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第8話

  ──────────── ─────── ──── 「ハーイ、カット!!」 ベットの上でイケメン俳優である七瀬さんに組み敷かれていたら、そう声が掛かる。寸止めのキスシーンだとしても、胸がそわそわする。 監督の視線が痛かったと言うよりも、その後ろに立っている先生の視線の方が痛かった。 「嵯峨くん、大丈夫?」 そう言って、向けられる七瀬さんの視線に僕は苦笑いをする。彼は、監督と先生の仲を知っているのだ。犬猿の仲とまで言わないが、反りが合わないって事を。 「幼馴染みってああゆうモノなんですか?」 僕は先生の後ろにいる彼の忠犬でココのスタッフである光城さんの顔を見て、七瀬さんにそう聞く。彼はう~んと困った顔をして、「どうかな?」と首を傾げた。彼と光城さんも高校からの腐れ縁だから良い判断材料になりそうであったが、思いっきり答えを渋られてしまった。確かに本人らを目の前にして、「そうだよ」とは言えないだろう。 七瀬さんは僕をベットから起こすと、次のシーンの確認とばかりに僕に抱き付き、 「ま、昨日、あの二人と何かあったの?とまでは聞かないけど、仕事に支障が出るような事まではしない方がイイよ」 そう言って、僕を抱き抱える。横抱きにされた僕は慌てて彼の首にしがみ付くが、 「ちょ、七瀬くん。ソレ、俺のなんですが?サクラちゃんもそう引っ付かない!!」 そう叫びながら、監督が慌ててメガホンを投げ捨てて僕を奪うから、僕はバランスを崩して床に顔面衝突しそうになる。寸前で、先生が僕を庇って受け止めてくれたから、大事には至らなかったが、七瀬さんが相当呆れていた事は確かである。 僕を受け止めてくれた先生は蛙が潰れた様な声を上げていたが、「怪我はないかい?」と動けない僕を床に座らせた。 「もう!何で、あっくんがそう格好よくキャッチするかな?俺の出番ないじゃん!」 そう頬を膨らませて、「サクラちゃん、仕事以外でこう言うのなしだよ?」解ると、何故か僕の方が被害者なのに監督に叱られてしまう。だが、彼に俺のモノ扱いされるのは凄く気分がよかった。 上機嫌で彼の愚痴を聞いていたら、先生の眉がココぞとばかりに深くなった。完全にコレは怒っているなと思ったが、僕は彼の言葉はうざったいから耳を塞いだ。 「類?誰がお前にやると言った?サクラはお前のモノじゃない」 そう言っていても、僕の思考には届かない。監督に、 「じゃ、抱っこ」 そう言うと、何故か、彼を遮って先生が僕を担ぎ上げた。違う違うとじたばたしても、今朝の行為で足腰が言う事を利かない。助けてと監督の腕に掴まろうとしたら、光城さんに綺麗に払い除けられてしまった。 「監督、七瀬さん、このシーンの小物の配置なんですが」 台本を開けてそう言われたら、誰も彼を責められない。足腰が立たない僕の為に配置が変わるから、尚更だ。 「サクラ、先に待機しとこうか?」 先生にそう言われて、ムッとなったが、歩けない僕は彼の成すが儘だ。誰のせいだよと、今朝方、帰宅した僕を抱き潰した張本人に睨みを利かせても、悪循環だと悟る。僕は「ハァ~アア~ぁ」と大きく息を吐き出し、彼の首にしがみ付いた。振り落とされはしないが、彼の腰への負担は軽減されるからそうする。ココでぎっくり腰になって貰ったら、僕が困るから。 小道具のソファーに下ろされ、先生は「水を持って来るから」と僕から離れる。二人きりだったら、コレは確実に強姦されていただろうなと思いながら、彼の背中を見送った。外面だけがイイのは、この数ヶ月の間で解った。あのブスくれた顔は僕だけにしか見せないから、監督の特別な顔と同じ様なモノと察するが、僕に取ってソレは大迷惑な話である。世知辛いなと苦笑いをし、今直ぐにでもこの空間が監督と二人だけの世界にならないかなと彼の方に視線を向けたら、その隣にいた七瀬さんと目が合って軽く手を振られた。多分、さっきはごめんねと言うモノだろう。僕も、小さく振り返した。 流石、七瀬さん。気遣いがイケメン過ぎる。超人気の爽やか俳優の座は、伊達じゃないなと僕はしみじみと頷いた。とは言え、彼の売りが爽やかさだから爽やかでないと困るんだが。ソレにしても、よく事務所が僕との仕事を許してくれているよなと、BL関係の仕事を快く引き受ける彼のマネージャーである早坂誠さんの方を見たら、その隣に僕のよく見知った人が立っていた。 「えっ?えっちゃん?」 何で、ココにいるの?とえっちゃんと早坂さんをガン見してたら、 「ああ、悦人くん、トーナメント勝ち抜いたらしいよ」 そう水を持って来た先生が答えた。 「勝ち抜いたって、えっちゃんこの前ボロ負けだったじゃん?」 「ソレは、竜王戦。今回のは、新人戦」 あの歳で新人賞を取るなんて凄いよなと彼が珍しく、他人を誉めていた。もしかして、えっちゃんの事気に入ってんのかな?と、珍奇な光景を見るように僕は彼と先生を交互に見た。 「ね、先生、僕もえっちゃんにお祝いを言いたいんだけど?」 そう先生を見たら、彼はペットボトルの蓋を開けながら、 「ダメ」 と、一言だけそう言う。何で?と彼の顔を睨めば彼はこう言う。 「その足腰が立たない姿を彼に見せる気?」 と。確かに、この格好は頂けない。新人賞の若き獅子に、変な虫がくっ付いていると言う噂が立てば、えっちゃんに申し開きが出来ない。後でLINEでも送れば良いんじゃないと言う先生の言葉は正しかった。   

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