でしょう」
「分かりました」
私のクラスの生徒である嵐は素直で可愛い。
勉強はもちろんのこと、学園の経理を担当している代表でもあり、誰からも好かれている。
私はそんな嵐の担任になれたことを誇りに思う。
私の可愛い生徒。
―――なのに…
「嵐、最近生徒会はどうですか?」
「え?まぁ、普通ですけど…」
苦笑いしながら私の質問に答えている嵐を見ているのが切ない。
嵐と洸弍くんの関係を、私は知っている。
お互いに想い合っていて、そして私に引き裂かれた関係。
嵐が何も言ってこないということは、この二人は想いを告げていないのだとすぐに理解できた。
「洸弍くんは、最近ミスをしていませんか?」
「……俺、自分の仕事でいっぱいいっぱいなんで、洸弍先輩のミスまで見てる余裕ないっす」
辛そうな顔して冷静を装って。
二人の仲を引き裂いておいて、更に嵐を苦しめようとしている自分が理解できない。
この二人が愁弥さんと神威さんとかぶってみえるからといって、いくらなんでもそれは酷すぎないか?
善意に満ちた自分と、
過去に囚われて自分の生徒を苦しめる自分。
なんて醜いのだろうか。
「それに俺、先輩には嫌われてますから」
仲を引き裂いた張本人に、思わず本音を出す嵐を見ているのが切ない。
「無視されるし。だから俺も、先輩を見ないようにしてるんで」
嵐は嫌われてなどいない。
事実が言えずに、嵐の顔を見ているしか出来なくて――…
善意に満ちた自分と、過去に囚われて自分の生徒を苦しめる自分が入り混じって。
こんなにも醜いものなのか、と自分自身に後ろめたさを感じて。
消えてしまいたいくらい、自分に嫌気がさす。
何がしたいのか。
ふと考えてみて、自分でも理解できない時がある。
この醜い欲望を、包み込むことが出来る日は来るのだろうか――…?
そんな私にも勝てない人がいる。
「ルーイちゃん」
この山田雅鷹という人。
高校と大学の先輩で、今ではお互いに同じ学園の教師をしている。
「何ですか?」
彼を敵に回したことはない。
―…と、いうよりも
敵に回そうとしたことが無いのだ。
なぜなら敵に回した時点で私の負けは目に見えているからだ。
「生徒会の経理の担当、今度から俺がやるから」
「…今更ですか?」
本当は雅鷹さんがこの学園の経理を担当するはずだった。
しかし彼は面倒だからと言って断り、それで私が担当になったというのに。
なぜ今更―…?
「あはは。なんで今更?って顔してるね」
雅鷹さんは私に顔を近付け、不敵な笑みを浮かべて語り出す。
「ルイちゃん、『追放返し』って知ってる?知らないわけないよね。経理の担当なら」
追放返し…
不正な手口で生徒を追放させた経理の担当者も、追放された生徒と同じような目に合うこと。
しかし『追放返し』は生徒会規約には記載されていない。
「『追放返し』は規約から無くなったはずですよね?」
「うん。規約には無くなったけど、やろうと思えば出来ちゃうよ」
規約に記載されていないことは、実際にやることが出来ないはずだ。
脅しか?
「記載されてなくても『追放返し』は山田財閥の人間だけが出来るんだよ。この学園を仕切ってるのはうちだから」
言われてみれば、MY学園を経営しているのは山田財閥だ。
山田財閥の人間にしてみれば規約なんて関係無い。
自分の判断で学園のルールを作成することが可能なのだから。
「もし嵐くんを追放させたら、追放返しが待ってるよ♪」
この人には勝てない。
敵に回した時点で私の負け。
上手くいってた計画も簡単に捩伏せられてしまう。
「まぁ嵐くんは追放させないし、ルイちゃんに追放返しする気も無いから安心してよ」
生徒会など興味の無い人だったはずなのに。
面倒なことが嫌いで、自由気ままに生きている彼に目をつけられたらおしまいだ。
「だから俺が今度から経理の担当をやるから」
「…分かりました」
「俺ね、基本的に哀沢くん以外に興味ないんだ。だから洸弍くんには興味なかったの」
勝てない。
勝てる要素が無い。
――…私の負けだ
「でもね、洸弍くんが昔の自分に見えてきちゃって…助けなきゃって思ったから、だから邪魔しないでね」
不敵な笑みを浮かべて笑って。
「想い合ってる子達を引き裂いちゃダメだよ」
この人には一生勝てる気がしない。
「ルイちゃんにも大切なものが出来るといいのにね」
計画が崩れ落ちる音が響く。
――…彼を敵に回した私の負けだ
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