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第9話 白瀬

天国から地獄ってこういうことか? なんて、冷静ぶって思ってみたけど正直訳がわからなくて混乱している。 好きな人から「好きだった」と言ってもらえたのに、なんで次の瞬間には「これからは普通のクラスメイトで」になるんだ? ただ単に、過去の話がしたかっただけなら「好き」だなんて言わないでほしかった。 あっちにとっては過去の話でも、こちらからすれば現在進行形だったのに・・ ガラッと勢いよく多目的室の扉を開けた。 中ではまだみんなが楽しそうに喋っている。 白瀬は新しい紙コップを取ると、ジンジャエールを注いだ。 「白瀬先輩お疲れ様です!」 二人の女子生徒が手に紙コップを持ってやってきた。 「うん?お代わりいる?入れたげようか?」 白瀬はジンジャエールのペットボトルを持ち上げる。 「あっ!大丈夫です大丈夫です!それより、白瀬先輩にお礼言いたくて!」 「お礼?」 「はい!この打ち上げ、白瀬先輩が提案してくれたんですよね!外でお酒飲んで補導される生徒が出ないようにって」 「・・あぁ。まぁ」 藤堂先生が喋ったのかな。 白瀬はチラリと向こうで生徒達と話している先生へ目を向ける。 「この辺りの田舎だとすぐそういう噂って広がっちゃうじゃないですか?飲酒とか喫煙とか。そういうの運動部入ってる身からするとすごい迷惑なんですよね」 「あー。まぁ補導された奴がいた部だと出場停止とかあるしな」 「そうなんです!だから学校主催でやってもらえる方が安心で。さすが白瀬先輩だよねって話してたんですよ!」 「はは。ありがと」 白瀬はヘラっと笑ってお礼を言う。 本当はそんな真面目な理由ではない。 少しはそういうトラブル回避の考えもあったけれど、それは口実だ。 体育祭は終わってしまったけれど、もう少しだけ世南とのつながりが欲しかった。それだけだ。 体育祭が終わってから、なぜだか急に避けられているような気がした。 元々距離はあったけれど、それでもこちらから歩み寄れば答えてくれていたのに。 それが、壁が出来たかのようによそよそしくなった。 こちらを全く見ないから目も合わない。 話しかけるタイミングも掴めないまま、このままでは夏休みになってしまう。 だから体育祭委員の打ち上げを提案した。 学校主催となればきっと世南も少しは参加するだろうと思ったからだ。 けれどまさか・・世南が鮎川のことを知っていたなんて・・ 白瀬はクッシャと空の紙コップを握りつぶすと、それをゴミ箱へ捨てる。 それから「先生〜!俺ちょっと部活の方行ってきまーす」と遠くにいる藤堂先生へ声をかけた。 「えー!白瀬先輩行っちゃうんですかー!?」 後輩の女子生徒が残念そうに眉を下げる。 「俺がいないとテニス部も盛り上がらないんだわ」 白瀬はそう言うと、手を振って多目的室を出て行った。 今日は曇り空のおかげか気温は三十度ちょっとといったところだ。 グランドに目をやると、数人の生徒がトラックを自分のペースで走っている。気温が高くなると外での部活動はできない。今日は貴重な練習日だ。 しかし白瀬はそんなことはお構いなしに、ズンズンとグラウンドの真ん中を突っ切り今まさに走り出そうとしている鮎川の肩を掴んだ。 驚いた鮎川は目を丸くして振り返る。 「・・なんだよ。びっくりしたな」 「話あるんだけど・・ちょっと来て」 普段とは違う白瀬の様子に鮎川の目が泳く。 「え・・」 「そんなに長く話さないから」 「・・わかった」 白瀬と鮎川はグランドから出て陸上部の部室に入った。 今は全員が練習中なので誰も入ってこないと思ったからだ。 ここに入るのはあの日以来だ。 鮎川もそれを思い出したのか少し気まずそうに俯く。 「・・あのさ。鮎川、ここで俺らがしたこと藤野に言ったか?」 言葉を選んで聞こうかと思ったが、良い言い方が思いつかず白瀬はストレートに言った。 鮎川は上目遣いで白瀬を睨むように見つめる。 それから少し間を置いてから口を開いた。 「・・・聞いたの?藤野君から」 「・・・あぁ」 「ふーん。いつ?最近?」 「さっき・・」 「えっ?さっき?それでそのまま俺のところに確認に来た訳?」 「そうだよ。本当かどうか確かめないとだろ」 「はは。何それ。てか思ったより白瀬に伝わるの遅かったんだな。俺が藤野君に言ったの体育祭の時なのに」 悪びれた様子もなく、鮎川は口の端を上げて言った。 「体育祭?」 「そうだよ。体育祭が終わった後に」 「・・・」 だからだったのか。藤野の態度がおかしくなったのは。 避けられているように思ったのは勘違いではなかった。 「・・なんで、藤野に言ったんだ?」 「・・・」 「あんな話、クラスメイトにするようもんじゃないだろ」 「そりゃあ・・ただのクラスメイトにはしない。当たり前だろ」 「じゃあ、なんで—」 「藤野は、おまえにとってただのクラスメイトなのか?」 鮎川が白瀬の言葉を遮るようにして言った。 「え・・」 「白瀬、俺に言ったよな?八木と・・同じことしたことあるって。その相手って藤野なんじゃないの?」 「・・っ」 白瀬は目を見開いて黙り込む。 自暴自棄になって鮎川に思わず過去の過ちを言ったのは自分だが、その相手まで気づかれるとは思ってもいなかった。 「なんで・・そう思ったんだ?」 「別に。お前見てたらなんとなくそうかなと思ったから・・」 「・・・」 普段、藤野とは学校ではほとんど話しをしない。 同じ中学校だったことを知っている者だって少ないだろう。 俺と藤野の間に繋がりがあると思う者はほとんどいないはずだ。 いるとしたらそれは・・ 俺たちの事をよく見ていた者。 例えば、竹ノ内冬馬。 いつだったか藤野と二人で帰ろうとした時、藤野を呼び止めて俺たちの事をじっと見つめていた。 訝しむような視線で。 竹ノ内はすでに何かに気づいていたのかもしれない。それは藤野のことをよく見ているからだ。 俺と同じ熱を孕んだ目で。 そして、それは今目の前にいる鮎川も・・ 「・・ははっ」 白瀬は声を出して笑うとチラリと鮎川に視線を送った。 「何それ。鮎川俺のこと好きすぎじゃない?」 「・・はっ?」 鮎川は睨みつけるように白瀬を見つめる。 「だって、俺のことずっと見てたから気づいたんでしょ?愛されてるなー俺」 「・・・」 「でもまぁ、これで気づいて幻滅したっしょ?最低なことする奴だってさ。しかもクラスメイトに」 「・・・認めるんだな・・」 「そうそう。鮎川正解!って言っても、藤野に手出したのはクラスメイトになる前の話だけどな。それに、もうこの話は解決したから」 「解決・・?」 怪訝な顔で鮎川が聞き返す。 「そう。俺さっき藤野にふられたから。中学の時は好きだったけど今は他に好きな人がいるからーってさ。君の爆弾発言のおかげでキッパリとね」 「・・・」 「本当鮎川には振り回されるなー俺。まぁ、それでもお前に怒る気にはなんねーんだわ、不思議と」 白瀬はそう言うとポンと鮎川の肩を叩いた。 「とりあえず確認したかっただけだから。正直に言ってくれてありがとな」 そう言って白瀬がドアノブに手をかけようした瞬間、背中にトンと何かがぶつかった。 「待ってよ・・」 ギュッと両手で白瀬の背中を掴み、額を押し付けるようにして鮎川が俯く。 それからボソリと小さな声で言った。 「俺のこと・・嫌いにならないなら付き合ってよ・・」 「・・・」 「俺の気持ち、分かってるんだろ。ならハッキリ答えをくれよ。わかってて知らないふりとか・・そういう中途半端なことするくらいなら嫌いだって言われたほうがマシだ」 強気な口調で言っているが、鮎川の手が震えているのがわかる。 白瀬はくるりと振り向くと、ジッと鮎川を見つめた。 キツそうな瞳で睨みつけてはいるが、目の周りがジワリと赤く滲んできている。 確かに・・知らないふりをしてきた。 そっちの方が都合が良かったからだ。 恋愛で拗れるのは勿体無い存在だと思っている。 だから、鮎川の気持ちは無視してちょうど良い距離感で付き合ってきた。自分のために。 でも・・おそらくそれが、鮎川を追い詰めた。 あの出来事を暴露させてしまうほどに。 「・・いいよ」 「・・え・・」 白瀬の声に先ほどまでキッと睨んでいた鮎川の瞳が揺れる。 「付き合おっか。俺、鮎川のことかなり気に入ってるんだぜ。お前あんまり分かってないだろ?」 白瀬はそう言ってニッと笑った。 「・・・なんだよ、それ」 鮎川は照れくさそうに横に目をやる。 「本当だよ。鮎川は他の奴らとは違う。なんか、特別な感じするんだよね」 「・・・特別」 「あぁ。だから、一緒にいてよ鮎川」 白瀬はそう言うと、スッと鮎川の唇に自身の唇を優しく押し付けた。 「・・っ?!」 鮎川は顔を真っ赤にしながら思わず白瀬の体を押し除ける。 「おま・・!いくらなんでも手が早すぎるだろ?!」 「あはは!いいじゃん!恋人になったんだから!」 「ふざけんなよ!順序があるだろ!」 「あれ?鮎川そういうのにこだわる方?わかった!じゃあ今度付き合ったら何したいかリストでも作ろうぜー!」 「バカにしてるだろ!」 怒りながらも、少し照れくさそうにしている鮎川を見て白瀬はフッと笑った。 『特別』という言葉は便利だ。 どんな存在にだって使える。 そしてそれは形が変わっても言葉の重みは変わらないはずだ。 友情から愛情に変わる日がきた時も変わらず使い続けられる。 けれど・・愛情から友情に変わった時に、この言葉は使えるだろうか。 世南に対して『特別』という言葉は、もう二度と使えない気がする。 いや、きっと使いたくないのだ。 『特別』な友達だなんて・・ そんな存在になりたかったわけではないから。

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