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2.終電間際に……
バーを出て駅に向かう中、大通りに人影はなく男一人だけの足音が響いていた。終電も近いとなれば、大体が駅へ向かうか、あきらめタクシーを捕まえるかホテルなどの宿泊の手段を取ろうとするだろう。外に出てふらついている者がいるわけもない。男も例にもれず、終電を逃すまいと歩を進めていた。
ロータリーに差し掛かり、もうすぐで改札が見えるというその距離で、男は自分以外の人間を見つけてしまった。薄茶色の派手な髪色が無造作に跳ね、寒さからか肩を縮こませていたのは少年だった。コートを着てはいるが、面立ちからすれば学生とも見て取れる。スマートフォンの光が、少年の顔をこうこうと照らしている。
(高校生、か……? いやいや、そうだとしたら外出しちゃだめな時間だろう!? ここは交番に言って……)
まじまじと見てしまっていたからか、視線に気づき少年は男の方に近づいてきた。駅舎の光に照らされた少年は、俗にいえばイケメンと言われるような整った顔をしていた。瞳はくりくりとして大きく、垂れた前髪は幼い印象を助長させている。
「えっ……なに……」
思わず漏れた動揺の声は、少年には聞こえなかったようだ。男の腕を掴み、小さな声で漏らす。
「泊めて」
「とっ……え?」
「泊めて。帰るところないから」
「いや君、学生かい? お家に帰った方が……」
言いかけ、マスターと話していたことを思い出す。
『家出して、泊る場所の募集かけている子が待ち合わせ、なんてこともあるんですよ』
(いやいやいや、交番で保護してもらった方がいい!)
少年の目的が何であれ、一般人が出る幕はない。警察に頼み込もうと少年に腕を掴ませたまま近くの交番へと歩を進める。しかし、男の思惑とは裏腹に交番に誰もおらず、『パトロール中』というドアプレートがむなしく揺れた。
(呼んで待つか……いやでも、そうしたら終電が……。彼にタクシー代をせびるわけにはいかない。だが、手持ちがない……)
電車は定期券で済むが、バーで支払いを終えた現金の手持ちでは、タクシー代には足りない。クレジットを使うことも考えたが、この近辺、特にこの時間走っているタクシー会社はクレジットを扱っていないことを思い出し、男はうなだれた。
「お金ないの?」
少年の問いかけに、情けなさが募る。週末にさしかかるというのに、残業のせいでATMに寄れなかったのは大きな痛手だった。バーでやけ酒をしなければとも思ったが、入る前と今を比べれば、入らないという選択肢は思い浮かべることはできなかった。
肯定も否定もせず黙っていれば、少年のほうが続ける。
「なら、俺が払うよ」
「いや、電車は乗れるよ!というより、君の方が年下なんだから、お金のことをどうこう言う必要は……」
「でも電車終わっちゃった」
「……へ」
間抜けた声を漏らし、自身の腕時計を見れば記憶していた終電の出発時間になっており、走り去る電車の音が無情にも寒空に響いた。
「嘘だろ……」
帰る手段を失い、項垂れしゃがみ込んだ男を、少年もしゃがみじっと見ていた。
「ごめんね、俺が呼び止めちゃったから」
男の顔を覗き込むように、少年は眉尻を下げ謝った。改めて顔を近づけられると、その整った顔がやけにまぶしく思えた。
「いや、君のせいじゃないさ……。君が声をかけてくる前に、僕から声をかけておけばもっと早く事が進んだんだ。もっと言えば、僕がもう少し早くバーから出ていれば……」
ぶつぶつと男は言葉を吐き続ける。駅舎の光も少しずつ消えていき、辺りは暗がり始めた。
「……まずは、警察に相談だ」
男は意を決し、立ち上がった。自分のことを言うつもりなのだろと少年が気付けば、いやいやと首を振る。
「保護者、誰も来ないよ」
「来ないって……」
「一人だし。身元引受人だっけ? いないし」
「……じゃあ、家は近くなのかい?」
「ん……ちょっと遠い。それに今、帰りたくない」
一人は寂しい、と言うことだろうか。確かにそんな夜もあるだろう。男にも覚えはあるが、それでも未成年を一人で放置できる理由にはならない。
「……分かった、ホテルを探そう」
「週末、この辺りイベントあるから大体埋まってた」
「八方ふさがりじゃないか……!」
「でもいいところ知ってるよ」
少年の言葉に、藁にも縋る思いで場所を訪ねてしまった。一刻も早く少年を暖かい部屋に送れるのならば、どこだっていいと思った。
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