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第1話 白瀬

まず初めに、自分の名前より彼の名前を探してしまう。「何組だろう?」と。 それは四年前から毎年のことだ。 教室の扉までの短い距離を肩を並べて歩く。 隣を歩くのはいつ振りだろう。 別に、わざと避けていたわけじゃない。少なくとも俺は。 「おい!白瀬!」 教室を出たところで同じテニス部の三浦に話しかけられた。 「もうミーティングの時間始まるぞ!急げよ!」 三浦は急かすように手招きをしてくる。 「あぁ〜ごめん、三浦。俺今から藤堂さんとこ行かなくちゃ」 「はぁ⁉︎何お前またなんかやらかしたんか?」 体育科の藤堂先生は生活指導担当の先生でもある。藤堂先生に呼び出される=何か問題を起こしたと思われるのだ。 「ちげーよ。俺体育祭委員になったんだわ。そんでなんかプリント取りに来いってさ」 「プリント?明日じゃダメなわけ?先輩達部活勧誘会で俺達に踊れって言ってんだよ⁉︎先輩達に意見言えんの白瀬だけじゃん」 「そんな頼られても困るっつーの。とりあえずお前らでなんとかしててよ」 白瀬は笑って三浦の背中をバシッと叩く。 その様子を隣で見ていた世南が「あのさ!」と口を開いた。 「プリント、俺取りに行っとくよ。今日はそれだけだろうしさ。明日白瀬に渡すから部活行きなよ!」 「え・・」 白瀬は世南の瞳を見つめる。 「おお!そうしてもらえよ!ありがとな!えぇっと・・何君?」 「藤野。同じC組の体育祭委員」 「藤野君ね!サンキュー!よし白瀬!行くぞ!」 三浦は世南にお礼を言うと白瀬の腕をグイグイと引っ張って行く。 「ちょっ、待って!」 白瀬はグッと足の力を入れて堪えると世南を見て言った。 「藤野!何かあったら連絡して!俺は、連絡先消してないから」 そう言われて世南の瞳が揺れる。 「じゃ、また明日な!」 白瀬はそう言うと踵を返して三浦と一緒に駆け出した。 そう、連絡先は消してない。 向こうがどうかは知らないけれど。 「藤野君って、白瀬もともと友達?」 グラウンドの隅にある部室に向かって並走している途中で三浦が聞いてきた。 「なんで?」 「知り合いぽかったじゃん。連絡先知ってんでしょ?でも話してるの初めて見たなって」 「・・同じ中学だったんだよ」 白瀬はそれだけ言って走り続けた。 この高校で同じ中学出身者は少ない。 ほとんどが市街地の高校へ進学するからだ。 そちらの方が選択肢も多い。帰りだって遊ぶ場所はたくさんある。 地元の駅から二駅目の山の中にあるこの小さな高校を選ぶメリットは近いという事くらいだろう。 それでも白瀬はここにした。理由は一つだけ。 ーやり直せないだろうかー その期待を捨てることができなかったからだ。 「遅いよ白瀬!」 部室の扉を開けた途端、少し高めの声で怒られた。 マネージャーの木崎美鶴だ。 「ごめん、ごめん!俺体育祭委員になったから用事あったんだよ」 白瀬は気怠そうに頭をかきながらヘラっと笑って言う。 「体育祭委員の用事?」 「藤堂先生のところに行くはずだったんだけど、代わりに藤野君に行ってもらったんだよな」 白瀬が話す前に横から三浦が答える。 「他の子に仕事押し付けるなんてサイテーじゃん!本当、白瀬は許してくれると思ってみんなに甘えすぎ!」 美鶴がプンと頬を膨らまして言った。 「みつるちゃん、すぐ白瀬に突っかかってくるよなぁ。ヨリ戻したいんじゃね?」 三浦は美鶴に聞こえないようにコソコソと耳元で話しかけた。 「今はよき理解者ですよ」 白瀬はハハっと笑いながら応える。 美鶴とは去年三ヶ月ほど付き合った。夏休みに部員仲間と行った夏祭りでいい雰囲気になりそのまま付き合うことになったのだ。それなりにデートをしてまぁまぁうまくやっていると思っていた。 しかし秋の初めに「白瀬といてもつまんない」と言われてフラれた。 後日、美鶴の友人から聞いたのだが、ちょうどその頃他校の男子生徒に告白されたらしい。天秤にかけられた結果、こちらが選ばれなかったのだろう。しかしその新しい彼氏とももう別れたとの噂を聞いた。 それから美鶴はフったことなどなかったかのように接してくる。元恋人として白瀬のことをよくわかっているとでも言わんばかりだ。 ただ楽しいだけの恋人ごっこが一番だよなぁ・・と白瀬は小さくため息をつきながら思った。 それから二時間ほどで部活勧誘会の出し物についての会議は終わった。最初に三年生が提案していた「ダンス」は白瀬の「絶対イヤっす!」の一言で無事却下された。 今日は全く運動が出来なかったので体が少し硬い。 そんことを考えながら家路に着く。 暗くなった道を歩きながら何回もスマホに目をやるが『彼』からの連絡はなかった。 高校の最寄り駅から二駅目で降り、そこから2分ほど歩くと「しらせ薬局」の看板が見える。白瀬の家は両親二人ともが薬剤師で、一階で薬局を営み、上が住居になっている。 駅に近く、この辺りの住民がよく利用してくれるので経営は安泰だ。 「ただいまぁ」 そう言って外階段から直接二階の玄関まで上がり扉を開けた。 「おかえり」と母の声が奥から聞こえる。 まだ一階の薬局は営業時間なので父親が店番をしているのだろう。 白瀬は母の顔は見ずそのまま自分の部屋へ入るとベッドにリュックを雑に投げ捨てた。リュックがガンと壁にあたる。 隣の部屋は五つ離れた兄の部屋だ。しかし今は東京の大学に通っていてこの家にはいない。両親と同じ薬学科なので将来はこの家を継ぐつもりでいるのだろう。 そのため弟の自分は気楽なものだ。来年には受験生になるが、どこにいくかなどまだ全く考えてはいない。 とりあえず毎日、なんとなく楽しく過ごせていればいい。 白瀬は部屋着のスウェットに着替えると、ゴロンとベッドに横になった。 そして再びスマホに目を向ける。 気がつけばメッセージの通知が溜まっていた。しかしそのほとんどは仲の良い部活仲間で作ったグループからの今日の会議についての愚痴だった。 それらを指でスクロールしながら流し見る。 しかし文字を目で追いながらも、頭の中は違うことことで占められていた。 明るい笑顔。けれどどこか遠慮がちな瞳。 初めて見た時から変わってはいない。 「久しぶりに、喋ったな・・」 白瀬はボソリと独り言を呟いた。 「ご飯よ!!」 母の声がしたので白瀬はダイニングへ向かった。夕飯が湯気を立てて並べられている。 それから母と二人、ダイニングテーブルにつき食事を始めると何かを思い出したかのように母が口を開いた。 「あ、そうそう。今日双子ちゃん見たのよ」 「え?」 白瀬の箸がピタリと止まる。 「保育園の帰りかしら。お母さんと歩いてたけど、大きくなったわねぇ」 「・・ふーん」 「懐かしいわねぇ。お兄ちゃんがオムツ買いに来てた頃が。康成と同い年とは思えないくらいしっかりしてたものね」 「・・・」 「康成、同じ高校なのよね?また何か迷惑かけたりしたらダメよ」 「もうしないよ。付き合うグループも違うからあんまり関わらないし」 「そう?ならいいけど」 母はそういうとモグモグとご飯を食べ進める。 白瀬は『彼』と同じクラスになったことも同じ委員になったことも言わないでおいた。 また『あの時の事』を掘り返されたら面倒だからだ。 あれは俺が悪かった。 そういうことになっている。 それでいい。 そうして彼を守ったのだ。 自分の中でそうやって正当化している。 誰にも知られてはいけない自分の過ちを隠すために。

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