14 / 38
第5話 世南②
「二年生も同じクラスになれなかったなぁ」
白瀬はハァと小さくため息をついて、がっかりしたような顔で両手を頭の上に乗せる。
「そうだね」
片手にボックスティッシュを持った世南も残念そうな顔をしながら言った。
昨日の始業式、世南はクラス分けの紙を見て内心ホッと胸を撫で下ろした。
「あ、白瀬。ここまででいいよ。今日はほとんど荷物もないしさ」
世南は川にかかる橋を渡る前に白瀬に声をかけた。
「えっ?」
白瀬はキョトンとした顔をする。
「今日はティッシュだけだから。荷物もないのにここまでつきあってくれてありがとう!」
「え、でも、別にいつも荷物がなくても橋の向こうまでは行ってんじゃん」
「そう!それがいつも悪いなぁって思ってたんだよ!」
世南は大袈裟なくらいの笑顔を作って言った。
「荷物ない時でも橋の向こうまで着いてきてもらうのが当たり前になっちゃってさ!ごめんな!暑い日や寒い日は大変だったよな!」
「・・別に気にしてないけど・・・」
「俺は申し訳ないなってちょっと気になってたんだよ!妹達も保育園入ったから余裕もできたし、おつかいの回数も減りそうだしさ!」
世南はそう言うとピョンと橋の上へ一歩踏み出す。
「ありがとな!また店に買いに行く時は連絡する!」
それからクルリと向きを変えると、世南は後ろを見ずに早足で駆けて行った。
この春から舞さんが仕事に復帰した。
夕方には妹達を保育園から引き取り、帰ってくる。
この時間に歩いていると、白瀬といるところを見られてしまうかもしれない。
あの春休みの一件以来、世南は白瀬のことを舞さんに話さないようにしていた。
舞さんが何か言ったわけではない。
けれど、もしかしたら白瀬に対して良いイメージを持っていないかもしれない。
一緒にいるところを見られたら、何か言われるかも・・
それが怖くて、世南は白瀬と過ごす時間を以前よりも短くするようにした。
白瀬は世南のこの分かりやすい態度の変化に不信感を持ち
『藤野怒ってる?俺なんかした?』
とメッセージを送ってきた。
世南は
『全然怒ってない!俺の態度が悪かった!ごめん』
と謝りの返事をしたが、それでも距離を少し置くことは変えなかった。
幸いにも白瀬が部活のレギュラーとなり忙しくなったことで、会えない理由を考える回数も少なくて済んだ。
白瀬は部活動のない日はテニス部の仲間と、世南の家の近くの運動公園で自主練習をしているらしい。
時々コッソリその様子を見ると、白瀬はとても楽しそうだ。
みんなと一生懸命練習をして汗を流している。
「俺も、混ざりたいな・・」
ポロリと思わず本音が漏れる。
世南はブンブンと頭を横に振ると、家へと急いで帰った。
「ただいまー」
そう言って家の玄関を開けるが、中はシンと静まりかえっている。
世南は自分の部屋に入り着替えると、ベランダに干してある洗濯物を片付け始めた。
それからお風呂を洗い、時々トイレ掃除もする。
トイレ掃除は自分で進んでやっていることだ。
少しでも役に立っていると思われていたい。
冷蔵庫に貼ってあるメモを見て、舞さんからのお使い要請がないか確認する。
今日は特に書いていない。
おそらく夕方の五時には舞さんが妹達を連れて帰ってくるだろう。
この間、おつかいの帰りにたまたま三人の姿を見かけた。
舞さんは双子用のベビーカーを押して、まだあまり話せない愛佳と夢佳に楽しそうに話しかけている。
走れば追いつくだろうが、世南はそれをせず少し離れた距離を保ちながら歩いた。
家族だけど、入れない。
そう思ったからだ。
世南は一階の和室に入った。
そこに祖母の写真が入った写真立てが飾られている。
世南はその写真の前に座ると、ボーッとそれを眺めた。
母が家を出て行ったのは二歳の時だ。そのためほとんど母の記憶はない。
暖かいところが好きだった母が『世南』という名前をつけたことだけは聞いている。
母がいなくなった後、世南は父親と一緒にこの家にやってきた。父親の実家だ。
その時はまだ祖母がここで暮らしていた。
しかし世南の面倒を見てくれた祖母も、世南が小学校に上がった頃に亡くなった。
それからは父親と二人きり。
父は仕事に忙しく帰る時間はいつも世南が寝た後だった。
休日も溜まった家事や家の用事で父は忙しそうにしていた。
「何かやることある?」と聞いても、父は「遊んできなさい」と言うだけだ。
頼ることが上手ではなかったのかもしれない。
子どもの世南に何ができるのかもわからなかったのだろう。
世南は仕方なく一人で町をうろうろしていた。暑い日には一日中図書館で時間を潰すこともあった。
友人達が自転車で出かけるのを見るたびに羨ましい気持ちでその姿を見送る。忙しそうにしている父に、自転車を教えてほしいとは言えなかった。
それからしばらくして、突然父が家のリフォームをすると言い出した。
思えばそれは再婚に向けた準備だったのだろう。
古かったところを少しずつ直し、祖母が使っていた和室には祖母と母の使っていた物がまとめて収められた。
ここの和室には、舞さんも愛佳も夢佳もほとんど入らない。
舞さんは気をつかっているところもあるのだろう。
ここだけが、今の新しい家族とはかけ離された空間のようだ。だからだろうか。世南にとってはここが一番居心地がいい。
父親が妹達に見せる顔は、小さい頃自分に見せてくれた顔とは重ならなかった。
父にはもう、別に新しい家族がいる。そこに自分は入れてもらえるのだろうか。
そんな不安を拭うため、世南は妹達が生まれてから積極的に手伝いをした。役に立てば仲間から弾かれることはないはずだ。
ずっとそうやって気を張ってきた。
けれどこの和室にいる間だけは、それが緩んだ。そのため世南は時々コッソリとここにくる。
思えば、白瀬の存在もこの和室と同じような感じがした。
白瀬といると、張っていた気が緩んで自然といられる。
あの明るい笑顔を見ていると、何をそんなに思い詰めているんだと、自分で自分が馬鹿らしくなる時もあった。
「白瀬と話したいなぁ・・」
世南は和室に置かれた座卓に突っ伏してボソリと言った。
ともだちにシェアしよう!