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第7話 世南

「バーベキュー楽しかったよなぁ!」 ゴールデンウィーク明け、多くの生徒が休みボケで気怠げな雰囲気が漂う中、明るい声が聞こえて世南はそちらに目を向けた。 「白瀬の準備完璧だった〜!さすがだよね!」 「いやいや、女子の皆さんの手際の良さのおかげっしょ。男子だけだったら肉だけ食べて終わってたね」 「女子の料理できるアピールえげつねぇよなぁ」 「うるさいよ!大嶋!」 前方の大嶋の席で、白瀬や隣のクラスの女子数人が楽しげに笑って話している。 白瀬とはあの日から話していない。 自分から関わりにいかなければやはり話す機会はそうそうないものだ。 白瀬が言っていたことを確認したい気持ちはある。 けれどどうやって話しかけるべきか世南は分からずにいた。 世南は白瀬達の会話を横耳で聞きながら、チラリと後ろの方を向いた。 そこは冬馬の席だ。もうすぐ一限目のチャイムが鳴るが姿はまだない。 冬馬のバンドメンバーからの話がどうなったのか、それも世南は気がかりだった。 冬馬からはライブの後、特に連絡はきていない。 色々こちらから聞くのも嫌だと思うので、冬馬から何か言ってくるまでは聞かないつもりだ。 しかし、冬馬が教室に現れたのは結局三限目が始まる前だった。 二年生になってからほとんど遅刻をしていなかったので、世南は少し心配になり席に着く冬馬を見つめた。 しかし冬馬の視線は下を向いていて、表情を窺うことはできない。 「竹ノ内君、体調不良?大丈夫?」 前の席の白瀬が後ろを振り向いて聞く。 「大丈夫。ただの寝坊」 冬馬はボソッと答えると教科書を開いて視線をジッと前に向けた。 「冬馬君、おはよ」 三限目の授業が終わると、世南は明るい声で冬馬に話しかけにいった。 「・・ぉはよ」 冬馬は掠れた声で応える。 「冬馬くーん!今日遅かったじゃん!」 小森が大きな声でやってくると、冬馬の机をバンバンと叩いた。 「藤野と心配してたんだぞ!」 「悪い。普通に寝坊だから。大丈夫」 冬馬が斜めの前髪を掻き分けながら上を向いた。 微かに笑っているが、明らかにいつもの冬馬ではないことがわかる。 「・・冬馬君、後で2限目までのノート見せたげるよ!」 世南はその変化に気づかないふりをして笑った。 「世南、今日急いでる?」 一日の授業が終わり、小森がバイトのためにダッシュで教室を飛び出したのを見計ったかのようなタイミングで冬馬が声をかけてきた。 「急いでない。冬馬君は?」 世南は鞄を肩に掛けて答える。 「・・俺も。もう何もないから・・」 「・・・」 「話したいことがあるんだけど・・いいか?」 「・・もちろん!」 先ほどの冬馬の言葉には触れず、世南はニコリと笑って言った。 二人はゆっくりと駅までの道を歩いていく。冬馬はまだ黙ったままだ。 世南は冬馬から話し始めるのを待った。 ちょうど駅まで半分といった距離のところで「この間の・・」と冬馬がポツリと口を開いた。 「ライブ、見に来てくれてありがとう・・」 「ううん、こちらこそ!すごい楽しかったよ!かっこよかった!」 世南は冬馬の方は見ずに応える。 「あれが・・・」 そこまで言って冬馬は一息飲んだ。 それから少し震えるような声で続けて言った。 「世南に見せれる最後の演奏だと思う」 「・・え?」 世南はピタリと足を止める。 「それって・・どういう・・」 「・・・バンドの、元のメンバーが戻ってきた・・」 冬馬は世南より一歩先で止まると下を向いて言った。 「この間の・・ライブの後の話はそれ。俺はもともと抜けたメンバーの替わりに入ったんだ。その抜けたメンバーは留学に行ってたんだけど、その人が最近日本に戻ってきた」 「・・・」 世南は何か言いたいのを堪えて冬馬の小さな声に耳を向ける。 「それで・・この間初めて知ったんだけど、このバンドはその人がやろうって言って集まってできたバンドなんだって。だからまぁ・・創設者ってやつ?その人の人気と実力があってバンドも成長してきたって」 そこまで言って冬馬はハァと小さくため息をついた。 「そんな人がさ、またやりたいって言ったら・・俺は何も言えないよな・・」 「ちょっと待ってよ」 世南は流石に我慢ができず声を上げた。 「それはつまり、その人がもう一回入るから冬馬君が抜けなきゃいけないってこと?なんで?入る時そういう約束だったの?」 「入る時は・・そういう話はなかったと思う。でも、今思えば正規メンバーとして誘われたと言うよりも『演奏を形にしたいから楽器弾けるやつ探してる』って言われて、やってみたいって軽い気持ちでOKしたんだ。だから、よく考えれば俺は最初から正規メンバーとして入ったわけじゃなかったんだなって」 「でも!今までずっと正規メンバーと同じように練習してきたんでしょ?それなのに・・そんな急に・・」 「他の・・メンバーにも謝られたよ。ちゃんと決めてなくてごめんって。そう言われたら何にも言えない。俺は後から入った立場で、実際その人の人気があって復活を待たれていたのも事実だし・・」 「・・・」 「みんな年上だしさ。俺は一人高校生で練習時間の制限とかもあったし。もういいんだ」 冬馬はそう言うと再びゆっくりと歩き出した。 世南も下を向いたまま後ろをついて行く。 「だから・・今までありがとな世南。ノート見せてくれたりさ。もう、無理に良い点目指さなくてよくなったわ」 冬馬は口の端を上げて笑った。 「・・良い点取れてたのは、冬馬君の努力の結果じゃん」 世南も目元を緩めて笑いながら言った。それでも油断したらキツイ顔つきになってしまいそうだ。 冬馬がどれほど思い入れを持ってやっていたか知っている。それが急になくなってしまったのだ。 話だけ聞けば、冬馬はこの二年間いいように使われただけだ。 それでも、彼にとって大切だった場所と経験を悪く言ってはいけない気がした。 「冬馬君、今度どっか遊びに行こうよ!よく考えたら冬馬君と遊びに行ったことなくない?!」 「遊びに?別にいいけど・・遊びに行くって何やるんだ?」 「えっ?!」 「俺、中学の頃からずっとバンドばっかやってたから。あんまり遊びに行くってしたことない」 冬馬にそう言われ世南も頭を捻った。 世南もずっと家のことばかり考えていたので、友人とどこかに遊びに行くという経験をあまりしていない。 小学生の頃なら公園を駆け回っていたが、この歳でそれはないだろう。 友人と遊びに行くとしたら・・そこまで考えて、ふと頭をよぎったのは中学一年の時に白瀬と出かけた日のことだった。 「・・買い物にでも行く?」 「買い物?」 「そう!冬馬君今欲しいものとか見たいものとかない?なければ俺の買い物付き合ってよ!もうすぐ体育祭だし俺靴欲しいんだ!」 世南は人差し指を立てて言った。 「欲しいものか。俺も靴、見ようかな」 冬馬は首の後ろを触りながら呟く。 「いいじゃん!そうしよう!もう今から行こうよ!今日時間大丈夫?」 「俺はいいけど・・世南は?」 「大丈夫!」 世南はそう言うと、グイッと冬馬の腕を掴んだ。 「よし!急ごう!電車逃したら時間もったいない!」 「おわっ!待てよ世南」 腕を引っ張られた冬馬が叫ぶ。 しかし世南はお構いなしにドンドンと駅へ向かって歩いて行った。 少しでも気分を変えることは大切だ。ジッとしていると考えたくないことでも考えてしまう。 世南は冬馬の気持ちが変わらないうちに前へ進むことにした。 それから二人は大きな駅ビルのある駅に降り立った。 そこは昔白瀬と来た場所だ。 あの頃は人の多さやお店の賑やかさに戸惑ったが、今は違う。 あれから何回か家族とも来たので店の配置は覚えている。 「こっち!」 世南は冬馬の前を歩きながら靴屋を目指した。 冬馬は少し仏頂面で後ろをついてくる。 もともとにこやかに笑うタイプではない。それでも周りにキョロキョロと目をやりながらお店の品を物色している様は楽しそうだ。 靴屋に入ると世南はまず冬馬の靴を選ぶことにした。 「冬馬君、体育祭でも履く靴にする?だったらスニーカー?」 「そうだな・・家には古いスニーカーしかないから・・」 冬馬はそう言いながら並べられている黒いスニーカーを手に取った。 「・・冬馬君は黒が好きなの?」 「え・・いや、別に・・」 「なんだ!冬馬君の持ってるもの、黒色が多い気がしたから好きなのかなと思った!」 「・・何か選ばなきゃいけない時、黒が一番楽だろ。何にも染まらずに主張もしない」 冬馬は持っていた靴をジッと見つめる。 「・・・」 世南はそんな冬馬から目を離すとグルリと店内を見渡した。 ふと一足の靴が目に入る。 「世南?」 世南がどこかへ歩き始めたので冬馬もそちらへ目をやった。 「ほら!これ!冬馬君ぽい!」 「え?」 世南が冬馬の前に差し出したのは真っ白のスニーカーだった。 アクセントに銀色の線が一本入っている。 「・・これが?どこが・・」 冬馬は訝しげにその靴を見つめた。 「え、だって冬馬君の名前って冬と馬っていう字が入ってるでしょ?雪の草原を馬が走ってるイメージがわかない?」 「考えたこともない。俺は冬生まれで親が馬が好きだからこの名前がついただけだし・・」 「・・冬馬君にぴったりの名前だよ。何にも染まらずに真っ白なまま自分の道を駆けていく感じ」 世南はそう言うとトンとその靴を冬馬の胸に押し付けた。 「・・そんな、くさい発想。よく思いつくな・・」 「小説とかたまに読んでるからその影響かな〜?」 世南はフフっと笑うと、先ほどの白い靴を冬馬に任せて店内を見始めた。 「・・・今度は、俺が選んでやるよ」 「え?」 「世南は、やっぱり青かな」 冬馬はそう言って青に黄色のアクセントのあるスニーカーを指差した。 「えぇー、ちょっと派手じゃない?」 世南は腕を組んでその靴を見つめる。 「いいんだよ。体育祭で履くんだろ。目立っておけよ」 「なーんか適当だなぁ。もう・・」 世南はぶつぶつ言いながらも青いスニーカーを手に取った。 「まぁ、冬馬君が選んでくれたんだしこれにしようかな!サイズ確認しよ!」 そう言って自分のサイズに合った靴の箱を探す。 ふと横を見ると冬馬も先ほどの白いスニーカーの箱をいくつか探っている。 自分のサイズを探しているのだろう。 あの靴、本当に買う気になってくれたんだな。よかった・・ 世南は冬馬に気づかれないように小さくホッと息を吐いた。 さきほどの言葉・・ 『黒が一番楽だろ。何にも染まらずに主張もしない』 あれはまるで、冬馬が自分のことを重ねて言っているようだった。 本当はちゃんとバンドグループの正式メンバーになりたかったはずなのに。 そんな自分の気持ちを抑えこんで、冬馬は離れてしまった。 冬馬は一見自分の意思をしっかり持っていて強そうだが、本当はそんなはことない。 自分の存在を一歩下げて、何かに遠慮しているようだ。 そうなってしまうことを世南もなんとなくわかる気がした。 多分、俺と冬馬君はちょっと似ている。 だからきっと、一緒に居て居心地もいいのだ。 「冬馬君!体育祭はお互いが選んだスニーカーで絶対出ような!」 世南が後ろから元気に声をかけた。 「・・あぁ」 冬馬は顔を前に向けたまま小さな声で返事をする。 表情はわからないが声は先ほどより明るい。 冬馬の気持ちが少しでも晴れていたらいいと、世南は思った。

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