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第5話
監督のフレンチ・キスは誰のフレンチ・キスよりも好き。甘くて蕩けるから。そう、彼の温もりは僕に取って一種の麻薬みたいなモノであるから、尚更かもしれない。
「どうして、欲しい?」
キスの合間にそう聞いて来る彼は、卑怯だ。考えなしに動くと痛い目に合う。そうだと解っているのに、彼の温もりにほだされている僕は何の躊躇もなく、彼の胸に飛び込んでいた。
そんな僕にご褒美だとばかりに彼の舌先で上顎をなぜられると、びくりと腰が浮いた。その先の行為が待ち遠しく、僕から彼にアプローチを掛ける様に彼の上に覆い被さる。
「……ん、…舌、…吸って……」
自ら舌を突き出し、僕はそう彼に強張てみるも彼の計算。みっともないとか、淫靡だとか思うかもしれないが、もう理性だけでは止められなかった。ココが人目が付く場所で、こう言う行為をする場所じゃないと解っていてももう止められない。
後悔と惨めな思いだけが募る一方なのに、どうしても彼の温もりを諦め切れなかった。彼が恋しくって、触れたくって仕方がない。不摂生で破廉恥。頭よりも先に心が動く。どうしてと言う言葉ばかりが僕の隣を通り過ぎ、彼が「もしも」と言う甘い妄想と甘い言葉ばかりが僕の脳裏を支配して行く。ソレが、尚、僕を惨めに晒し僕を駄目にすると解っていても、僕はどうする事も出来なかった。彼を好きだと言う感情ばかりが止めどなく大きく育ち、彼に恋をしてはいけないと思う程、僕は彼の全てに手足を掴まれて身動きが取れなくなっていた。ソレは、蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶の様に、もがけばもがく程絡み付く糸の様に、彼は確実に僕の心を絡め取っていた。
うっとりとした顔で彼の顔を見ると、子供っぽい眼差しから大人の眼差しに変わっていた。彼のこの眼差しがとても好きだ。僕にしか見せない特別な顔。ほんわかで、蕩けてもうどうにかなりそうだった。
「じゃ、どうすれば良かったんだっけ?」
差し出した舌をペロッと嘗める彼は意地悪そうにそう聞いて来る。焦れったい彼の煽りは、僕の残っていた理性を一気に堕落させた。
「…るい…、しゅって、ちゅーって、ね、……おねがい、る…い…」
ちゃんとんーとしてと僕は彼の下の名を口にしながら、そう言う。そんな僕の舌は、彼の舌に絡み付いていた。触れている場所が熱い。焼けそうだとジリジリする感覚に、もう呂律も上手く廻らない。だが、彼は合格と言う様にちゅーと僕の舌をキツく吸ってくれた。
気持ちイイ。堪らないと僕は彼の首や頭に腕を絡ませ、深く彼の口の中に舌を差し込む。例え呼吸が出来なくって苦しくっても、例え彼に触れられる場所が焼き付き爛れようとも、僕には甘くて甘くて仕方がなかった。
彼の全てが欲しいと僕の心が彼に焦がれ、身体も頭もおかしくなっていた。この儘、全てを放り出して彼に堕ちてしまえたらどんなに楽なのかと思うくらいに。
ピルルルとボトムスにしまってあったスマホが鳴る。タイムオーバーだと言わんばかりに、僕を夢から現実世界に引き戻すソレは、嫉妬深い先生からの贈り物だ。液晶画面に映る光城一と言う名前を見て、僕は赤色のマークを緑色のマークに移動させようとする。「サクラ?何してんの?君の目の前にいるのは、誰?」と監督に言われたら、僕は「るい」と彼の名を口にするしかない。手にしたスマホすら、彼の手に差し出すくらいに、僕はもう彼しか目に入っていなかった。早く僕を掬ってと、彼の腕の中に心を投げ出す。
彼は「ん、イイ子」そう言って、僕のスマホの電源を切った。ソレは、先生とその彼に従順な従者との繋がりを絶つモノではなく、この世の全てから遮断するモノだった。
「サクラ、口を開けて」
そう言う監督の言葉通りに僕は大きく口を開けた。ぐちゅりと入って来る彼の舌に、僕はフレンチ・キスだけじゃ物足りないと着ていたシャツを脱ぎ出していた。
だが、彼は慌てた様に僕の手を掴む。その気がなかったの?と僕が彼を見たら、彼は少し僕の身体を浮かせると、「ゴメン、ちょっとだけ我慢して」と僕を担ぎ上げた。
そして、「場所、移動させるから」とそう言うと、僕の耳許では、「コレ以上、淫らなサクラを見せたくない」と愉快そうに喉を鳴らしてそう言うのだ。はあはは、何言っての?と言う様なセリフなのに、僕はソレで完全に堕ちてしまった。彼の家まで待てない、そう言って、
「…や、…るい…」
そう首を横に振る僕は大泣きした。ココでするのと馬鹿な事まで言い出す始末。幼くって惨めだと思っても、ソレが僕だから仕方がない。どんなに大人振っても、どんなに背伸びをしても彼にも先生にも両親にも敵わない。
だが、余裕がないのはお互い様だと、さっきの店員に「二階の個室、使わせて貰うよ」と一言声を掛けて監督は暴れる僕を横抱きにし、二階の個室に移動する。
移動する間、彼は駄々を捏ねる僕を安心させる様にバード・キスを沢山してくれた。彼のこう言う余裕振った態度を少しは見習わないといけないとは思うが、競り上げるどうしようもない癇癪を押し殺すのに手が一杯一杯だった。
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