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5.優しさと共に眠りにつく

 バスローブに着替え部屋に戻れば、戻ってきた寛明を見て安心したように微笑む聡生の顔が見えた。 「湯冷めしているわけではなさそうでよかったよ。コップに入れて冷ましておいてあるから。……ああ!その、ただの白湯だよ! お酒だとか、睡眠薬だとか、そんなものは一切ないから安心して!」  ずいぶんと焦って言い始めたものだから何事かと思い、ふと立ち止まる。 「もしかして、先生のこと言ったから?」  脱衣場に向かう前、仁井野の性別を告げたことを思い出した。寛明が聡生を呼び止めたのを、身体目当てだと思ったのだろうか。 「いや……確かに、先生が男性だったのは驚いたけれど。僕は君を騙そうとか、そんなつもりは無いよって、思っただけで……。ああ、眠くなったら寛明君はベッド使ってね。僕はソファーを使って寝るから」 「いや、別に俺は……」  まさか、聡生側が加害者になる憂いを抱いていたとは露とも考えていなかった。 (この人、だいぶ用心深い) 冤罪を恐れるのであれば、そもそもラブホテルに入ろうともしなかっただろう。少なくとも悪意のある人間には見えない。 「それじゃあ、おやすみ」  挨拶を言えば、聡生は速足で脱衣場へ向かった。ソファーの上には彼の荷物や上着が置かれており、人の荷物をどかそうとするのはさすがに躊躇われた。寛明をベッドで寝かせるため、わざと置いてあるのだろう。 (……どうしよう)  脱衣場からは、バタバタと服を脱ぎ洗い場のドアが開く音が聞こえた。寝るにはまだ早いと、寛明はテーブルに置かれたコップを手に取り、ベッドの端に座った。コップに口をつけ、少し口に含む。無味の白湯は程よい暖かさで、乾いた喉を潤し、胸を満たしていく。  寛明が風呂に入っている間、聡生は少しだけ部屋を散策していたと思われる様子が散見された。ベッドに上り、ライトの位置を確認したのだろう少しだけ皺ができている。また、六階の部屋を取ったため、カーテンを開け夜景を見ていたのも確認できた。入ってきてからも落ち着かない様子を見せていたが、やはり初めての場所で好奇心がうずいたようだ。 (でも……『そういう』欲はない、か)  枕元にある避妊具はそのままで触った様子もなく、戸棚にある自販機の品数も減っていない。湯を沸かし冷ましている間は、そわそわと寛明の戻りを待っていたのだろうか。  ポットとコップが置かれていたテーブルを見れば、軽食などのチラシが脇に置かれ、しまい忘れたのか蛍光ペンが乗っていた。おそらく聡生の私物だろう、仕事をしていたのかもしれない。 「……やっぱ、やめよ」  聡生が寝た後、黙って襲い掛かろうとしたのは寛明の方だ。体を重ね、自分を慰めてもらえればいいと思っただけだ。だからと言って金をだまし取ろうなど考えていない。 寂しさの埋め合わせにしてやろうと思っただけだ。  けれど聡生は一心に寛明を心配し、緊張しながらも気遣いまでかけてきた。初めは優しくしてくるも、油断した後に牙を向けることはあり得る。 (あの人は、そんな度胸も甲斐性も……よこしまな気持ちなんて、持ち合わせていない。まるで)  『先生とは真逆だ』と、よぎってしまった言葉を振り払うように、空になったコップをテーブルに置いた後ベッドに身を投げた。ふかふかのベッドを、寝具だけとして使うのは初めてで、風呂上りの体には眠気を誘うに十分だった。 (忘れたいのに。ひどい人だったなぁって、忘れなきゃ……)  頭の中ではぐるぐると渦巻くものの、自然と瞼が閉じていくのに、時間は要らなかった。  聡生が脱衣場から戻ってきたころには、寛明は規則正しい寝息を立て眠っていた。コップの中身が空になっていることに安堵し、そっと寛明の眠るベッドに近づく。まつ毛も長く、整った顔立ちにまだ幼さが残る寝顔を見て、ほほを緩ませる。 (大人っぽく見えるけど、まだ子供らしさもある子だ)  枕元のライトのスイッチをいじり、程よく暗くする。うっすらと点いている明かりは、豆電球くらいの光量だ。 (暗いと眠れないだけなんだけどね……)  寛明がまぶしく思わないかだけが心配だが、すでに夢の中なのだろうか特に起きる様子は見当たらない。 「……おやすみ、寛明くん」  ベッドから降り、ソファーへと戻れば、荷物を床に置き聡生は寝そべった。スマートフォンのアラームを消し、自身のコートを掛布団替わりにかければ十分だった。 (そういえばここ、クレジット決済できるかな……)  一抹の不安を抱えながら、聡生も目を閉じる。思えば仕事で色々と精神が摩耗していたはずだった。休めるときに休めと体が訴えてくるように、すぐに眠りについた。

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