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第7話 冬馬
ライブハウスで演奏する時、始まるまでは心の中はとても静かだ。
自分でも驚くぐらい冷静でいられる。
けれどステージの上に上がった瞬間、一気に頭の中に歓声や拍手と共に熱い興奮が湧き上がってくる。
それは、今一緒にやっているバンドのメンバーが築き上げてきたものが土台にあるからだ。
途中から加入した俺は、そのおこぼれに預かっているのだということはわかっている。
それでも・・俺は・・
「冬馬君お疲れ様!!」
出番が終わり、楽器の片付けを終えて外に出ると世南と小森が満面の笑顔で迎えてくれた。
ゴールデンウィーク中のこともあり、今回のライブイベントは昼から行われていて、冬馬達のバンドはちょうど夕方頃が出番だった。
今もライブは続いていて、他のメンバーは中で別のバンドの演奏を聴いている。
冬馬もまだ残る予定だが、先に帰る世南と小森に挨拶をしにきたのだ。
「カッコよかったよ冬馬くーん!!」
小森がワッと両手を広げて飛び付いてきた。
冬馬はそれを片手で制止する。定番のやり取りだ。
しかし今回一つ違ったのは横から可愛らしい女の子の笑い声が聞こえてきたことだ。
冬馬が横目でそちらを見ると、丸顔の女の子がTシャツにスカートの出立ちで立っていった。
「あっ、冬馬君!この子、飯浜さん。俺のー・・」
小森が少し恥ずかしそうに口籠もるとその先を彼女が続けて言った。
「彼女の飯浜美希です。小森君とは同じバイト先でーす」
「・・どうも」
明るく挨拶する美希に対して、冬馬は小さな声で返す。
初めて会う人間にニコニコと笑いかけることは苦手だ。
「彼女もライブ聞いてみたいって言うから、今日一緒に連れてきたんだよ。なっ?」
小森が美希に目を向けると、ウンウンと頷いて美希が言った。
「初めてライブハウス入ったけど、すごい興奮しましたー!冬馬君、かっこいいですね!」
「・・・どうも」
ストレートな褒め言葉にどう返していいかわからず、またしても冬馬は同じ返事をしてしまう。
「冬馬君、さっきから『どうも』しか言ってないじゃん!」
横から世南が揶揄うように笑った。
「でも、確かに今日の冬馬君めっちゃカッコよかったよ!冬馬君ちょっと笑ってたでしょ?俺もそれ見て嬉しくなった!」
「え・・俺、笑ってたか?」
無意識だったのか、冬馬にはその自覚がなかった。
「笑ってたよ。口の端をすこーし上げてさ!」
世南は真似するように自分の口の端を指で上げてみる。
「そうか・・まぁ、楽しったのは本当だし」
そう、やはりバンドは楽しい。演奏している間は音楽のこと以外は考えられないくらいに。
「そういえば、小森君から聞いたんですけど冬馬君のお家って『たけうち』なんですか?!すごいですね!」
美希が思い出したかのように冬馬の目を見て言った。
「え・・」
「あっ、私の家も温泉街の近くなんですよ!『たけうち』って言ったら、あの中でも1番の老舗高級旅館じゃないですかー!かっこいいなぁ」
美希は両手を胸の前で組んでニコニコ笑う。
「そうそう。美希ちゃんから冬馬君の家は有名だって聞いて俺ビックリしたよ!なんでもっと早く言ってくれないんだよ〜!」
小森がプリプリしながら言った。
「別に・・ただの古い旅館だし。言うほどのもんじゃないよ」
冬馬は声を落として答える。
その様子を見た世南は小森の肩をポンと叩くと明るく言った。
「小森、そろそろ電車の時間じゃない?飯浜さん家まで送るんでしょ?遅くなっちゃったら印象悪くなるよ〜」
世南のその言葉に小森はピンと背中を伸ばす。
「そうだった!!じゃぁね!冬馬君!今日はありがとう!また学校で!」
小森はそう言うと美希の手をグイグイと引っ張って行く。
美希もペコリと頭を下げると小森の後をついて行った。
世南はその様子を微笑みながら見ている。
「・・世南も一緒に帰らなくていいのか?」
冬馬が聞くと世南は頭を掻きながら言った。
「カップルのお邪魔になっちゃうじゃん?だから俺は少し残るって言ってあったんだ」
「そうか・・」
冬馬は小さくなっていく小森と美希の後ろ姿を見つめる。
とても嬉しそうな小森の顔を見ていたら確かに邪魔はできないなと思った。
世南はそんな冬馬を横目で見るとゆっくりと口を開いた。
「冬馬君、あのさ・・」
世南はそこまで言って口を閉じる。
「・・うん?」
冬馬も世南を見返した。
「・・前に言ってた、大切な話はこれから・・?」
世南はジッと冬馬を見上げて聞いた。
「・・っ!」
冬馬は思わず息をのむ。
今の今まで考えないようにしていたことだからだ。
世南が以前言ってくれた『代わりに考えておく』という言葉は、思っていた以上に冬馬の心を軽くしてくれていた。
冬馬が黙っていると世南はフッと息を吐いて笑った。
「俺なりに考えたんだよね。いい話も悪い話も。でもさ、どんな話だったとしても大事なのは冬馬君がバンドのことどう思ってるかだなって思ってさ」
「・・俺が?」
「うん。バンドへの気持ちが揺るがなければ、いい話でも悪い話でもきっと答えは出るはずだから」
「・・・」
「自分の気持ちを大切に!」
世南はそう言うと、ポンと軽く冬馬の背中を叩く。
それからくるりと背を向けると「また学校で!」と笑い、先ほど小森達が歩いて行った方角へとゆっくり歩き出した。
冬馬はそんな世南の背中を見送りながらボソリと呟く。
「それで、世南はどんな話を想像してみたんだよ・・」
もちろんその声は世南には届いていない。
代わりに考えておくと言いつつも、考えた内容は教えてもらえずに終わった。
けれど、それでよかったのかもしれない。
代わりに考えておくと言ってくれたおかげで、冬馬は今日までの数日間、そのことについて深く考えないで済んだ。
もし世南がそう言ってくれなかったら、きっと冬馬は一人で悶々と考え続け、バンドの練習にも影響が出ただろう。
考えたって当日まで答えは出ないことなのに。
ただの無駄な時間になってしまったに違いない。
世南はそのことまでわかっていたのだろうか。
冬馬は小さくなっていく世南の後ろ姿を見つめながら、じっとそんなことを考えた。
それから世南の姿が見えなくなると、冬馬はゆっくりとライブハウスの中へと戻っていった。
ふと前を見るとバンドメンバーが楽しそうに他のバンドの演奏を聴いている。
これから俺はどんな話をされるのだろう。
けれど・・
自分の気持ちを大切に。
それを忘れなければ大丈夫だ。
冬馬はトントンと自分の胸を軽く叩くと、メンバーのいる方へと歩みを進めた。
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