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朝陽が次に目を開けた所は、病室のベッドの上だった。同時に、頭部を始めとした全身の痛みに襲われる。耐える様に眉間に皺に寄せて、頭を両側から押さえた。
「朝陽っ、良かった!」
「お、ろ……?」
ベッドの上に寝たままの状態でオロに泣きつかれ、正面から抱き寄せる。
「おい、トカゲ。朝陽の傷に響く。お前は大人しくしてろ」
将門に鷲掴みにされたオロが床に捨てられる。
朝陽は痛む頭を押さえながら上半身を起こした。落下時に打ちつけたのか、体の色んな箇所が痛んだ。見える所だけでも大きさの異なるアザがたくさんある。不愉快な程の痛みが、心臓の鼓動と共に頭に響いた。
「良かった、朝陽」
伸ばされたキュウの手を思わず弾いてしまい、気まずくて視線を逸らす。
「朝陽?」
「キュウ……、お前と晴明とニギハヤヒは、俺の体の中に十種神宝があるって知ってたのか?」
静かな口調で聞いた朝陽に、三人は目を瞠った。その反応だけで充分だった。
朝陽はソッと視線を伏せる。
「十種神宝? え、何で朝陽の体にあるの?」
オロが将門に投げつけられた際に打ちつけた額を摩りながら、皆の顔を見比べている。
「誰に聞いた?」
ニギハヤヒが端的に聞いた。
「俺を階段から突き落とした張本人だ。物部アマヤって名乗ってた。霊体のまま連れ去られて、ついさっきまでどっかの蔵の中に閉じ込められてた。そこにはオロを捕まえようとしていた男たちもいた。将門も知ってたのか?」
「お前の霊力の質が変わった時に、匂いが変わったんだ。その時に可能性の内の一つとしては考えていた。だが、確証はなかった」
「そうか」
何かが崩れていく音がしていた。
耳鳴りも酷くて、思考が纏まらない。
「俺の霊力の質が変わったのも、神造人になったのも、十種神宝が原因だと言われた。それは本当の事か?」
「八割以上を占める範囲で、大元の原因は儂と交わった事だ。十種神宝のせいではない。霊力の質が変わり、お前が神を産み落としたのは偶然の産物だった」
欲しかった答えの筈なのに、ニギハヤヒの言葉は朝陽の耳を素通りしていった。
吸収力の良い紙に何滴もインクを垂らしたように、朝陽の心の中から溢れ出た黒い気持ちを吸収していく。確実に汚染していくそれは、朝陽の心から消えはしなかった。
「俺に十種神宝を埋め込んだのは、どうしてだ?」
「それは……」
バツが悪そうに言葉を濁し、理由を言わないニギハヤヒを見て、己にだけ話せないのだという確信と絶望に変わっていく。
「俺には、言えない……か」
ボソリ、と呟く。
『朝陽には教えるな』
子どもじみた虐めの内の一つには朝陽にだけ知らされない事項がたくさんあった。
正直子どもの頃はさして気にもしていなくて、何もかも無かったように過ごせていた。どうでも良かったから。
今だってあの頃と何も変わらない……変わらない筈だ。これまでの生活を送りたい気持ちが強いのも本当の気持ちだったけれど、無理だった。
番である彼らには心を側に置き過ぎた。
背を預けて、受け入れて、近づきすぎた。
——頭と胸が痛い。
心が、体が、全てを拒絶している。自分でも止めようがなかった。
「何がしたかったのか知らないけど……もうお前らと一緒に居たくない。俺にはもうこれ以上関わらないでくれ」
「ちょっと待て朝陽、お前何か勘違いしているぞ」
「何がしたかったのか知らないけど……もうお前らと一緒に居たくない。これから先、俺にはこれ以上関わらないでくれ」
「ちょっと待て朝陽、お前何か勘違いしているぞ」
「してねえよ! 何も違わない! 俺にだけ言えないって事はそういう事だろ! 俺を信用してもいない奴らの事なんて信用したくない!」
一気にそこまで言い切ってから、朝陽はまた口を開いた。
「それに……神造人としての役目はもう果たしているから俺に用はないだろ。分身体がいる今となってはお前らはもう自由だ。何処にでも行ける。俺との番契約は解消してくれていいし、好きにすればいい」
激昂したような物言いの後、朝陽の口調が淡々としたものに変わった。
言葉を紡いだ朝陽の表情は凪いでいて、そこからは感情も何も窺えない。
「朝陽……?」
困惑しだしたオロがニギハヤヒと朝陽の間を行ったり来たりする。
「え? 朝陽……ニギハヤヒ。え、何で? 何で一緒に居られないの?」
オロの大きな目からぼたぼたと涙がこぼれ落ちていった。
「ねえ、朝陽、ニギハヤヒ。ボク嫌だよ、朝陽とお別れするの嫌だ! 皆んなと居られなくなるの嫌だ!」
「悪い、オロ。もうお前とも会わない。約束……守れなくてごめん。十種神宝は取り出し方法が分かり次第、じいさんに聞いてニギハヤヒの神社に持っていく。俺には必要のない宝だ。それでもう終わりだ」
「朝陽、ダメだ。神宝は体内から抜くな!」
「どうしてだ?」
正面から真っ直ぐにニギハヤヒを見据える。
それは朝陽からの最後の質問だった。
「……ッ!」
またダンマリを貫き通すニギハヤヒを見て、フッと表情を崩す。
「今まで楽しかった。けれど、ごめん。もうサヨナラだ」
「朝陽!」
朝陽の体から、白い光が生まれ始め、全体を覆っていく。
目が慣れてきた頃に五人が目を開くと、病院からだいぶ離れた場所まで飛ばされていた。
それだけ朝陽からの拒絶反応が大きかったんだと知り、番たちは誰も口を開けなかった。
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