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第10話 冬馬
『金木犀の匂いが好きだ』と言ったら、世南は『わかる!いい匂いだよね』と笑って返してくれた。
俺の好きなものを知るたびに、世南が嬉しそうにする。
世南と過ごす時間は静かで、優しくて、そして平穏だ・・・
うだるような暑さを越え、好きな匂いに包まれた時期を過ぎて、いつの間にか肌寒い季節に移り変わっていた。
冬馬は厚手のコートを着て、首をすぼめて歩く。
「冬馬君、寒がりだよね。一応まだ11月だよ?そのコートは暑くない?」
世南はブレザーの中にカーディガン一枚を着込んだ出立ちで笑った。
「暑くない。寒い方が嫌なんだよ俺」
「冬生まれなのにねぇ」
二人が肩を並べて歩いていると、後ろからドンと勢いよく押されて思わず前につんのめる。
「おっはよーさん!」
明るい声で小森が朝の挨拶をしてきた。
小森にいたっては、まだシャツにベスト一枚の格好だ。
「おはよ、小森!」
世南がニコリと笑って挨拶を返す。
「おうおう!冬馬君、すっかり早起きになったなぁ〜。最近俺より早いじゃん!」
「早く寝れば普通に起きられるんだよ」
「そんなこと言って〜。やっぱり藤野の愛の力あってでしょ?なっ!藤野!」
「はは。どうかなぁ〜。別にモーニングコールしてるわけでもないし」
「でも藤野が今後のためにも遅刻はしないほうが良いって言ったからだろ。冬馬君、藤野の言うことだったら本当聞くよなぁ。俺のモーニングコールには一度も出なかったくせに!」
「あれはあれで感謝してったって」
冬馬がフッと笑って言うと、小森はプーと頬を膨らませた。
冬馬と世南が付き合っていることを小森は知っている。
小森に隠し事はしたくないと世南が言ったからだ。
夏休みに入ってすぐ、三人で遊んだ時に世南の口から小森に付き合っていることを伝えた。
小森は最初、意味がわからないといった顔でポカンと口を開けて聞いていた。
それはそうだろう。
当たり前のように友達と過ごしていた二人が急に恋人になったと言われても、処理がおいつかないのは想像がつく。
しかも同性同士だ。
理解して整理するまでには時間がかかるに違いない。
しかし小森は少し間が空いた後、ウンウンと力強く頷きながら言った。
「なんか・・妙に納得してきた。だって冬馬君、俺より絶対藤野が好きじゃん。そりゃ、恋人だったら当たり前だよな」
「・・別に、俺は小森のことも好きだけど・・」
「あっダメでしょ冬馬君!俺藤野に嫉妬されちゃうじゃん!」
「あはは!さすが小森!俺も好きだ〜」
世南は可笑しそうにケラケラと笑う。
小森がどんな反応を示すか冬馬は内心不安に思っていたが、そんなに心配をする必要はなかったようだ。
世南もそれがわかっていたから小森には言おうと言ったのかもしれない。
それから小森は揶揄ったりはしてくるものの、良き理解者として二人と接してくれている。
三人で遊ぶこともあれば「それは二人で行けよ。俺も美希ちゃんと行くからさ」と言って、気遣い屋の本領を発揮してくれたりもした。
夏休みが明けてからもそれは変わらず、クラスでも冬馬と世南といい距離感で一緒にいてくれている。
「そういやお前ら、修学旅行ダウン持ってく?俺荷物になるのが嫌なんだよな」
小森が両手を頭の上で組みながら聞いてきた。
「え、小森持ってかないの?東京メインとはいえ、一日だけ富士山の近くで自然散策あるんでしょ。絶対寒いって」
「その自然散策ってさぁ、高校生の修学旅行でやることかねぇ。自然って言ったらこの周りだって自然だらけじゃん!今更じゃん!」
「環境とか色々ちがうんだろ。世界遺産だし」
冬馬がハァとため息を吐いて言った。
「もう来週なんだから早く準備しないと間に合わないぞ」
「わかってるけどさー。荷物多いのやだな〜」
ウダウダと文句を言う小森の横を世南がクスクスと笑いながらついて行く。
冬馬もその後に続いて学校へと向かった。
「えぇー!なんで白瀬達勝手に班決めちゃったの?!」
「班は自由なんだし私達入ったっていいじゃん!」
教室に入ると、そこでもどうやら修学旅行の話題で盛り上がっているようだ。
しかも相変わらず話題の中心は『あいつ』だ。
「あのな、修学旅行なんだから男子だけで盛り上がりたいんだよ。女子が入るとすぐ写真だなんだってうるさいだろ」
白瀬と仲の良い大嶋が文句を言っている女子に向かってため息混じりに答える。
「男だけとかむさ苦しい〜!ねぇ白瀬?私達入っちゃダメなの?」
女子生徒が上目遣いで隣に立っている白瀬に話しかけた。
「ごめんな。もうみんなで決めたことだしさ」
「えー。遊園地白瀬とまわりたかったなぁ」
「はは。人数多すぎると回りづらいじゃん?」
「でも、すでに白瀬達の班多くない?今回は珍しく鮎川君もいるし。私達が増えたって変わらないじゃん!」
「しつけーなー。本当」
「しつこいって何よ!?」
大嶋と女子達の言い争いを横目に冬馬達は席に着く。
夏休み明けに席替えをし、運が良いことに三人の席は近くなった。
窓際の一番前が世南、その隣が冬馬、冬馬の後ろが小森だ。
「女子こえーなー。そんなにあそこの班に混ざりたいのか?」
小森が小声で言う。
「やっぱり修学旅行って特別なんじゃない?」
世南は笑いながら鞄を机のよこに引っ掛けた。
「モテるの羨ましいーとか思うけど、女子のめんどい本性が見えるのは嫌だよなぁ」
小森は頬杖をつきながら言う。
「飯浜さんはどうなの?めんどいとかあるの?」
「美希ちゃんはない!性格もさっぱりしてるし、何より面食いじゃないからな。自分で言うのもなんだけど」
「はは!大丈夫だって!小森はかわいい系だよ」
「なんだよ可愛いって!そんなの言われてもうれしくねぇ。・・ていうか、それよりさ・・」
「?」
「俺、本当にお前らと一緒に回って良いわけ?別に気にしてないから二人で回ってもらっても良いんだぞ?」
小森が口先を上げながら聞いてきた。
修学旅行の班は三人で行動する予定になっている。小森はそれを気にしているようだ。
冬馬はフーと息を吐くと、小森の腕をコンとこずいた。
「あのな、そういう気遣いいらないから。小森と回るの俺楽しみにしてるし」
「そうそう!俺と冬馬君だけだとのんびりして終わっちゃうよ。小森がいないと盛り上がらないって!」
「おまえらー。俺をエンタメ扱いしてるな!」
小森はそう言いつつ鼻を擦って笑う。
せっかくの修学旅行なのだ。みんなで楽しまなくては意味がない。
世南もそう思っているはずだ。
冬馬はチラリと隣で笑う世南に目をやった。
付き合うようになってから、世南とはいつも一緒に帰るようにしている。
休みの日には時々二人で会ってゆっくり話をしたり買い物にも行く。
最近は来年の受験に向けて世南の家の近くの図書館で勉強もするようになった。
世南は将来のことや音楽のことには触れてこない。
今を一緒に、どれだけ穏やかに過ごせるか二人で模索しながら付き合っている感じだ。
「も〜!じゃあ一個はアトラクション一緒に乗って!それでいいから!」
女子の甲高い声が聞こえ冬馬はそちらに目を向ける。
「オッケー!オッケー!みんなで一緒に乗れるやつ考えとく!」
白瀬がヘラヘラと笑いながら親指を立てて言った。
冬馬はその様子を見た後、世南の方に目を向ける。
世南は白瀬達の会話など聞こえていないような顔でスマホをいじっている。
—本当に聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか。
世南から白瀬の名前が出ることはない。体育祭が終わってからは関わる機会は全くと言っていいほどになくなった。
それは先月あった文化祭でもだ。
相変わらず白瀬はクラスの中心で盛り上げていたが、文化祭委員は他にいたし準備も当日もグループが違うこともあり話すことはなかった。
冬馬にしてもそうだ。
以前は席が前後だったために白瀬から話かけらることはあったが、席替えをしてからというものの一回も話してはいない。
同じクラスと言っても、小森が言う一軍とやらは対岸のように距離がある。
このまま話すこともなく卒業までいってしまいそうだ。
一時期、世南と白瀬の関係を心配したこともあったが考えすぎだったのかもしれない。
——
「冬馬君の部屋ってほんと綺麗だよね」
世南が畳が敷かれた床にゆっくりと座りながら言った。
冬馬の部屋は元々和室だったところに机やベッドを置いている。
押入れもあるが、その中には収納ケースと突っ張り棒を入れてクローゼットのようにした。
床に物が散らかっているのは好きではない。
本当に必要なものだけを机の上に置いて、あとはクローゼットもどきの押入れへ突っ込んである。
「今日は家の人、誰もいないんだよね?」
「あぁ。じいさんもばあさんも今日は旅館に行ってる。なんかの会合があるとかで、今も月一くらいで顔出してるんだよ」
「元気に動けるのはいいことだね」
世南はニコリと笑って言うと鞄の中のペットボトルのお茶を飲んだ。
今日は日曜日だ。両親と祖父母は旅館へ、妹は塾へ行っている。
家に誰もいない日に、こうやって世南を呼ぶようになったのは最近だ。
休日はあまり家に居たくないらしい。
「家族団欒の邪魔になるから」と世南は言っていた。
お菓子を食べながらたわいのない会話をする。
ゆっくり話しながら、食べて飲んで、それからふとした瞬間にそっと世南の手に触れる。
それが合図だ。
お互いに目を合わせた後、世南がキュッと瞳を閉じる。
初めて世南がそうした時は驚いてぎこちなくなってしまい、触れるか触れないかのキスをした。
けれど今はそんなことはない。
優しくお互いの唇を重ね合わせた後、少し空いた隙間からするりと舌先を滑り込ませる。世南のちょっと苦しそうな声が漏れ出ると、変な加虐心が疼いてしまいもっと強く舌を捩じ込ませてしまう。
「ぅっ・・」
「・・はぁ・・せ、な・・」
口内を全部絡めとるように口付けをしてから、そっと離れると世南は顔を赤くしながらもへへっと笑った。
「キス、慣れてきたね!」
「うん・・」
キスをするようになってから、恋人らしい雰囲気が以前よりも出てきた気がする。
ずっと世南に触れたいと思っていたが、自分からいく勇気はなかった。だから初めての時、世南の方から目を瞑ってくれたのは嬉しかった。
「冬馬君、キス上手だよね。最初ぎこちなかったけど」
「最初から手慣れてる感じも嫌だろ」
「あはは!そりゃそうだ」
世南はそう言うと、もう一度チュッと優しく唇に触れた。
「・・・世南は」
「うん?」
「キス、今までにしたことあったのか?」
「え・・」
笑っていた世南の顔が固まる。
「いや、別にいいんだけど。初めてにしてはあんまり照れがないと思ったから」
「・・えぇ、そっかなぁ。俺だって照れてるよ!」
世南はニコリと笑う。それから冬馬の頬を両手で包むように触れて言った。
「冬馬君といると照れるより楽しくなるんだよ、きっと」
そんなことを笑顔で言われては、冬馬ももう何も言えない。
照れ隠しをするように、世南に抱きつくと顔を埋めながら世南の腰に手を回した。
「うはっ。つめた・・」
ビクッと世南の肩が震える。
「少しだけ。いいか?」
「・・・うん」
世南の返事を聞くや否や、冬馬は両手を世南の服の中に滑り込ませて柔らかい肌を撫で回す。
「ふふ。くすぐった・・」
クスクスと笑いながら世南は腰を捻らせた。
「余裕あるよな、ほんと」
冬馬はチラリと世南に目を向けると、その瞳を見つめたまま彼の尖った敏感なところに触れる。
「うっ・・」
世南はキュッと目を瞑ると、快感を我慢するかのように口を閉じた。
その様子を見て、冬馬はさらにそこを攻め続ける。
「・・はっ・・ぅん・・」
「・・世南・・・気持ちいい?」
冬馬がそう聞くとコクコクと小さく頷く。
その反応に気分をよくした冬馬は片手は尖った胸先に残したまま、もう片方の手を世南の下腹部へ移動させる。
そこはふっくらと熱を持って膨らんでいた。
「・・と、とうま君・・」
世南は恥ずかしそうにモジモジとそこを擦らせる。
「ぅん・・・」
優しく上からなぞるように触るだけで世南は甘い声を出す。
冬馬も我慢ができなくなり世南の手を取ると自身の昂ったそこに当てて言った。
「触って・・」
「・・・」
世南は無言で頷くと、そっとジッパーを下ろし、下着の隙間から冬馬のものを取り出す。
冬馬も世南のズボンと下着を一緒に引き下ろすと、赤色で勃っているそこに手で包み込みゆっくり扱き始めた。
「・・ふ、うぁ・ぁっ・・」
「・・・ぅん・・せな・・」
お互いのものを擦り合うたびに、二人の熱い吐息が混ざる。
「・・あっ・・まって・・ぁ・・う・・」
「・・はぁ・・せ、な・・せな・・・」
「・・あっ。やだ・・あっ、あぁぁ・・」
冬馬の手の動きが激しく、そして強くなっていく。
それに置いていかれないようにと世南も一生懸命手を動かすが、感じるたびにビクリと体を震わせてしまう。
「冬馬くん・・やっ・・待って・・」
「・・うん。一緒に・・・いこ・・」
「・・・」
少し瞳に涙を浮かべて世南が小さく頷く。
それから二人はお互いのものを擦り合わせながらその熱を外へ弾けさせた。
綺麗に手を洗った後、二人は改めて横に並んで座る。
世南は持ってきていたお菓子の袋を開けると冬馬に差し出して言った。
「・・冬馬君、気持ちよかった?」
「うん・・世南は?」
「気持ちいいよ。ありがとう」
「・・・」
笑ってそう答える世南を見て冬馬も目元を緩めた。
けれど・・本当はわかっている。そろそろこれでは物足りない。
それでも体に負担のかかることだ。急いではダメだし、世南の気持ちを置いていってはいけない。
「・・世南」
「うん?」
「・・修学旅行が終わってからでいいんだけど・・」
「うん」
「世南のこと・・抱いてもいいか?」
「・・・」
世南は口を少し開けてポカンとした顔をする。
それからふふッと笑うと首を傾げて言った。
「いいに決まってるじゃん。冬馬君は恋人なんだから」
「・・いや、一応・・体の負担もあるし確認は必要だろ」
「冬馬君は・・誠実だよね。ちゃんと一つ一つ確認してくれて、俺のペースを考えてくれる・・」
「・・・」
「恋人になるなら冬馬君みたいな人が理想だよね」
世南はそう言うとニコリと笑った。
「それ、自分で言うか?」
冬馬も釣られて笑う。
けれど・・心のうちでは何かが引っかかった。
『冬馬君みたいな人が理想』
それはまるで、誰かを引き合いに出して言ったかのような言葉だ。
一体誰と比べられたのだろう・・
今、確かに幸せだ。
穏やかで、静かで、ゆっくりと時間が過ぎていく。
それなのに・・
埋められたはずの穴がまた空いてしまうのではないか。
そんな不安が脳裏をよぎった。
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