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第4話 鮎川
中学校はここよりもっと山奥で、野球部もサッカー部もバレー部も生徒数が少ないせいでとうの昔に潰れてしまっていた。
唯一あった運動部は陸上部か水泳部で、裸になるのが嫌だったから陸上部に入った。
三年間、ただひたすら走り続けた。あまり人と話すのは得意ではないから。走ることに集中することで人を避けていた。
ずっと自分と向き合い、気がつけば記録はドンドン伸びていき地区の大会、県の大会へと出場するまでになった。
これだけ強くなれば、大丈夫。きっと誰も自分を揶揄わない。馬鹿にしない。
きっと、きっと・・・
ーー
「お疲れ、鮎川!」
100メートルを走り終えて息を整えていると、グラウンドのフェンス越しから声が聞こえた。
そちらに目をやると、いかにも軽そうな顔をして白瀬がテニスラケットを持って立っている。
「朝から走り込んでんな〜!無理すんなよ!」
「・・テニス部は、そんな遊んでていいわけ?」
額の汗を拭いながら鮎川が言った。
「ばっか!遊んでねーよ!一応朝練だっての!」
「朝練ならせめて練習着に着替えなよ。制服のままとか説得力無さすぎ」
「はぁ〜、まったく!鮎川君、朝から冷たいね〜」
白瀬はケラケラと笑いながら手に持ったラケットをクルクルと回す。
鮎川がそんな白瀬の顔を見つめていると、後ろからジャリっと足音が聞こえた。振り返ると陸上部部長の八木がストップウォッチを持って立っている。
「鮎川、次タイム測りたいからいいか?」
「あ、わかりました・・」
鮎川はそう言うと八木からストップウォッチを受け取るために手を伸ばした。その時、ほんの一瞬ではあったが八木の指が鮎川の手に触れた。
ビクリと鮎川は肩を震わす。しかしそれを悟られないように、鮎川は表情は崩さずストップウォッチを手に持って言った。
「じゃあ、準備が出来たら合図しますね」
「あぁ、よろしく」
八木はそう答えるとスタートラインの方へと歩いて行った。
「・・鮎川、俺も一緒に見てていー?」
後ろからその様子を見ていた白瀬がラケットを肩に担ぎながら聞いた。
「いや、お前部外者じゃん・・」
「いいじゃん、今日の朝練、鮎川と部長さんしかいないんでしょ?ギャラリーは多い方が盛り上がるよー」
「盛り上がる必要ないから・・タイム測るなら静かな方がいいし」
「うんじゃぁ、まぁ・・ここから見てるよ。だから、あんまり気にすんなよ」
「・・・」
白瀬はニコリと笑ったまま立っている。
鮎川はプイッと後ろに振り向くと「ありがと・・」と白瀬の顔は見ずに小さな声でお礼を言った。
八木に声をかけられるといまだに心臓がバクバクと速くなる。
陸上部の部員は現在六人。朝練は皆来たり来なかったりだ。その中で毎回欠かさず参加するのは鮎川と八木だけだ。
そのため二人きりの日もある。
いつまでもこんな状態ではいけない。
『あの日』、八木は「申し訳なかった」と言った。「二度としない」とも。
八木は悪い先輩ではない。もともととても頼りになる優しい先輩だった。
鮎川も信頼していた。
だから・・・
ピッと鮎川が笛を鳴らす。その合図で八木が駆け出した。八木は中距離走の選手だ。
この学校のグラウンドは一周300メートルで、八木はこのトラックを五周回る。
鮎川は真剣な表情でまっすぐ前だけを見つめて走る八木の姿を見ながら『あの日』のことをフッと思い出した。
——
高校一年の春休み。
その日、真面目に練習に出ていたのは鮎川と八木だけだった。
朝から二人で線を引き、黙々と二人で走る。時々顧問の先生に頼んでタイムを測ってもらうが、それ以外は二人で過ごすことが多かった。
八木は口数は少ないが、真面目で気配りができる良い部長だ。昔から容姿のことを揶揄われて馬鹿にされることが多かった鮎川だが、八木は一度もそのようなことを言ったこともなかった。
「鮎川、今日左足どうかしたか?」
夕方、部活動を終えて部室で着替えていると八木が声をかけてきた。
「あっ、一回ちょっと捻ったんですけど。でも大したことないです」
鮎川が左足を気にして走っていたことに気がついていたようだ。上手く誤魔化していたつもりだったのに・・
鮎川はバレていたことに少し驚く。
「少しでも痛めた時は無理するなよ。癖になったら大変だ」
「・・はい」
「ちょっと見せてみろ。腫れてないか?」
八木はそう言って鮎川に近づいた。
鮎川は部室のベンチに腰を掛けると、左足首を八木の方へ差し出す。
八木はソッと鮎川の足首に触れて腫れがないか確認する。
「うん、大丈夫そうだ・・」
そう言って八木が顔を上げた時だった。
お互いの息遣いがわかる距離でバチリと二人の視線が合わさる。
そして鮎川の足首に触れていた八木の手は、次の瞬間には鮎川の肩を強く押し倒していた。
「ぇ・・・」
鮎川は咄嗟のことで訳が分からず、ただ目の前の八木を見つめた。
八木の瞳がまっすぐと鮎川をとらえている。
「ちょ・・先輩・・」
鮎川は体を起こして八木の体を引き剥がそうとした。
しかし八木の方が体が大きくビクともしない。
そうしているうちに、スルリとシャツの中に八木の冷えた掌が侵入してくるのがわかった。
「・・やっ!やめろ!!!」
鮎川が大きな声を出した時だった。
ドンドンと部室の扉を叩く音と共に聴き慣れた声が聞こえた。
「鮎川ー?どうかしたかー?」
その声に驚き八木の力が緩む。鮎川はその瞬間勢いよく八木の体を押し除けると、バンと扉を開けた。
するとすぐに驚いた表情で立っている白瀬と目が合った。
「鮎川・・どうした・・?」
白瀬は鮎川の顔を覗き込む。
しかし鮎川の震える様子と、後ろで気まずそうに俯いている八木を見て何かを察したのだろう。
すぐに眉間に皺を寄せて八木を睨みつけると、鮎川をそっと自身の後ろへ隠すようにして言った。
「先輩、何か言いたい事があるなら俺が聞きますけど?」
「・・・」
「今先輩の口から聞けないなら、先生に今見た状況を報告することになりますけどいいんですか?」
「ま・・待って」
鮎川は咄嗟に白瀬の袖を掴んで言った。
「別に、何かされたとかじゃないから・・騒ぎにされた方が困るんだけど・・」
「は?何言ってんの鮎川?」
白瀬は怪訝そうな顔で後ろの鮎川を見つめる。
「別になんでもないから。ちょっとふざけてただけって言うか・・そうですよね?先輩」
鮎川に声をかけられ、八木の肩がビクリと揺れる。
それからポツリと小さな声で言った。
「・・あぁ。申し訳なかった・・鮎川を驚かせるつもりはなかったんだ・・」
鮎川はその様子を見て、ずいっと白瀬の前に出た。
「・・別に大丈夫です。俺、ああいうこと大嫌いなんで。もうやらないって誓ってくれますか?」
鮎川はキッと睨みつけるようにして八木に言った。
「わかっている。もう、絶対にやらない」
「本当ですね?もし万が一またやったら、今度はすぐに報告します」
「・・あぁ。もう二度とやらない。本当に・・悪かった」
「・・じゃぁ、もういいです。この話はこれで。俺まだ片付けてないんで先輩先に帰って下さい」
鮎川がそう言うと、八木はバタバタと鞄に自分の荷物を詰め込み逃げるようにその場を去っていった。
鮎川は八木がいなくなると、もう一度部室へ入り中途半端になっていた片付けの続きを始めた。
白瀬は扉のところからその様子を見ている。
それから少しして大きなため息をついて言った。
「あのさぁ、鮎川。ダメなもんはダメだろ。わかってるよな?なんでお前が許しちゃうんだよ」
「・・・別に。本当に、たいしたことじゃないし・・」
鮎川は鞄に運動着を入れながら答える。
「問題にされる方が困るんだよ。もし、試合に出られなくなったら・・今までの練習が意味なくなるだろ」
そう言いながら鮎川はギュッと汗だくのシャツを掴んだ。
そうだ。ずっと頑張ってきたんだ。
昔から、この容姿のせいで周りから馬鹿にされているような気がしていた。
どんなに強気でいても、男として扱われないような。
だから誰にも負けないものを作りたかった。
馬鹿にされない、自信が持てるものを作りたかった。
なのに・・・
鮎川はグッと自分の肩を掴んだ。
先ほどの八木の力。逃げようとしてもびくともしなかった。
同じ男なのに・・
強くなろうとしても、やっぱり俺は・・
「鮎川・・」
カタカタと震える鮎川の肩を見て白瀬は心配そうに声をかけた。
「・・大丈夫か?俺、出てた方がいいなら外行くけど」
そう言って白瀬はドアノブに手をかける。
「・・っ!!」
鮎川は咄嗟に白瀬の腕を掴んで言った。
「待って・・」
「・・・」
「待って。一緒に・・中にいて。なんか話しててよ」
「話って・・」
白瀬は一瞬戸惑った様子を見せたが、フゥと軽く息をつくと部室の中のベンチに腰掛けた。
「しかし、鮎川本当毎日頑張ってるよなぁ。俺今日春休みになって初めて練習きたんだけど」
「・・初めて?春休み、あと3日で終わるけど?」
「色々予定があってね〜。でもあいつら酷いんだぜ。春休み中の練習サボってたバツとか言って、部室の掃除俺一人に任せやがってさぁ。だから今まで一人でせっせと掃除してたわけ。えらいだろ?」
白瀬はケラケラと笑いながら言った。
「別に偉くない。自業自得」
鮎川はグレイのカーディガンをシャツの上から羽織る。四月になったがまだ外は肌寒い。
「鮎川君、本当冷てーなぁ!一年近く一緒に走ってんだからもう少し心開こうぜー」
「・・うっざ。無理っしょ」
嘘だ。本当は、もうとっくに心を開いてる。
この一年間、外回りの曜日だけいつもテニス部と一緒に練習をした。
と言っても、ただひたすら学校の周りを走り続けるだけだ。
別に話す必要はないし、自分の走りに集中していればいい。テニス部とやろうが他の部とやろうが特に関係ない。
そう思っていたのだが、すぐに毎回同じペースで隣を走ってくるやつがいることに気がついた。
それが白瀬康成だ。
「なぁなぁ。お前足速いなぁ!陸上部どう?楽しい?」
白瀬は走りながらベラベラと話しかけてきた。
最初は無視して走り続けていたが、どんなにペースを上げても息を上げることなくついてくる。
「俺の中学は陸上部ってなくてさぁ。足速いやつはだいたいみんなサッカー部。お前は?サッカーとかには興味なかったの?」
「・・・」
「俺は小学生の時からテニス一応習ってたからさぁ。まぁそのままずっとテニス部?みたいなぁ・・」
「お前、うるさい!集中できねーだろ」
あまりにもしつこいので思わず叫んでしまった。それが初めて白瀬と交わした会話だ。
白瀬は一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間には大笑いして言った。
「・・・あっはは!わりぃわりぃ!お前のペースについていくと体力つきそうだなって思ってさぁ!だから俺のことは気にせず走ってよ!」
「・・はぁ?」
あまりにもあっけらかんとした態度で毒気が抜かれる。
とにかく馬鹿にされないよう、舐められないようにとずっと気を張って、カチカチに固めていた気持ちを白瀬はあっという間に溶かしてしまった。
白瀬は不思議なやつだ。
自分勝手で傍若無人だが、それを許せてしまう隙がある。白瀬ならしょうがないと思ってしまう。
気がつけば、鮎川は白瀬のその隙に心を絆されていた。
毎日の練習の中で、時々テニスコートを見る。楽しそうに笑ってテニスボールを追いかけている白瀬を見ると、その瞬間スッと張っていた心が軽くなる。
予選の前、大会の前、緊張して練習に変な力が入ってしまう時は無意識に横目で白瀬の姿を探していた。
口を開けば冷たい言葉ばかり言ってしまうが、鮎川にとって白瀬の存在はいつの間にか心の支えになっていた。
「あれ?鮎川、シャツの襟中に入ってる」
カーディガンを羽織り、さらにその上にブレザーを着たところで白瀬が言ってきた。
「え?どこ?」
鮎川は自分の首元を探る。
しかしどこかわからずワタワタとしていると、スッと横から白瀬の手が伸びてきた。
「そこじゃないって。ここ。ちょうど首の後ろ・・」
ツッと首筋に白瀬の手のひらが触れる。
鮎川は思わずビクッとして、白瀬の手を思い切り跳ね除けた。
「っ・・」
鮎川に手を叩かれ、白瀬は目を丸くする。それからすぐに手を合わせて謝った。
「あっ、やっべ!ごめんな!首の後ろって触られるとゾワっとするよな!悪かった!」
「・・・あっ、いや・・その・・・」
鮎川は思わず叩いてしまったことを謝ろうとしたが、上手く言葉にできず口籠もる。
「いや、今のは俺がよくなかったわ。タイミングまずった!ごめんな鮎川、お願いだからキモがらないで!」
違う。白瀬が気持ち悪いわけがない。
八木とは全然違うのに。
なのに白瀬に変な誤解をさせてしまった。
鮎川はなんとか弁明しようとしたが、それより先に白瀬が部室の扉に手を伸ばして言った。
「俺、先出てるわ。まじでごめん」
そう言って外に出ようとする白瀬に、鮎川は思わず後ろから抱きついた。
「違うから!白瀬は!気持ち悪くない・・」
「・・え?」
白瀬はドアノブから手を離し、後ろからしがみついている鮎川に目をやる。
「・・鮎川?」
「・・・違うから。白瀬は、あの人とは違うから。俺・・」
そう言いながらも、カタカタと鮎川の肩は小さく震えている。
「・・鮎川、俺別に気にしてないって。だから大丈夫だから無理すんな・・」
そう言って白瀬は優しく鮎川の肩をそっと押して引き離そうとする。
しかし鮎川はさらに腕に力を込めて白瀬に抱きついた。
「無理なんてしてない。俺は・・白瀬だけは・・」
「・・・」
白瀬は黙ったまま鮎川を見下ろす。
鮎川は目を瞑って腕から伝わる白瀬の体温を感じた。
それと同時に、先ほどスルリとシャツの中に入ってきた八木の冷えた掌を思い出す。
ゾクリとして腕に鳥肌が立った。
「・・鮎川?」
白い顔色をした鮎川を白瀬が心配そうに見ている。
「・・大丈夫か?」
「・・・て」
「えっ?」
ボソリと聞こえた鮎川の言葉が聞き取れず、白瀬が聞き返す。
「何?鮎川・・」
「俺の、身体触って・・」
「・・・」
思いもよらない言葉に、白瀬がひゅっと息を飲んだのがわかった。
「鮎川、何言って・・」
「お願いだから。一度だけでいい。今だけでいい。白瀬に触ってもらえたら、さっきのこと忘れられる気がするから・・」
「・・・」
鮎川の瞳には涙が滲んでいる。悲しみの涙ではなくおそらく決意と羞恥の涙だ。
鮎川が必死にお願いしていることが白瀬にはわかった。
「・・・いいけど。鮎川は、本当にいいのか?」
「いい。白瀬に触ってほしい。触って忘れさせてほしい、お願い・・」
「・・・」
白瀬は何かを考えるかのように一瞬黙ったが、それからすぐに部室の扉の鍵をガチャリと閉めた。
「・・鮎川が、もういいってなったら言って。すぐに止めるから」
「・・・」
鮎川は黙ってコクリと頷く。
白瀬はそれを見ると、ソッと鮎川の肩に唇をそわせた。
「俺のやり方でやるけど・・いいの?」
「・・うん」
鮎川の返事を聞くと、白瀬はゆっくりと鮎川を部室のベンチに仰向けに寝かせた。
「痛くないか?」
「平気。気にしなくていいから白瀬のやりたいようにやって」
「わかった・・」
見上げると真剣な眼差しの白瀬と目が合った。
いつもヘラヘラとして、軽薄そうに笑っている顔とは全然違う。
鮎川は心臓が早鐘のように鳴っているのを感じた。
緊張しているのがバレてしまうのではないだろうか。いつも冷たい態度で話しているのに、こんな醜態を晒して白瀬に呆れられてしまうのではないだろうか。
そんなことを思っていると、白瀬の手のひらが鮎川の頬を撫でた。
それから白瀬はフッと優しく笑う。
「大丈夫だよ、鮎川。俺に任せて」
「・・・うん」
あぁ。俺は、白瀬のことが好きなのだ。
本当はずっと前からわかっていたのに、認めたくなくて、冷たい態度で誤魔化していたのだ。
それなのに、白瀬はそんな俺のわがままを受け入れてくれている。
男の俺に触ってほしいと言われても、嫌な顔一つせず、暖かい笑顔を向けてくれる。
「・・っう・・」
白瀬に胸を撫でられ鮎川はグッと声を殺した。
こそばゆく思わず体を捻ってしまう。
「・・平気?」
白瀬に聞かれコクコクと小さく頷く。
「じゃぁ、もう少し・・」
白瀬はそう言うと、少し力を強めて指で弾くように胸の突起に触れてきた。
「っ!・・ぁ・・」
先ほどよりも強い刺激に鮎川は小さく声を上げる。
さらにペロリと白瀬の舌先が鮎川の胸をなぞった。
「ふぅ・・あっ・・!」
気持ちよくてゾクリと身体が震えた。
「ははっ、鮎川、反応可愛いじゃん」
白瀬はイタズラぽく笑う。
「こっちも、反応してる」
そう言うと白瀬の手がスルリと鮎川の下半身の膨らみに触れた。
「っ!!」
ビクリと鮎川は体を強張らせる。
その反応を見て白瀬はパッと手を離した。
「あっ・・わりぃ、流石にやりすぎた」
「っつ、・・ちが・・」
鮎川は急いで白瀬の腕を掴む。
「違う。怖いわけじゃない・・びっくりしただけ。だから・・続き、やって・・」
顔を真っ赤にして鮎川は小声で言った。
白瀬から与えられる快楽で頭が真っ白だ。けれど今、ハッキリと思ってしまっていることがある。
それは・・白瀬に抱かれたいということだ。
最後までしてほしい。
一度だけとお願いしてしまったのだから。
チャンスは今日だけだ。
ならば、今、この瞬間は、恥を捨てて思い切り甘えてお願いをする。
今日のこの機会を逃してはいけない。
「・・嫌になったら、すぐ止めるから言えよ・・」
白瀬はそう言うと、鮎川の膨らみをゆっくりと撫で始めた。
それからしばらくして、下着の中にスルリと手を忍び込ませる。直に感じる白瀬の体温で、ますます鮎川の膨らみは熱を持ち固くなっていく。
「あっ・・ぅん・・・ぁ・・」
グングンと熱が込み上げてくるのを感じる。
このままではいってしまうと思い、鮎川はグッと白瀬の両腕を掴んで言った。
「待って!白瀬も一緒がいい!挿れてほしい!」
「えっ・・・」
少し頬を紅潮させた白瀬が驚いたように目を開いた。
「・・・」
何かを言いたげな白瀬を鮎川はジッと見つめる。
その瞳には再び涙が溢れてきた。
お願いだ。断らないで、受け入れて。
その鮎川の願いが通じたのだろうか。
白瀬は「わかった・・」とポソリと言うと、カチャカチャとベルトを外し自身のスラックスを下ろした。
それから鮎川の手を取ると自身の下半身に持っていき言った。
「鮎川、俺の勃たせてくれる?」
「・・っ、ぅん」
鮎川は恐る恐る白瀬のそこを触る。まだ少し柔らかい。
どうか自分の手で硬くなることを祈って、静かにゆっくりと動かしていく。
「っ・・ふっ・・」
白瀬が口を閉じながら小さく息を吐いた。
その反応が嬉しくて鮎川はさらに手の動きを早めた。少しずつ硬くなっていくのがわかる。
「あっ・・ちょ、待って。大丈夫・・」
白瀬がストップをかけた時には、そこはかなり硬く熱を持って勃っていた。
それを見て鮎川はホッと息を吐く。
「いきなり、挿れるのは痛いから慣らさなきゃな・・鮎川、これ借りていい?」
白瀬はそう言うと、鮎川の鞄に入っていたワセリンを取り出した。
それは鮎川がマラソンをする際、股擦れ防止のために使っているものだ。
白瀬は指にワセリンをつけると、ゆっくり鮎川の後孔に塗りつけていく。
それから孔の周りをゆっくりなぞった後、少しずつその中へと入ってきた。
「ふっ・・ぅああ・・」
鮎川はゾワゾワと震えながら喘声を上げる。
白瀬の指が優しく上下に動いて中を広げていく。
本当に・・白瀬とセックスをするための準備をしているのだ・・と、鮎川はぼんやりと白瀬の顔を見ながら思った。
いつもの余裕のある表情とは違って真剣な瞳だ。その目を見ただけでドクリと心臓が高鳴る。
「・・そろそろ、大丈夫かな・・」
そう言って白瀬はゆっくりと指を引き抜いた。
その言葉に鮎川はごくりと唾を飲み込む。
「鮎川・・もう一度聞くけど、本当にいいのか?」
白瀬は改めて真っ直ぐ鮎川を見つめて聞いた。
「・・いい。お願いだから。やって」
鮎川もまた真っ直ぐに白瀬を見つめ返す。
その言葉が始まりの合図だった。
白瀬は鮎川の腰を優しく抱くと、ベンチから両足を下ろしその代わりに両腕をもたれ掛けさせた。
鮎川はベンチに突っ伏すような形で、後ろから白瀬に抱きすくめられる。
「挿れるから、無理だって思ったらすぐ言えよ・・」
耳元で聞こえた白瀬の声に鮎川は無言で頷く。
ズズズ・・と、熱いものがゆっくりと入ってくるのがわかった。
「・・つっ!あっ・・・ぅう」
キツくて、痛い。
けれど・・無理だとは思わない。思いたくない。
このまま、白瀬のもので満たしてほしい。
「・・ハァ・・はっ・・大丈夫か?」
白瀬もまた苦しそうな声をあげる。
「ぁ・・うん。だい・・じょう、ぶ・・だから、つづ、けて」
「・・うん・・・」
白瀬は頷くと、鮎川の腰を抱いて力を込める。
「あっ・・!」
グッと奥まで熱いものが入り込むのがわかった。
白瀬と繋がっている・・
鮎川は自身のお腹のあたりに意識を向けた。苦しくて熱い。
それから奥まで入った白瀬のものが少しづつ動き始めた。
中が優しく擦られて、痛みと快感の二つの感覚が鮎川の頭を襲う。
「あぁ・・っあ、はぁ。あ・・しら、せ・・」
「・・はぁ・・っう・・」
「うぅ、ん・・あっ・・そこ、きもち・・ぃ」
「・・ふっ・・ぅん、はぁ・・」
狭い部室で身体のぶつかり合う湿った音と、二人の荒い息遣いが響いた。
白瀬とセックスしている。
白瀬に抱きしめられている。
もう鮎川の頭の中では、先ほどの八木とのことなど完全に消え去っていた。
このまま・・白瀬と繋がっていたい・・
そんな気持ちを心に秘めながら、鮎川は白瀬の欲を全身で受け止めた。
——
あの日、セックスが終わった後、鮎川は何事もなかったかのように「わるかった・・」と乱れた服を直しながら謝った。
白瀬も「・・おぅ」と小さな声で答え、淡々と片づけをしていた。
「・・これで、あの人がしたことは忘れられる。だから・・白瀬ももう、何も言わないで忘れてほしい。全部、今日あったこと・・」
「・・・わかった」
それが春休み中最後の白瀬との会話だった。
次に会ったのは二年生になった日の新学期。
クラス表を見て、思わず動揺した。
まさか白瀬と同じクラスになるとは・・どんな顔で会えばいいのだろう。
その答えが見つけられず、鮎川は仕方なく早めに教室に行き机に突っ伏して待つことにした。
一年の時から朝練の後は仮眠をとっている。それと同じだと思えばいい。
目を瞑っていれば、例え白瀬に気まずい態度を取られてもきっとやり過ごせる。
そう思っていたのだが、結局白瀬は拍子抜けするくらいにいつもと変わらない騒がしく明るい声で話しかけてきたのだった。
そして、白瀬は約束の通りあれから何も言ってこない。
ただ、時々こうして八木と二人きりになっている時にはソッと見守ってくれている。
その思わせぶりな態度、本当どうにかしてほしい・・
心の中で悪態をつきながら、優しくされることに心が疼く。
白瀬と、好きな人と身体を重ねた。
・・それだけだったらなんて幸せなことだっただろう。
しかし、セックスをしたことでわかってしまったのだ。
白瀬には、誰か特別な人がいる。
確信を持ったわけではない。ただ、セックスをしている時、白瀬の身体は熱かったけれど、何か別に気持ちが向いているようなそんな気がしたのだ。
その証拠に、身体を繋げている最中一度だって自分の名前は呼んではくれなかった。
俺を抱きながら、誰のことを考えてたんだよ・・
そう思いながらチラリと後ろを見る。
テニスラケットをクルクルと回しながら立っている白瀬と目が合った。
「うん?何?ちゃんと前見とかないとタイム測り逃すよ〜」
「うるさい、わかっているよ」
鮎川はチッと舌打ちをして、ストップウォッチに目を落とした。
もうまもなく八木の最終ラップだ。
まさか今年同じクラスになるなんて。
もうすぐ体育祭だ。きっと白瀬はまた、何事もなかったような顔でうるさいくらいに絡んでくるのだろう。
それを嫌だと思う気持ちと、少し期待して待ってしまう自分がいる。
この、中途半端に火をつけられた感情を一体どうすればいいのだろう。
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