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第8話 世南
高校生ともなれば、体育祭に対する意欲は人それぞれだ。
自分の出番が終われば早々に体育館裏の涼しい場所で休んでる人、好きな子でもいるのか嬉しそうにスマホで写真を撮ってる人、純粋にクラスの応援をしてる人。
自分にとって今年の体育祭は、ただ無事に終わればいい。
それだけだ。
開会式前、急に白瀬に話しかけられて驚いた。
まともに二人で話をしたのはあの日以来だ。
動揺は隠せていたと思う。
白瀬は思っていたよりずっと普通だった。
あの日の話なんてなかったかのようだ。
もし、白瀬の中であの事が完結したことになったのならば、下手に掘り返さない方がいいのだろうか。
確認したいことはある。聞きたいことも。
けれど、それをして大丈夫なのかがわからない。
世南はクラスメイト達と楽しそうに写真を撮る白瀬を遠目に見つめた。
体育祭のプログラムは順調に進んでいった。
気温はジリジリと上がり『水分補給をしてください』としきりに放送が流れている。
世南も先ほど見回りの仕事を終えたところだ。特に具合の悪い生徒はいなくて安心した。
そして休む暇もなく次は騎馬戦の出場がある。
出場種目を決める時に揉めた、あの騎馬戦だ。
練習は一回しかやっていない。
ほとんどぶつけ本番のようなものだ。
「お前ら騎馬戦頑張れよー!」
小森が呑気な声で声援を送った。
自分の種目を終えて気が軽くなったのだろう。
彼女の飯浜美希も見にきているらしく、先ほどから観客席と生徒席を行ったり来たりしている。
「藤野、上乗るんだろ?落ちないように気をつけろよな」
騎馬戦は四人一組で騎馬を組む。
世南は四人の中で一番小さかったので自然と上に乗ることが決まっていた。
「もし落ちそうになったら俺が受け止めるよ」
冬馬がハチマキを手首に巻き直しながらボソリと言った。
「ひゅー!冬馬君かっこいい〜!」
小森が茶化すように盛り上げる。
「ありがと、頼りにしてる!」
世南もハチマキを頭にギュッと結びながらニコリと笑って答えた。
ピッピーと先生の高い笛の音が鳴る。
騎馬を組む合図だ。
世南達のグループは、世南と冬馬、それからバレー部に所属している三谷と咲田だ。三谷と咲田は運動神経がよくどの競技に出ても構わないというスタンスで騎馬戦にも入ってくれた。
クラスでも白瀬達とはまた別のグループだ。
騎馬を組むグループ分けは白瀬に一任したが、ちゃんとバランスよく考えられている。
いつもクラスの中心で騒いでいるが、周りをよく見ているのだなと世南は思った。
恐る恐る上に乗る。少しでも横に揺れるとバランスを崩しそうだ。
それから周りを見渡すとふと一つの騎馬が目に入った。
背は高い方のはずの白瀬が騎馬の上に乗っている。
「お前ら絶対落とすなよー!」
白瀬は楽しそうに下で騎馬を組んでいる友人に声をかけた。
「お前こそ絶対一番多くハチマキ取れよな!」
下の友人達も楽しそうに返す。
「白瀬ー!がんばれー!」
「白瀬落ちないでよね!」
ワイワイとクラスからも声援が飛んだ。
それに応えるように白瀬は大きく手を振る。
本当に目立つことが好きな奴だ・・世南はフゥと小さく息を吐いた。
パァンと乾いた音の銃声が響き、競技がスタートした。
「うわっ、あっ」
一斉に駆け出した勢いで、世南はバランスを崩しかけて声を上げた。
「世南、ちゃんと捕まっとけ」
騎馬の左後ろにいる冬馬が下から声をかける。
「う、うん・・!」
世南は前方の咲田の肩をしっかりと掴んだ。
「おし、あっち行くぞ!藤野、後ろから攻めろよ!」
咲田はそう言うと、少しスピードを上げて右の方へと曲がった。
世南はこちらに気づかず前の方を向いているグループに手を伸ばした。
後ろからサッと頭に巻かれたハチマキを抜き取る。
「あぁ!」
取られた生徒は悔しそうに声を上げた。
「よっしゃ!次いこうぜ」
「おう!」
右後ろの三谷が咲田と楽しそうに笑った。
世南も一つハチマキが取れたことでホッと胸を撫で下ろす。
一つも取れないのは避けたかったからだ。
その安心が油断を生んだのだろう。
突然後ろからグイッとものすごい力で頭を引っ張られた。
「!?」
咄嗟のことに驚き、世南は力強く咲田の肩を掴んだ。
ハチマキは引っ張られたものの、世南の頭から抜けなかったらしい。
先ほど強く結び直しておいてよかった。
「おい!大丈夫かー!?」
その声に反応して振り向くと、白瀬が白いハチマキを持って笑っていた。
「お前ら狙ってたやつのハチマキは俺が後ろから取っといてやったからな!」
そう言って手に持ったハチマキをブンブンと振り回す。
「おう!サンキュー白瀬!」
咲田が明るくお礼を言う。
「よし!じゃぁあっち行くかー・・」
三谷がそう言った時だった。
「白瀬ー!!覚悟しろよー!」
ワッと周りが盛り上がる。
敵の騎馬が白瀬達目掛けて一斉に襲いかかってきた。
「大人数で囲めば怖くねー!」
「先に白瀬潰せ!!」
「うっわ!巻き込まれたらやべぇ!」
咲田は集まってくる敵の騎馬達から急いで逃げようと、勢いよく方向転換をしようとした。
「わっ!!!」
それは一瞬のことだった。
思っていなかった方向に体が回ったため咲田の肩を掴んでいた手がパッと離れたのだ。
「・・世南!」
落ちる!!!
自分の名前を呼ぶ冬馬の声を聞きながら世南は思わず目をギュッとつぶった。
ドン!!
大きな音と共に鈍い痛みが肩に広がる。
しかし想像していたよりかは柔らかい痛みだ。
硬いグラウンドに落ちた痛みではない。
世南がパッと目を開けると、グランドに寝転ぶ自分の横で冬馬も同じように倒れていた。それから冬馬の腕が世南の体を支えるように、肩に置かれていることに気がつく。
咄嗟に冬馬が庇ってくれたのだろう。
「・・!冬馬君、ごめん!」
冬馬の腕を押し潰すような形になっていたため、世南は慌てて起き上がった。
「いや、大丈夫・・」
冬馬もゆっくり起き上がるとパッパッと肩の土を払った。
「藤野!大丈夫か!?」
咲田と三谷がしゃがんで世南の顔を覗き込む。
「大丈夫。それよりごめん、俺落ちちゃって・・」
騎馬戦は上に乗った人が落ちてしまった場合も失格になる。
「いや、俺が慌てて逃げようとしたのがいけなかったし。ごめんな」
咲田は謝りながら自分の頭を掻いた。
「あとは白瀬達に仇とってもらおうぜ。あいつら、なんだかんだしぶとく残ってるしさ」
三谷がそう言ったので世南は上を向いてグランドを見つめた。
白瀬や他の白瀬と同じグループの騎馬達が駆け回っている。
熱を持ったクラスの声援でグラウンドは大盛り上がりだ。
「世南、座ってると危ないから。あっち行こう」
いつの間にか立っていた冬馬に手を引かれ世南も立ち上がる。
それからヒョコヒョコと端の方へと避難した。
「藤野君、大丈夫?」
騎馬戦の行く末を見守っていると、横から声をかけられた。
振り向くと鮎川が綺麗な顔で立っている。
先ほど三種目立て続けに出たはずだが、疲れているようにはまったく見えない。
「あ、うん。大丈夫、ありがとう!」
鮎川に話しかけられたのは意外だったが、心配してくれたのが嬉しくてブンブンと肩を大袈裟に回してみせた。
「竹ノ内君の動きが早かったんだよ。多分竹ノ内君が咄嗟に手を出さなかったら、藤野君そのまま肩から落ちてかなりヤバかったと思う」
「・・そう、だったんだ」
世南は隣で無言で立っている冬馬をチラリと見る。
「・・なんか、竹ノ内君のイメージ少し変わったよ」
鮎川も冬馬の方に目を向けて言った。
「・・?」
冬馬は無言で鮎川を見返す。
「いつも何にも興味無さそうにしてる感じだからさ。さっきみたいな必死そうな顔もするんだなって」
「興味なさそうって・・」
鮎川の毒舌が炸裂し、世南は苦笑いを浮かべる。
するとそれまで黙っていた冬馬がボソリと小さい声で言った。
「・・世南に、怪我されたら困るから」
「へっ?」
世南は目を丸くして冬馬を見つめた。
「ふーん。仲良いんだね二人」
鮎川は肩をグッと伸ばしながらぶっきらぼうに答える。
何事にも興味がなさそうなのは鮎川も同じだなと、世南は思った。
グランドではまだ騎馬戦が続いている。
鮎川はそれを見ながら「・・あのさ」と声を出した。
「うん?」
世南も戦いの行く末を見ながら相槌を打つ。
「・・藤野君と、白瀬ってー」
鮎川がそこまで言いかけたところで、パァンという競技の終了を知らせる銃声が鳴った。
「あ、騎馬戦終わった」
見ると、グラウンドの中央で青のハチマキをした生徒達が喜んでいる。
白瀬もその中に混じってはしゃいでいた。
「うちのクラス、勝ったんだ」
世南がホッとした顔で言う。
「よかったね。じゃ、俺これからリレーのスタンバイだから」
鮎川はクルリと向きを変えると、スタスタと歩き始めた。
「え・・あっ、あの頑張って!」
世南は慌ててその背中に声援を送る。
先ほど何か言いかけていた話は良かったのだろうか?
俺と・・白瀬?と言っていたような。
けれど、特に鮎川が気にするようなことがあるとは思えない。
聞き間違いかもしれないと思い、世南は再び前をむいた。
「あっ!」
鮎川に話しかけられて忘れていたが、まだちゃんと冬馬にお礼が言えていないことを世南は思い出した。
「冬馬君、さっきは本当にありがとう。腕大丈夫?」
「大丈夫。それより世南が大怪我しなくてよかった」
冬馬は世南をじっと見つめて答える。
「俺そんな弱くないって!でも本当ありがとな!冬馬君と同じグループで良かったよ!」
「・・ぅん」
冬馬が少し照れているのがわかる。
世南はそれが可愛く見えて思わず含み笑いをした。
冬馬が、他の人より自分に心を許しているのがわかる。
先ほど鮎川も言っていたが、冬馬は基本的に何事にもさほど興味を示さないタイプだ。
そんな冬馬が、自分には色々な表情を見せてくれている。
だからこそ・・大切だったものを失った今の冬馬のそばに、なるべくいてあげたい。
じっと、一人で塞ぎ込まないでいいように。
君の心を動かすものは、きっと他にもあるのだということを、伝えられるように。
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