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第15話

見てもらいたい原稿があった事を思い出し、2人でタクシーに乗る。 「なぁ。桔梗。そろそろ引っ越せば?」 「え、なんで。」 「いやぁ、だってお前一応売れっ子じゃん。」 皐月がそういうのにも納得出来る。 今住んでいるアパートは、結構築年数も経っており、売れっ子小説家が住んでいそうには無い。 「めんどいし。ここ好きだし。」 「まぁ、お前が良いんなら別にいいんだけどさ。」 そう言いながら、皐月は本棚を眺めている。 「あれ、お前あれは?」 「なにあれって。」 「悪女」 正式名称、「悪女の深情け」とは、この前百合斗くんに貸した小説だ。 「あー、貸した。」 「え、お前が?」 この皐月の反応も無理はないだろう。 なんてったって、俺は人に自分のものを貸すことがあまり好きでは無いからだ。 「ふーん、珍し」 そう口角を上げ、不敵な笑みを浮かべながら皐月が見てくる。 何も言わず、皐月のことを睨みつけると、小さい子を宥めるように、声を出して笑う。 「これ持って早く帰れ。」 「冷たいの~桔梗ちゃんは。」 態とらしく頬を膨らませ、不貞腐れたフリをしている皐月を半ば無理やり玄関の外に押し出す。 「あ、そういえばさ。」 「なに、まだなんかあんの?」 「そういじけんなって。仕事の話。お前、サイン会やることになったから。」 「は?なにそれ、聞いてないけど。」 「まぁ言ってないから。」 「読者と対面?」 「そ。」 「却下で。」 思わぬとこから、話を振られ、頭が混乱する。 俺が、この家から出ずとも仕事が出来る小説家になったのは、過去に縁があった事もあるが、他にも対人トラブルがあったせいなのだ。 「俺も反対したんだけどさ。上がねぇ。」 「ガチで無理。」 「まぁ、まだ先の話だから、頭の片隅に入れといて。」 サイン会を想像するだけで、頭が痛くなりそうだ。 じゃっ、と言って帰ろうとした皐月が誰かに軽く会釈をする。 会釈した方を見ると、そこには百合斗くんがいた。 なんだか、久しぶりに彼の顔を見た気がして自然と頬が緩む。 「おかえり。」 「たっ.........!!!!!」 .........................................え?なに? おかえりと声をかけたら、思い切り、顔を背けられた挙句、勢いよく部屋に入っていく百合斗くん。 そんな百合斗くんに皐月も驚いた顔をして、俺の方を見る。 「お前、何したの。あの子、めっちゃ逃げてったけど。」 「いや、え、なんだろ。」 本当に心当たりが無さすぎて逆に不安が襲う。

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