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*  朝陽の病室に入れ違いで入ってきたのは博嗣だった。 「やれやれ、お前が階段から落ちて大怪我をしたと言われたから急いで駆けつけたというに、まさか孫の痴話喧嘩を見せられるとはのう」  聞こえてきた声に、首ごと傾けていた視線を上げる。朝陽を見て、博嗣は呆れたようにため息をついた。 「馬鹿者。そんな顔をして泣くくらいなら初めっから許してやれば良かっただろう?」  引き寄せられて頭を抱え込まれ、その後で髪をすかれる。体を離した博嗣に向けて、朝陽は口を開いた。 「誰も、許せる気が……しねーんだわ。何で俺って……こんなんなんだろな。バカ……みたいだ」  普段とは違う気弱な声が本音を紡ぐ。過去の記憶が朝陽を臆病にさせていた。 「アヤツらが許せんのなら、代わりに他人を許してやれん自分を許してやれ。朝陽お前には必要な事じゃ。自分に厳しすぎる。傷付くだけならまだしも、何でお前が悪い事をしたような顔をしておる? まあ、押し入れの中でコッソリ泣いとった頃より、人前で堂々と泣けるようになった今の方が随分とマシだがな」 「知ってたの、かよ」  筒抜けだったのは恥ずかしいが、言わずにいてくれた優しさは嬉しかった。  当時に言われていたら、逃げ場が無くなってきっと途方に暮れていた。 「じじいを侮るでないぞ」  フッと表情を崩して笑った博嗣の言葉に、朝陽もはにかんで見せる。 「さて、お前はそろそろ寝ろ。二日間は検査入院だそうじゃ。諸々の手続きもワシがしておく」 「ありがとう……。そうだ、じいさん。俺最近一軒家に引越したんだよ」  住所を紙に書いて、通勤バッグの中を漁って鍵と一緒にクレジットカードも手渡す。 「会計は全てカードでしていいから。後、和室が一階にあるからそこを使ってくれ。押し入れの中にじいさん用に買った布団も入れてる」 「ワシ用って……朝陽お前はまだ友達も作らんようにしとるのか?」 「俺にはじいさんが居る。それだけでいい」 「ワシが居なくなったらどうする気じゃ。お前ワシを成仏させん気か。本当に頑固な孫じゃ。一体誰に似たんだろか」 「じいさんに決まってるだろ。それに、じいさんが化けて出てきたら俺が祓ってやるから安心していいぞ」 「何と罰当たりな孫じゃ」  ブツブツ文句を言いながら博嗣は病室を出て行く。自分の周りに小規模な結界を張って、朝陽は目を閉じた。  ◇◇◇  博嗣が朝陽の新居についたのは、もう日付けが変わろうとしている時間帯だった。  リビングに入って電気をつけた瞬間、博嗣はビクリと身を竦ませる。屍と化した朝陽の番たちが、ダイニングからリビングにかけて、そこかしこに倒れていたからだ。 「朝陽ぃ~」 「喋るな、トカゲ」  将門のツッコミを入れる声にさえ覇気がない。 「何をしとるんじゃ、お主ら」 「朝陽に嫌われちゃった……」  呆れたような博嗣の問いに、キュウが口を開く。床には『朝陽』とダイイングメッセージのような文字が霊糸で書かれていた。 「初めっから秘密にせずに答えておれば良かっただろう。何をそこまで頑なに隠しておるのじゃ? お主らが居なくなってアレは泣いておったぞ」  その言葉に全員の体が大きく震える。 「朝陽、泣いてた……っ、やだ、ボクも泣く。うわーん」  またボタボタと涙を溢し始めたオロを足蹴にしながら将門が言った。 「だから、うるっせえよ、トカゲ! 朝陽が泣く必要が何処にある?」  拒絶されたのは、ここにいる五人だ。  五人が泣く事はあっても、朝陽には泣く理由がない。 「ワシが聞きたいくらいじゃ。それにアイツは自分の事にはかなり不器用でな。そんな自分を隠す事ばかり上手くなりおって、本音は滅多に吐かんとくる。今回の事に関しては、これまでみたく流せんらしいわ。アレが人前であんな風に泣くのは初めてなんじゃないかの……いや、二回目か」  ハァッ、と博嗣がため息を溢す。 「朝陽は昔っから霊と接するのが当たり前の日常じゃった。だが、周りの連中らは視えん。いつも周りからは嘘つき呼ばわりされていてな。人間には爪弾き者にされておった。それでも友達が出来たと嬉しそうにしていた時が二度あるんじゃ。小学校に入る前後くらいが一番楽しそうだったな」 「それって……」  キュウが顔を上げて博嗣を見た。 「その友人の名前は聞いた事がなかった。今思えばそれは九尾の狐、お前の事だったのだろうな。村の子どもたちにそんな奴はいない嘘をつくなと言われて、初めて朝陽が泣きながら食って掛かって大喧嘩になってのう。あいつは帰ってからも押し入れの中に入ってずっと泣いておったわ。二度目は高校生の頃だが、三日も持たずに暗い顔をするようになったから、きっとまた爪弾きにされたんじゃろう」 「とりあえずそいつらは全員殺してきたらいいのか?」  将門が真剣な表情で問いかける。 「違います。お願いします。そういう話ではありません。それだけはご勘弁を」  見惚れるくらいの土下座だった。 「アイツはずっと嘘つきと言われ続けて爪弾きにされておったから、嘘をつく事やつかれる事、爪弾きにされる事に人一番敏感なんじゃよ。だから、今回の件も嘘をつかれて自分だけ爪弾きにされたと思っておるのかもしれん。幼稚な事だと自分でも分かっておるのだろう。分かっておっても中々自分を曲げられずに葛藤しておる。変なとこで頑固でな。お主らには些細な事でも朝陽にとってはそうじゃないんじゃ。朝陽がした事、どうか許してやって欲しい」  博嗣はまた深々と頭を下げる。 「許すも何も、朝陽は悪くない。頑なに己の意思を尊重してしまったこっちに非がある」  ニギハヤヒが静かに口を開いた。 「それで何があったんじゃ?」 「そうだな。隠す事で裏目に出てしまったから、もう隠すのはやめよう。じいさん、あんたにも関係のある話だからな」  ニギハヤヒはそう言って、一度言葉を切ってから続きを話した。 「朝陽は後二週間もせんうちに死ぬ。朝陽と番契約を結んだ時にそれが分かって、儂は朝陽を失うのが嫌で、朝陽の中に十種神宝を移した。死返玉があれば朝陽は甦れる。あれは死を司る玉だ。死返玉を安定させる為に他の神宝も同時に移した。儂は故意的に朝陽にもコイツらにもそれを説明しなかった。死期など知らない方が良いものとばかり思っておったんだ。だが、それが逆に朝陽を傷つける事になってしまった」 「なんと……っ。それは決定しておる未来なのか?」  博嗣の言葉にニギハヤヒが頷く。 「今回、朝陽を階段から突き落としたのは物部氏……苗字からして儂の子孫だ。朝陽から証言も取れている。今日の事は九尾の狐も白昼夢で視ていた。恐らく、この後に待ち受けている朝陽の死に関わってくるのも儂の子孫だろう。だが、奴らの目的は朝陽本人ではない。儂を祟り神として復活させる事だろうと睨んでいる。今の儂は表面部分に過ぎん。朝陽の胎内にある十種神宝を用いて、祟り神と言われていた裏面のアヤツを復活させる気なんだろうな。大昔に実際三分の一は海に沈めている。後、朝陽を殺す事でここにいるメンバー全員を祟り神として堕とす事が出来れば万々歳て所か。番とのつながりはそれだけ深い。ここ最近頻繁に神社や結界が壊されているのも関係しているのだろう。護る力が低下し、儂らの霊力の安定化を担う華守人である朝陽もおらん状態で、此処におる連中らが暴走すれば間違いなくこの国は海に沈む。だからこそ朝陽は儂らを堕とす起爆剤《いけにえ》にされる」  博嗣は絶句していた。

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