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第5話 世南①

ブブッとポケットの中のスマホが振動する。 画面を確認すると冬馬からメッセージが入っていた。 『今日も練習は順調。大丈夫』 その文を見て、世南はホッと小さく息を吐く。 今日、冬馬に昨日の練習の様子を聞いたところ、普段と何も変わらない感じだったと言っていた。 「それなら、冬馬君も気にせず普段通り練習すればいいよ。一人だけ気にしながらやってるなんて損じゃん」 などと言って励ましたが少しでも冬馬の気は軽くなっただろうか。 世南は項垂れるようにして、電車の座席に座り込む。 白瀬が教室を出て行った後、どうしていいか分からず一時間ほど無意味に教室に残ってしまった。 もしかしたら白瀬が戻ってくるかもと思ったが、それもなかった。 ボーッとスマホを見つめていたが、下校のチャイムでハッと我に帰り慌てて教室を飛び出した。 すると部活動を終えた生徒達が、皆楽しそうに話しながら帰ろうとしていた。 世南もその中に混じって、帰宅の途につく。 電車の中も部活帰りの生徒達で溢れていた。始発駅から乗ってきたであろう他校の生徒も沢山いて車内は賑わっている。 世南は、電車の揺れに身を任せながら目を瞑って生徒達の会話に耳を傾けた。 部活帰りの生徒達は、皆疲労感はあるものの充実しているように感じる。 世南は中学生の頃から部活動に密かに憧れていた。 それは確実に白瀬の影響だ。 白瀬はいつも楽しそうに部活の話をしてくれた。 あの頃、白瀬と話すのが何よりも楽しかった。 二人だけの時間を大切にしていた。 それが他の友人とは違う『特別な友達』ということだったのだけれど・・ それは、自分だけの勘違いだったのか。 だから、あんな事になってしまったのだろうか。 —— 「昨日の練習キツかったわーー」 オムツの紙パックを一つ持った白瀬が大きな声で言った。 「春休みも練習あるなんて大変だな〜」 世南はおしり拭きのパックとトイレットペーパーを持って言う。 「でも絶対2年になったらレギュラーメンバーになりたいから!シングルスもダブルスも両方出たい!」 「白瀬、レギュラーなれそうなの?」 「なるために頑張ってるんだよ!なぜかうちの中学上手いやつ多いんだよなー。だからキツイけどちゃんとやんなきゃ」 白瀬はそう言いつつもどこか楽しそうだ。 世南もおつかいの時にそんな白瀬の話を聞くのを楽しみにしていた。 毎週火曜日と木曜日のおつかいはすっかり習慣となっていた。 世南がいつも火曜日か木曜日におつかいに行きたがるため、舞さんもその日に買いだめ出来るようにメモをしてくれるようになったのだ。 双子の妹達も一歳になり、必要なものが日々変化していく。 それでもまだまだ手のかかる時期だ。 こうして白瀬が手伝ってくれるのはありがたい。 「もうすぐ2年生だな〜。同じクラスになれるといいよな!」 そう言って白瀬は歯を見せて笑った。 「そうだね」 と、世南も相槌を打ったが正直同じクラスへのこだわりはそこまで無かった。 なぜなら同じクラスになっても、話す機会はきっと少ないからだ。 この一年、学校での白瀬を見てよくわかった。 白瀬はいつ見ても、誰とでもよく笑い、よく話し、楽しそうにしている。 本当に誰とでもだ。例外はない。 自分もそんな中の一人だと思っているが、唯一違うのはこうやって二人で居れることだ。 学校で見かける白瀬はいつだって周りを何人かに囲まれている。誰かと一対一でいるところはあまり見たことがない。きっと、すぐに人が集まってきてしまうからだろう。 だからこうやって、誰にも邪魔されずゆっくり白瀬と話せる今の時間が世南は好きだった。 この時間が続くならクラスが同じになる必要はない。 世南がそんなことを考えていると、白瀬がチラリと世南を見て言った。 「あのさぁ・・藤野、春休み中暇な日ある?」 「春休み中?別に・・予定は何もないけど」 「えっ?なんもないの?友達と遊びに行く予定とかも!?」 白瀬は心底驚いたように聞く。 「いいだろ、別に。家の手伝いがいつ必要になるかもわからないしさ」 世南は口を尖らせて答える。 友達が全然いないように思われた気がして恥ずか しくなった。 この春から舞さんは仕事に復帰するらしく、妹達も保育園へと入る事になった。そのため、今はその準備で家の中が少しピリピリしている。 そんな舞さんに気を使い、世南は友達と遊びに行く気分になれなかったのだ。 「そっかぁ。俺、買い物に行きたくさ。藤野についてきてもらえたらと思ったんだけどなぁ」 白瀬はつまらなそうな顔をしてみせる。 「買い物?どこに?」 「◯◯駅の駅ビル!かっこいい財布欲しいんだよね〜」 「さいふ?」 「そう!この間兄貴の上京祝いで駅ビルのレストラン行ったんだけどさ、そのとき見かけた財布がカッコよくてさー。お年玉の貯金で買おうって決めたわけ」 「あぁ、お兄さんもう東京行ったの?」 「行ったよ先週。静かになってせいせいするわー。てっ・・兄貴の話はいいから!財布だってば!」 「財布ね!財布!」 世南はケラケラと笑う。 誘われるのは嬉しい。しかもほとんど行ったことがない大きな街へのお誘いだ。 行きたい・・けれど・・ 「舞さんに、聞けるかなぁ」 世南はボソリと呟く。 「えっ?なら俺が聞いてやろうか?」 その呟きに白瀬はあっけらかんとした口調で返す。 「えっ!!いいよ!ただでさえ、荷物持ってもらって白瀬に迷惑かけてるのに」 「荷物は俺が好きで持ってるだけじゃん?藤野に一緒に来て欲しいんだよ」 その言葉に世南は少し頬を染める。嬉しい言葉だ。けれど一つ気になることがあった。 「・・他にも、誰か来るの?」 「え?」 「あっ、ほら!白瀬の友達もみんな来るのかなって!せっかく街の方に行くなら遊ぶところもいっぱいあるしさ!」 「・・行かないよ。藤野と2人で行こうと思ってたけど・・」 「あ、あぁ。そうなんだ」 世南はパッと下を向く。 嬉しくて笑ってしまいそうなのを隠すためだ。 「じゃぁ、舞さんに聞いてみるよ!1日くらい大丈夫だろうし!」 世南はグッと手のひらを握ってみせる。 「いいの?俺も一緒に聞こうか?」 「平気平気!!わかったら連絡する!」 「わかった。待ってるな!」 白瀬も嬉しそうに笑ったので、世南はますます嬉しくなった。 帰宅すると、そのままの勢いで舞さんに遊びに行っていいか確認をした。 舞さんは遊びに行くことはすぐに了承してくれた。むしろ、春休み中、まったく友人と遊ばない世南を心配していたようだ。 「けど、◯◯駅までは遠くない?大丈夫かな?」 舞さんが気にしたのは遊びに行く場所の方だ。 地元の駅から四十分ほど電車に乗った大きなターミナル駅だ。 「大丈夫だよ!一緒に行く白瀬が家族で何回も行ったことあるからわかるって言ってた!駅ビルからは出ないようにするから、だからお願いします」 世南はパンと両手を合わせる。 それを見た舞さんはフーッと息を吐くとフフッと笑った。 「わかった。いいよー。世南君がそんなにお願いするの珍しいしね。よっぽど行きたいんだね」 「うん・・ありがとうございます!」 世南は喜んで顔を上げた。 普段わがままを言わないようにしてきたことがきいたようだ。 舞さんを困らせたくない、邪魔だと思われたくない。そんな思いで自分の意見や要望はなるべく言わないようにしてきたけれど、白瀬のことに関してはつい欲が出てしまう。 白瀬は不思議な存在だ。 —— 「ほら!藤野!見てみて!かっこいいだろ!」 白瀬が嬉しそうに黒の財布を世南の前に差し出した。 小さい頃に来たことがあるらしい駅ビルだが、世南の記憶では初めての場所だ。 大きな建物の中に、ズラリとたくさんの店が入っている。 白瀬はその中からお目当ての店まで世南をグイグイと連れて行き、さっそく求めていた物を見せてきた。 黒のナイロン生地にブランドのロゴが入っている。 世南はあまり詳しくないので、そのブランドがわからないが白瀬は「かっこいいよなぁ」と嬉しそうに見つめた。 「よし!じゃぁ早速買ってくる!」 「即決だね。他は見なくていいの?」 あまりにも早い行動に世南は驚く。 「もうずっと決めてたから。迷いはない!」 白瀬はそう言うと、その財布を持ちさっさとレジまで持って行った。 いさぎの良さや決断力の速さも白瀬の魅力だ。 財布を買い終わると、二人は駅ビルの中にあるファストフード店に入った。 有名なチェーン店ではあるが、地元の町にはもちろんない。 テレビでいつも見るCMの食べ物がこれなのかと、世南はマジマジと見つめながら口に運んだ。 「なんか、人の多さが違う。ビックリするなぁ」 世南がポテトを口に運びながら周りを見渡す。 「そりゃな。地元と比べればな。でもさ、高校はやっぱりみんなこっちの方考えてんじゃないの?」 白瀬はモグモグと口を動かしながら話した。 「高校かぁ。みんなここまで出てくるのかなぁ」 「だって、あの辺じゃ高校、2つ隣の駅のとこしかないじゃん。俺高校まであの山の中はヤダよ。都会出たいじゃん」 「そっか。まぁ、確かにそうだよなぁ・・」 高校のことはまだあまり考えていなかった。 けれども・・なるべく家に迷惑をかけない場所にしたい。 そう考えると、ここまで出てくるのは遠すぎる。 白瀬とは同じ高校にはいけないかもしれない。 そんなことを考えてしゅんとしていると、白瀬が残っていたハンバーガーを勢いよく口に押し込んで言った。 「なぁなぁ!せっかくだからちょっと外出てみない?でっかいゲーセンが近くにあるんだよ!」 「えっ・・ゲーセン?」 「そう!前兄貴と行ってすごいいっぱいゲームあってさ!楽しかったから藤野も一緒にやろうよ!」 「でも・・人多いし道迷わない?」 「大丈夫だって!俺だいたい場所覚えてるから!」 「・・う、うん」 舞さんには駅ビルからは出ないと約束してしまった。 けれど、せっかくここまで来たし白瀬もとても楽しそうだ。 断りたくはない。 世南は舞さんとした約束のことは言わずに、白瀬に着いて行った。 そこから結局、世南と白瀬は一時間ほどウロウロと街を彷徨う事になった。 居酒屋や飲食店の連なる雑踏とした道や、なんのお店なのかわからない異様な雰囲気の路地など、初めて歩く場所に世南は内心不安でドキドキした。 しかし白瀬はずっと楽しそうに喋っているので、世南も笑顔で頑張って応えた。 道に迷っている割に、白瀬の足には迷いがない。 「こっちだったかな〜!」 とあっけらかんとした顔でドンドン進んでいく。 そんな白瀬を見ていたら、世南の不安も少し和らいでいった。 それから二人がゲームセンターに到着し、様々なゲームに挑戦して満足した頃には午後四時を過ぎていた。 舞さんには四時に帰ると伝えてある。 「白瀬ごめん!俺帰りの時間過ぎてた」 世南が慌てた様子で白瀬に伝える。 「えっ!まじ?とりあえず電話する?」 「う、うん」 世南は中学一年生になった時に与えられたスマートフォンを鞄から取り出す。 まだ家からの着信履歴はない。 けれどそろそろ舞さんからかかってくるかもしれない。 世南は急いで舞さんの番号に電話をかけた。 「そう。気をつけて帰ってくるんだよ」 意を決してかけた電話だったが、舞さんの一言でそれはすぐに切られた。 「・・・」 もしかしたら、愛佳か夢佳のお世話中だったのかもしれない。それか家事の最中か。 世南が黙ってスマホの画面を見つめていると、白瀬が首をかしげて覗き込む。 「大丈夫だったか?」 世南は眉尻を少し下げて頷いた。 「うん。多分。気をつけて帰ってこいって」 「そっか。怒られなくてよかったな〜」 「・・うん」 電話は苦手だ。相手の顔色をうかがうことができないから。 なるべく急いで帰ろう・・ 「・・ただいま」 恐る恐る玄関のドアを開ける。 時刻はもうすぐ午後六時になろうとしていた。 ここまで遅くなるとは世南も思っていなかった。 「世南君、おかえり。遅かったじゃない」 舞さんが夢佳を抱っこして現れた。 夕飯の匂いが家中に漂っている。 「舞さん、遅くなってごめんなさい!」 世南はガバリと頭を下げる。 「その、道に迷っちゃって・・あと色々夢中になちゃって」 「道に?駅ビルの中で迷子になったの?」 舞さんに聞かれて世南はしまったと口をおさえる。 「・・世南君、駅ビルから出たのね。あのあたりは危ない道もあるのよ?」 「ご、ごめんなさい!そのゲーセンがあるって聞いて、行ってみたくて・・」 「ゲーセン?今日一緒に行ったのは白瀬君よね?薬局屋さんの」 「・・・」 世南は黙って頷く。 「そう。白瀬君はそういうとこに行ってもいいお家なのかしれないけど、うちは心配だから。次からは世南君は行かないで・・」 「・・・はい」 世南は項垂れるようして答えた。 白瀬が悪く思われたかもしれない。 もっと他にうまい誤魔化し方もあったはずだ。 世南は自分の発言を後悔した。

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