4 / 12

第3話

  僕の部屋から着替えを持って戻って来た先生を無視して、冷蔵庫から出して置いた麦茶をコップに注いで飲んでいたら、 「食べたんなら、顔洗っておいで」 彼の方からそう言う。さっきと違ってご機嫌だなと彼の方に視線を向けたら、「俺が着替えさせて上げるからね」とウインクされた。「何?今のセリフ?」と僕は聞かなかった事にしたいが、その拒否権はないみたいだ。笑顔が能面みたいで怖い。 僕は「解った」と素直に答えて立ち上がる。彼の言葉に素直に従うのは、その手にあるシャツを見たくなかったから。あんなシャツあったのか?と疑いたくなるくらい襟ぐりが深い。こっそりと忍ばせて置いても、絶対に着ないだろうと言うそのシャツは色気が駄々漏れだった。 なんちゅう趣味と僕はメイ一杯の反抗を詰め込んで、白い目で彼を見た。彼はどうしたの?と言う役者顔負けの白々しい惚け演技で、僕を眺め見た。「この狸爺がぁ!!」と拳を握ってリキリキと奥歯を鳴らし、だが、僕は「何でもないよ」と言う蔓延な笑みを溢して洗面所に向かった。現役役者嘗めんな! 彼はそんな僕を見て、笑っていた。そんなに彼に振り廻される僕は愉しいモノなのかねと、僕は項垂れる。 ホント、彼との会話は気疲れする。彼の言葉は全て重たいし、鬱陶しいから。 僕は廊下を歩きながら、 「……何で、父さん、先生と仲いんだろう?」 疲れないかな?とそう呟いて、目的の洗面所で用意された歯ブラシで歯を磨く。その脇にはもう準備されてあるタオル。着替えも何もかも彼は準備したがるし、手伝いたがる。彼の中の恋人はこう言うのを好むんだろうかと、口の中を水で濯いで顔を洗った。準備されたタオルで顔を拭き、さて、着せ替え人形の様に着せ替えられようじゃないかとキッチンヘと戻った。 戻ると、テーブルの上もシンクの中も綺麗に片付けられていた。コレじゃ、両親と暮らしていた時と同じじゃないかと苦笑いをする。否、ソレ以上に酷いか…。 至れり尽くせりの環境に、母親が言った言葉の意味を身を持って知る事になった僕の口から大きな溜め息が漏れた。 「ん?どうかした?」 僕の溜め息に気が付いた先生が、そう僕に聞いて来る。僕は自分の胸に聞いた方が早いんじゃないと言う顔でバンザーイをし、確信犯だよねと彼の顔を見れば、彼はとても満足した顔をしていた。そして、諸手を上げた儘の僕の姿を見る彼の笑顔は、恐ろしいくらい綺麗だった。 不覚にもドキッとさせる彼の真顔に、僕の心は揺るがない。僕は、彼よりも綺麗な顔を知っているから。 彼の大きな手が掛かった服のボタンを一つ一つ丁寧に外して行く。イヤらしい手付きだなと思いながら、コレって恋人や好きな人なら、ドキドキする行為なんだろうなとぼんやりとした顔で彼を見る。何?と首を小さく傾げる彼の姿を見ても、恋心処か、憂鬱さだけが積もる一方だった。はあぁと息を吐き、早く終わらないかなと僕は壁に掛かった時計をチラリと見た。 その間、彼の手が滑る様に僕のはだける肌の上を駆けて、脱がされるシャツの生地が後から追い掛けて来た。さっと駆け抜けるそよ風の様なあっと言う間の出来事なのに、他人の熱を感じた僕の肌は紅濁した楓の様に色済んでいた。 こう言うのは律儀に反応するんだと、余所事の様に構えていたら、 「ふふっ、サクラは敏感肌だね♪」 そう言う彼の声にギョッとする。さわさわと肌に触れる手が気持ち悪い。「ちょ、何を言ってんの?」と彼を見れば、彼の視線はもうソコにはなかった。ハッとして、挙げていた手を下ろそうとするが、腕に通される新な生地に腕がまご付く。 慌てれば慌てるだけ腕がまご付いて、気が付けば、チクッと刺す様な痛みが首筋と鎖骨に一つずつ走った。クソ、やられたと舌打ちしてももう遅い。自身の浅はかさに、腹が立つ。 はたりと動きを止める僕に彼は「痛かった?ゴメンね」と言って、そんな僕を慰める様に熱い舌を痛みが走った場所に這わした。でろでろと丁寧に嘗め上げられる彼の舌にくっと目を瞑ったら、その目蓋の上にちゅーとバード・キスが落とされる。くっと大きく身体が反応する。こう言う素直な身体が恨めしい。 同時に、あっ!もう!どうして!と同じ過ちを犯す僕は、悔しくって涙が出た。すると、漸く腕にシャツの袖が通って、頭にシャツの襟ぐりが通される。溢れ落ちそうな涙を必死に我慢する様に、僕が下ろされたシャツの裾をぎゅっと掴んでいたら、 「ほら、送って行って上げるから、そんな顔はしないの」 そう優しく彼に言われた。だが、元々この元凶は彼にある。そうは思っていても、僕はソレを口には出さなかった。気を許した僕が悪いと解っていたから。 終始笑顔の彼は、僕のハーフパンツを脱がしてボトムスに穿き替えさせていた。  

ともだちにシェアしよう!