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第2話 白瀬
教室の扉を開ける。
挨拶をしながら周りを見渡すふりをして彼を探す。
同じ空間にいるのがなんだか不思議だ。
「やること結構あるじゃん、頑張れよ〜」
クラスメイトでありテニス部仲間でもある大嶋が体育祭委員のプリントを見ながら言った。
「勧誘会の出し物もたいしたことないし大丈夫っしょ」
白瀬は大嶋からプリントを取り上げてもう一度自分も目を通す。
「まぁ、別にうちの部活そんなに本気でやってないしな。廃部にならない程度に人集まればいいよなぁ」
大嶋はそう言いながら購買で買ったホットドッグにかぶりついた。
「白瀬、ちょっといい?」
白瀬もカレーパンにかぶりつこうとした時、廊下に立っている女子生徒から名前を呼ばれた。
昨年同じクラスだった皆本悠香だ。
白瀬はパンを机に置くと席を立ってそちらへ向かう。白瀬の机の周りで昼食を食べていた数人の友人からは「ヒュー!」と揶揄うような声が飛んだ。
「なに?どした?」
白瀬が教室の扉にもたれながら聞くと悠香は少し首を傾げながら言った。
「あのさ、GWなんだけど白瀬暇かな?元A組でバーベキューしたいねって話してて」
「バーベキュー?」
「うん!学校近くの川あるでしょ?あそこの川原ならバーベキューできるって聞いて。白瀬もきてよー!」
「あぁ〜。川原ね・・それならうちの最寄駅の方がこの辺より川辺が広くてやりやすいよ。うちのバーベキューセットあるから持って行こうか?」
「本当ー?!嬉しい!!白瀬バーベキューよくやるの?」
「小さい頃は家族で夏よくやってたから。もう当分やってないけど、道具は残ってるっしょ。探しとくわ」
「ラッキー!!ありがとう!!白瀬大好き〜!」
悠香はそう言うと白瀬の腕に一度抱きついてから自分のクラスへと帰って行った。
それから席へ戻るとその様子を見ていた大嶋達がまたも「ヒュー!」と言いながら囃し立てる。
「白瀬大好きー、だって。やっぱ違うねぇ白瀬君は」
「そうでしょそうでしょ、僻むなよお前ら〜」
白瀬はさして気にしていない様子で先ほど食べ逃したカレーパンにかぶりついた。
それからチラリと2列隣の前の席に目を向ける。
世南が小森と一緒に笑いながらおにぎりを食べている。こちらを気にしている様子は特にない。
白瀬が世南達を見つめていると、冬馬が世南達の机に近づいてくるのが見えた。
世南はニコニコと冬馬の名前を呼ぶと、隣の空いてる椅子を差し出す。冬馬はそこに座ると昼食を食べ始めた。
竹ノ内冬馬の存在を白瀬はなんとなく知っていた。
『この学年には留年した生徒が一人いる。』
それは部活動の先輩から去年聞いた話だ。
昨日話してみた限り、別に怖い印象はない。
けれど・・
「距離が近いんだよ・・」
ボソリと小さな声でつぶやく。
「え?なに?」
その声に周りで昼食を食べていた友人が反応して白瀬を見つめた。
「いや、なんでもない」
白瀬は笑って答えると友人達との会話の輪に戻ることにした。
「母さん、ちょっと倉庫探らせてもらう〜!」
白瀬は家に帰ると夕飯の支度をしている母に声をかけた。
「いいけど、何探すの?」
「バーベキューセット〜」
白瀬はそう言うと、玄関を出て外階段を降りた。家の裏手に小さな倉庫がある。
そこには普段使わないものや、捨てるに捨てれずとりあえず取っておいてあるものなどが詰められている。
鍵を外して倉庫の扉を開けると、埃が舞うのが見えた。
それからガタゴトと音を立てながら置かれている物を移動させる。
するとすぐに鉄板付きのバーベキューコンロが目に入った。
何年も使っていないが、母が綺麗にして片付けたのだろう。埃は被っているが洗えばまだ十分に使えそうだ。
とりあえず外に出そうかとコンロを持ち上げる。コンロがズレたことで、そこに立てかけるように置かれた黒の縦長の鞄のようなものがバサリと音を立てて倒れた。
その存在に気づき、心臓がドクンとなる。
それはバーベキューの時に休憩場所や荷物置きに使っていた簡易テントだった。小さいテントで横に寝転ぶには二人が限界の大きさだ。
ワンタッチで開いてすぐに使えるので、子どもの頃は時々勝手に持ち出しては公園で開いて遊んでいた。
白瀬は収納用の鞄にコンパクトに収まっているそれを持ち上げる。
最後にこのテントを広げたのは・・あの時が最後かもしれない。
白い埃が黒の鞄に浮かびあがっている。それらを手でポンポンと払いのけると、もう一度壁に立て掛けた。
「あっ!白瀬!」
廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
昨日バーベキューの話をしてきた悠香だ。
「おう!なに?」
「あのね、昨日あの後ちょうど廊下で瀬山さんに会ったからさ、バーベキューの話したんだぁ。ほら、元A組で集まろうって言ってるのに声かけないのも変じゃない?」
「あぁ、そうなんだ。来れるって?」
「うん、白瀬もいるよって言ったんだけど大丈夫って言ってたから・・白瀬は平気?」
そう言って悠香が上目遣いで首を傾げる。
「平気平気!今は良い友人ですよ」
白瀬は笑顔で答えるとブイサインを作った。
瀬山佳代とは去年、美鶴と別れた一ヶ月後くらいに付き合いはじめた。ちょうど文化祭で告白されたのだ。
どちらかと言えばクラスで目立つ方ではなく大人しい生徒だ。そんな彼女が文化祭の最中、クラスメイト達がいる前で白瀬を呼び出したのだ。
それまであまり佳代のことを知らなかった白瀬だったが、一生懸命震える声で告白してきてくれたことを無下にはできなかった。
それにどことなく真面目な雰囲気に惹かれて、白瀬は付き合うことにした。
しかし佳代とも交際期間はあまり長くはなかった。
白瀬の友人達とのノリが合わず佳代はいつも遠慮がちにそばに居た。それに白瀬が女子も含めた友人達と遊びに行くことや、他の女生徒との距離が近い事も佳代には耐えられず「やっぱり無理そう」と言われて佳代との関係は一年生の冬休み中に終わりを迎えた。
きっともっと佳代のことを優先するべきだったのだろう。それに気がついた時にはフラれていたのだから仕方がない。それにもう一度やり直したいとすがるほどの熱意はなかった。
俺ってフラれてばっかりじゃん・・
改めて白瀬は指を折って数を数える。
初めての彼女は中2の秋。一つ上の先輩でその先輩の卒業と同時に関係は終わった。その次が中3の夏。同じクラスの子。受験で同じ高校を受けたいと言われたけど、こっちが進路を譲らなかったらフラれた。
恋人と過ごすことは楽しい。けれど・・
『好き』になるとはなんなのだろう。
本当はその答えを知っている。
でも、答え合わせはまだできていない。
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