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3.着いた先は……!?
少年から教えてもらった場所は、少なくとも暖かい部屋ではあるが、未成年を入れるにはあまりにも非倫理的な場所だった。
「……ラブホテル!」
男は頭を抱え、なんて場所に来てしまったのかと心の中で叫んだ。駅からは多少歩いたため、人気は少ない。受付は無人で、あろうことか少年は慣れた手つきで部屋を選択していった。
「どこでもいい?」
「どうして君はそんな手慣れているんだ……!」
「よく使ってたから」
「いやだって君未成年……」
言いかけた男の目の前に出されたのは、少年の免許証だった。原付と自動二輪の免許を取っているようで、生年月日を見て確認をすれば、未成年ではなかった。
「19歳……」
「今年でハタチ。童顔ってよく言われる」
顔写真を見ても、まごうことなく本人だ。
「播谷寛明 ……」
「あ、うん。俺の名前」
「そういえば名乗っていなかったね。部屋入ってから……」
そう言いかけ、この場がどんな所かを思い出す。年齢の問題はクリアしたが、久しく……というより、はじめてラブホテルというものに入った男は、顔を真っ赤にした。その様子を少年――寛明はますます目を丸くして首を傾げた。
「はじめてなの?」
「そっ……そうだよ。何もないとわかっていても、緊張はするだろう?」
「ふぅん。そういえば、そうだったかも」
何度か入ったことあると言った寛明は、部屋を適当に選び、ルームキーを手に入れた。支払いは後払いで大丈夫だと、少年は奥にあるエレベーターへ進む。遅れぬよう、男は足早に近づく。
「……僕は、稲田聡生 」
「じゃあ、聡生さんでいい? 俺のことは、どう呼んでも構わないから」
「え、ああ……ひろ、あきくん」
「はぁい」
間延びした言い方は、まだ若さを思わせた。
(一晩、一緒に泊まるだけだ。それだけだ)
特徴らしいものがなく、人から告白されたことのない聡生からすれば、寛明は自分とは真逆だと思った。立ち姿も、黙っていても華があるように映る。
(逆ナンとか、されなくてよかった)
世の中には悪い大人がたくさんいる。自身はとてもではないがそんな度胸はないが、寛明のような外見であれば、悪いことをたくらむ者も多いだろう。
エレベーターが今日の部屋がある階までたどり着けば、ゆっくりと扉が開かれる。寛明を先頭に歩を進め、慣れた手つきでカードキーを使い、部屋の扉を開けた。
「わぁ……」
ビジネスホテルと比べ部屋の面積は広く、当然と言えばそれまでだがダブルベッドがやけに大きく見える。浴室や大きなテレビ、戸棚には冷蔵庫といわゆる大人の玩具も取りそろえられていた。顔を真っ赤にして聡生が目のやり場に困っていれば、テーブルが見えた。宅配用の軽食と、近くのだろうか風俗店の女性の写真が並んだチラシが置いてあった。
テーブル近くのソファーに、寛明は何のためらいもなく座った。テレビをつけ、何回かチャンネルの操作をすれば地上波のよく見るテレビ局の番組が流れ始めた。
「……テレビ、見るのかい?」
終電が終わる時間に流れる番組を、聡生はあまり詳しくない。終電で帰ったことはあるが、シャワーを浴びてすぐに眠りについてしまう時もあったため、見ることは少ないのだ。
「聡生さんが、テレビつけたときにびっくりしないようにって思って」
「テレビには驚かないよ?」
「……電源つけたら、喘ぎ声が聞こえても?」
「あえっ……!」
あけすけな言葉選びに、またも聡生の顔は熱くなる。ラブホテルの仕様なのだろうか、電源をつけホテルの紹介を閉じればすぐにアダルトビデオの紹介に移るという。チャンネルを変えれば、深夜だしとすぐに電源を消した。
「と、というか高校卒業、かな、してからまだ一年も経ってないだろうに、寛明くんはどうしてそんな詳しいんだ……!」
ラブホテルは風営法で未成年……高校生であれば年度が変わるまで18歳以下は入店すらできない。行きなれていると寛明自身言っていたが、一年で何回来ればこうも堂々と出来るのか、聡生には理解できなかった。
「先生と来てたから」
「せん、せい……?」
「そ。高校の時の先生。……最近、振られちゃったけど」
先ほどまでのひょうひょうとした態度からは一変し、寛明はソファーの上で膝を抱えるように座った。
「学生時代から付き合ってた」
「がっ……最近は、すごいな」
先生と生徒、という間柄の恋愛は本来禁止されているものだろう。時代の流れなのだろうかと、聡生は口元を抑える。
「俺の家に先生の私物もあったから、帰りたくなくて。多分今週末には片づけに来るんじゃないかな」
「一緒に住んでいたのかい」
「時々来るってだけ。……それに、俺の部屋でも先生とヤッてたし」
(最近の子は進んでいるというか……なんというか)
学生時代は手を出していないだろうなと、聡生は「先生」の倫理観を疑い始めた。恋をしていたのがどちらであれ、卒業するまでは清らかな関係であったのだろうと、今は信じることにした。
「そんな部屋で、一人で過ごしたくなかった」
最近別れたというならば、特に人肌も恋しくなるだろう。思い出が詰まる場所に、自分だけがいるというのは、身も心も冷え切りつらいと、想像に難くない。
「……確かに、家には帰りたくないよね」
同調されるとは思っていなかったのか、驚いたように寛明は小さく「え」と声を漏らした。
「別れた理由とか、聞かれるかと思った」
「そんな一晩会っただけの子に、あれそれと聞きたくはないよ。さぁ、シャワーを浴びて、湯船につかっておいで。外は寒かったろう?」
多少異質なものがあるとはいえ、ここはホテルだ。それなりに豪勢な部屋のつくりはしているが、普通のホテルの設備は供えられており、湯船につかれるのはありがたい。
聡生の言葉に寛明は少しの間を置いたが、やがて素直にうなずいた。
「……行ってきます」
寛明から初めての敬語が聞けたことに、今度は聡生が驚かされた。育ちが悪いわけではなさそうだ。
脱衣場へ向かう寛明は、背中越しに告げた。
「……先生って、男の、先生なんだ」
少し言いよどみながらも、足早に脱衣場の扉の向こうに寛明は消えていく。
「……え」
話を聞いている間、ずっと女性だと思っていた先生の素性を突然告白され、聡生の口の端は引きつった。特段そういった偏見を持ち合わせてはいないが、もしや寛明にあらぬ誤解を生んでいないかと、急に心配になった。
(彼が上がったら、ちゃんと言おう……!そういった目的じゃないと!)
人気がないことから、会社の人間にはラブホテルに入ったことはバレないはずだと、その考えが堂々巡りしていた。しかし、それは別としてとんでもないことになりかねないと、聡生は内心焦り始めていた。
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