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第11話 世南

「冬馬君先バス戻るなら言ってよ!!めちゃくちゃ探しちゃったじゃん!」 小森がプーっと顔を膨らませて言った。 「ごめん」 「・・っ?」 冬馬の様子が普段と違うことに気がついたのか、小森は首を傾げて黙り込む。 それから後ろに振り向くとコソッと世南に話しかけた。 「なぁ。冬馬君どうかしたのか?」 「ちょっと疲れたかな?」 世南は小森が気にしないように笑って言ったが、無理のある笑い方だったかもしれない。 あのサービスエリアの後から冬馬はずっと黙ったままだ。 白瀬とのことを話そうと思ったが、すぐに休憩や買い物を終えた生徒達がバスに戻ってきてしまい出来ずに終わってしまった。 あんな中途半端なことを言われたら、気にするに決まっている。 それでなくとも冬馬は普段からあまり自分の考えや気持ちは言わないのだ。 今、冬馬は何を考えているのだろう。 後方の座席からは白瀬達が楽しそうに笑っている声が聞こえる。 先ほどあんなことを言ったわりに、何も気にしていなさそうな明るく元気な声だ。 世南はハァとため息をついて斜め前に目をやった。 前方の通路側の席で鮎川が目を閉じて座っている。 車に酔いやすいからと前の席を希望したらしいが、白瀬は近くに座ってはやらないのだろうか。 先ほどの一件で、世南は白瀬に対して苛立ちを覚えた。 止めたにも関わらず、白瀬がベラベラと話し続けたことにだ。 しかも、昔のことを鮎川にも伝えてあるという。 これまで何も知らない顔をして鮎川と話してきたことを思い出し、世南は思わず顔を埋める。 鮎川とは文化祭の準備の時にも少し話をした。 もちろん、白瀬と付き合っていることには触れずにだ。 鮎川もあの日以来、そのことは言ってきていない。 特別に仲がいい友人でもなければ、恋愛に関する話はそうそうするものではないだろう。 そもそも、なぜあの時鮎川があんな話を急に自分にしてきたのか疑問に思っていた。 白瀬の話をしていたからなんとなく流れで言ってしまったのかな、なんて思っていたけれど、鮎川が自分と白瀬との関係を知っていたのなら納得ができる。 あれは、牽制だったのかもしれない。 なるべく、誰とでも問題なく過ごしていきたいのに・・ 次に鮎川と目があった時上手く話せるだろうか。 しかし、世南のそんな不安はすぐに試されることになってしまった。 「自然学習は先生が決めた班で行ってもらいます」 バスが富士山の麓の自然学習施設に着くなり、マツキヨ先生が車内の生徒達に向かって言った。 バスの中からは「えー!」と大きなブーイングが起こる。 「自然学習は遊びじゃないからな。ふざけ合ったりしないように班は決めておいた」 マツキヨ先生はそう言うと、一枚の紙を取り出す。 「1班から名前呼んで行くから呼ばれた生徒から上着を着て荷物を持ってバスから降りるように。外で班ごとに固まっていること」 「えー。ちょっとどうしよう〜。俺無理だってー」 前の席で小森が弱気な声を上げる。 「絶対俺達分けられるじゃん〜」 「大丈夫だって。班は分けられても洞窟探検するだけだろ。すぐ終わるよ」 世南が慰めるように言うと「2班、小森!」とマツキヨ先生の声が聞こえた。 「うひゃ!呼ばれたー」 小森は肩を落としながらリュックを持ち上げる。 すると後ろから「小森、よろしくな」と明るい声が聞こえた。 騎馬戦で世南と一緒だった三谷だ。 「俺も2班だぜ。ほら、外行こう」 三谷は爽やかに言うと、小森の背中を押す。 小森は「お、おう」と言ってチラリと世南と冬馬の方を見ると軽く手を上げて歩いて行った。 三谷と一緒ならきっと大丈夫だろう。 世南が安心していると「次、3班」という声が聞こえた。 「鮎川、白瀬、竹ノ内、藤野」 あまりのピンポイントすぎるメンバーに「えっ!?」と大声を出して世南は勢いよく立ち上がる。 「なんだ藤野?問題あるか?」 マツキヨ先生が不思議そうな顔で聞いた。 「あ、いや・・俺と冬・・竹ノ内君は一緒なんだなって、思って・・」 世南はしどろもどろで答える。 「竹ノ内は藤野と一緒じゃないと勝手にサボりそうな気がしたからな!藤野、お守り頼んだぞ!」 マツキヨ先生は笑いながら言う。冬馬が前の席で小さく舌打ちする音が聞こえた。 それから冬馬はゆっくり立ち上がると「行くぞ」と言ってチラリと世南を見た。先ほどのサービスエリア以来ちゃんと目を合わせる。 冬馬もこのメンバーには思うところがあるはずだ。 二人が黙っていると、横をズカズカと白瀬が勢いよく通って行った。 それから前の席に座っていた鮎川の背中を叩く。 「ほら!鮎川!行こうぜ!」 「・・うん」 鮎川も何か思っているのだろう。チラリと一瞬こちらに目をやったがすぐに視線を逸らすと白瀬の後について外に出て行った。 世南と冬馬もその後に続く。 四人はバスの外でジッと対峙した。 鮎川と冬馬はもともと喋らないタイプだ。黙っていても不思議ではない。 世南は何か言わなくてはと思ったが、先ほどの鮎川に知られているというショックからどんな顔をしていればいいかわからず下を向いた。 「おいおい!せっかくの修学旅行一日目なんだから楽しく行こうぜー!」 重い空気をぶち壊すかのように白瀬が笑って言う。 「鮎川俺と一緒でよかったな〜!」 白瀬がポンと鮎川の頭を叩いた。 「はっ?別に・・お前と一緒だと怒られそうで嫌だ」 「なんでだよ!?流石に真面目にやるって。自然を舐めたらダメだからな。ね?竹ノ内君?」 急に話しを振られ冬馬は白瀬に目を向ける。 「あぁ。もしお前が足踏み外しても俺は助けないからな。ちゃんとやれよ」 「こっわー!俺がそんなドジする訳ないだろー!」 白瀬が笑って言った。 こんな気まずいメンバーでもちゃんと明るく盛り上げようとする。 白瀬は楽しむべきことはちゃんと割り切って、楽しもうとするタイプなのだろう。 それならこちらも勝手に意識して変な空気を作っている場合ではない。 世南はニコリと笑うと「とりあえずよろしく!」と班のメンバー全員に目を向けて言った。 鮎川ともパチリと目が合う。 世南は目を逸らしそうになったのをグッと抑え笑い続ける。 鮎川は「あぁ」と小さく返事をしてくれた。 「うわ!さむ!」 「なんか昼間なのに暗くない!?」 生い茂った原生林の間を歩きながら生徒達がそれぞれ楽しそうに進んで行く。 現地ガイドの案内で世南達は日のあまり当たらない森の中へと入って行った。 「なんかちょっと不気味だね」 世南は冬馬に笑いかける。 「・・そうだな」 冬馬はぶっきらぼうに一言だけ答えるとドンドン前へ進んで行く。 あれからまた冬馬は世南の方へ目を向けてくれなくなった。 おそらく聞きたいことも聞けず、どんな顔をしていいか分からないのだろう。 取り繕うのが冬馬は下手なのだ。 「鮎川、足元大丈夫か?」 白瀬は後ろを歩く鮎川に手を差し出した。 苔の生えた木の根っこは滑りやすい。 「大丈夫だよ」 鮎川は口元を尖らせる。しかし次の瞬間、予想した通りズイッと鮎川は足元を苔にとられ「うわ」と小さな声をあげた。 白瀬はとっさに鮎川の腕を掴む。 「ほら。全然大丈夫じゃないじゃん。大事な足が怪我しちゃったらどうするんだよ」 「・・・うるさい」 「はいはい。ありがとってことね」 白瀬はそう言うと笑って再び歩き始めた。 白瀬といる時の鮎川は、いつも以上にツンとしていて、けれどそれが可愛らしい。 気を許しているからこそ素直じゃない態度を取れるのだろう。 白瀬もそんな鮎川のことをよく分かっているようだ。 それに、本気で鮎川が怪我することを心配している。 陸上を頑張っている鮎川のことをちゃんと支えようとしているのだろう。 表向きはただのクラスメイトを装っていても、お互いを特別に思っているのが伝わってくる。 これがこの二人の形。 自分と白瀬では成し得なかったことだ。 白瀬と鮎川の様子を見ながら世南はギュッと手のひらを握った。 「今から洞窟に入ります。道は整備されてるけどさっきよりも滑りやすいから気をつけて下さいね」 ガイドが洞窟前の入り口で呼びかける。生徒達は「はーい」とあまり覇気のない返事で答えると、ゾロゾロと階段を降りて洞窟の中へと入っていった。 中は天井が低くヒンヤリとしている。 ダウンを着てきて正解だったなと世南は思った。 前を歩く冬馬も厚手のダウンを着ている。 湿った床に気をつけながら歩いていると、ガンと頭に衝撃が走った。 天井に頭をぶつけたのだ。 「いってぇ・・」 叫ぶほどの痛さではないが、ゴツゴツした岩にぶつけたのでじわじわと痛みが広がってくる。 頭を抑えていると「大丈夫か?」と先を歩いていた冬馬が戻ってきて言った。 「うん。ごめん。下に気を取られてた!」 世南は心配させないように明るく答える。 「見せて。切れてるかもしれないし」 冬馬が頭を抑えている手に触れながら言った。 「あ、大丈夫!切れてないよ!ほら!」 世南はピラピラと手を振り、ぶつけた箇所を見せた。 「・・気をつけろよ」 「うん!ありがとう」 世南が答えると冬馬は再び前に向き直り歩き始める。 「・・竹ノ内君って」 世南が歩き出そうとした瞬間、後ろから声がした。 「藤野君には優しいよね」 鮎川がジッと世南の瞳を見つめて言った。 「え・・あはは。そうかな?」 世南はわざとらしく首を傾げる。 鮎川は自分と冬馬が付き合っていることは知らないはずだ。 白瀬が言っていなければだが・・ 「そうだよ。竹ノ内君は藤野以外が怪我したら気づきもしないんじゃない?基本他人に興味なさそうだし」 「はは。どうかな。小森の怪我には流石に気づくと思うけど」 「・・ふーん」 鮎川にジッと見られて思わずパッと前を向く。 何かを勘繰られているような居心地の悪さを感じた。 鮎川は、やはり気づいているのかもしれない。 十五分ほどで洞窟を抜けると、そのあとは施設に戻ってガイドからの説明を受けることになった。 これで班行動は終わりだ。世南はほっと胸を撫で下ろす。 班行動が解散になると、皆それぞれ仲の良いメンバーで集まって話始める。 小森もわーっと両手をあげて近づいてきた。 「お前らずり〜よー!なんで俺だけ別の班なの!?」 「でも三谷も居たし悪い班じゃなかっただろ?」 「そりゃ、そうだけどさー」 世南がヨシヨシと小森の頭を撫で回している間も冬馬は黙ったままだ。 これは、夜どこかで話す時間を作らなくちゃな・・ 世南はフゥと小さく息を吐いた。 それから施設での説明を終えると、一行は再びバスに乗り一日目の宿泊場所へ向かった。 富士山の麓に近い国民宿舎だ。 大部屋がたくさんある宿舎で、一日目は各クラス男子女子に分かれて一つの部屋で寝ることになっている。 「はー・・気が重い」 今回は世南の隣に座った小森がボソリと呟き小さなため息をついた。 小森は普段、同じ教室の中では世南と冬馬以外にはかなり気を使って過ごしている。一晩一緒に寝泊まりするとなったらさらに気を使うだろう。 「今日はさ、風呂入ったらすぐ寝ようよ。寝たらすぐ明日になるし」 世南が慰めるように笑う。 「すぐ眠れるかなぁ〜。俺色々気になって眠れないかも・・」 「じゃぁ小森が寝るまで俺が起きてるよ!子守唄でも歌おっか?」 「何だよそれ!バカにするなよな!」 小森がグーの手で世南の腕をポコンと叩いた。 今日の宿泊が気が重いのは世南も一緒だ。 理由はわかっている。 同じ部屋に白瀬がいるからだ。 しかし泊まると言っても今日一晩の話だしクラスメイトがみんないる。 きっと普段の教室と同じように、関わらなければ話すこともなく終わるだろう。 先ほど小森にも言ったが、今日はさっさと寝てしまうのが一番だ。 それからほどなくして宿泊所に到着した。 夕飯の時間までは自由時間だ。 生徒達は仲の良い者同士で集まって好きなように過ごしている。 世南達も荷物を部屋に置くと、宿泊所を見て回ることにした。 しかしその間も冬馬はほとんど話さない。 その空気に耐えられなくなったのか小森がコソッと世南に耳打ちをした。 「なぁ。お前ら何かあったんだろ?ちゃんと話し合えよ〜。このまんまじゃ俺がキツイ!」 「・・ぅん。そうだよな。ごめん」 「俺、売店とか適当に見てそのまま食堂行くから。ちゃんと仲直りしてこいよ!」 小森はそう言うと「じゃ!また後で!」と手を上げてそのまま早足で離れて行った。 残された世南と冬馬はお互い視線を外して黙り込む。 その間にも他の生徒達が横を通り過ぎていく。 ここにいては少し気まずい。 「・・冬馬君、部屋戻ろっか。多分今なら誰もいないし。ちゃんと話したいから」 世南がそう言うと冬馬は返事の代わりにチラリと世南を見る。それから先にスタスタと歩き始めた。 世南はそんな冬馬の後ろをゆっくりと着いて行く。途中何人かのクラスメイトとすれ違った。皆楽しそうに笑っている。 本来の修学旅行とはああいうもののはすだ。 早くこの重い空気をどうにかしたいと世南は思った。 部屋に戻ると、予想した通りそこには誰もおらずそれぞれの荷物が乱雑に置かれているだけだった。 二人は中央の荷物のないスペースに向かい合って座る。 冬馬は世南が話し始めるのを待っているのだろう。何も言わずに下を向いている。 世南は目元を緩めると「冬馬君」と声をかけた。 冬馬がゆっくりと顔を上げる。 視線があったところで世南は静かに話し始めた。 「ちゃんと、話してなくてごめん。もう昔の話で終わったことだから話さなくていいやなんて思っちゃってた」 「・・・」 世南の言葉に冬馬は表情を変えず耳を傾ける。 「・・白瀬とは、前も言ったけど中学が一緒で。あっ、クラスは同じじゃなかったんだけどね。でも、友達だった」 「・・それはただの友達か?」 「当たり前だよ。白瀬の家が薬局でさ、俺昔からお使いでそこに行ってたんだ。それで知り合って仲良くなった。荷物が多い時は持ってもらったりしてさ・・」 そう。そういう普通の友達だった。 そうだったはずなのに・・ 「・・でも、俺は自分でも気づかない間に白瀬のこと好きになってた。ちょうど妹達が生まれたばかりでさ。色々、自分でもいっぱいいっぱいの頃で、白瀬の存在が支えだった。でも、お互いの気持ちを確認することはなくて、ただ一緒にいれば楽しかったからそれ以上のことは何も望んでいなかったんだ」 「・・けどキスしたんだろ?」 「・・・」 冬馬に聞かれて世南は黙る。『あの事』をどういう風に伝えよう。 「・・キスは、した。二人でキャンプごっこした時に。テントの中で。でも気持ちを伝えたわけじゃない。なんとなくそういう雰囲気になっただけ」 「・・・」 「でも、だから、その後なんとなく気まずくなっちゃってさ!話さないうちに白瀬には彼女が出来たし、一瞬の気の迷いだったのかなって思って俺も忘れることにしたんだよ」 世南はなるべく明るく、そして軽い口調で言った。 大した話ではないと思ってもらうためだ。 伝えるほどの過去ではなかったと伝わったらいい。 「・・その話が本当なら、あいつは・・白瀬はまだ忘れてないんじゃないか?」 じっと世南を見つめながら冬馬はボソリと言った。 「え・・」 「今日の、白瀬の態度は明らかに俺への牽制みたいだった。それにもう世南のことをとっくに忘れてるなら、キスなんてしないだろ」 「・・それは・・」 口ごもりながら世南は下を向く。 そう言われてしまえばそうなのだ。 なんで白瀬は今日キスなんてしたのだろう。 鮎川という恋人がいるのに。 昔から軽いし手が早いと言われてきたけど、恋人がいる状態で他に手を出すほど最低な人間だということか。 中学の頃、一緒にいて楽しかった白瀬からは想像できない。 世南が黙っていると冬馬が口を開いた。 「俺、前に一度放課後の教室で白瀬が一人でいるのを見かけた」 「・・放課後?」 「あぁ。忘れ物をとりに戻った時。教室にはあいつ一人だけ。それで、世南の机の前に立っていた」 「・・え」 「その時からなんとなく不審に思ってた。白瀬は世南と何かあるのかなって。でも仲良さそうには見えなかったしわからないまま・・でも今思えばやっぱり俺の勘は当たってたってことだよな」 「・・・」 「あいつ、世南に未練があるんだよ」 冬馬のその言葉に世南はパッと顔を上げる。そして思わず叫んだ。 「っ!けど、今白瀬には恋人がいるから!」 「いるから?だからなんだ?今までにもあいつは彼女いたんだろ。それでもずっとお前に未練があるままなんだよ」 「・・・」 世南は両手をギュッと握りしめる。 そんなこと言われたって、もう終わったことに変わりはないのに・・ 「・・・」 「・・・」 少しの間、沈黙が流れた。 どうするべきか、答えが出ない。 世南がぐるぐると頭の中で考えていると「世南・・」と冬馬が優しい声で言った。 「俺は、世南が好きだ。世南は?」 その言葉にハッとして顔を上げると、バチっと冬馬と視線がぶつかる。 世南は思わず両手を広げると冬馬の肩に抱きついて言った。 「好きだよ。俺は・・冬馬君が大切だって思ってる」 「・・なら、迷うことないだろ?」 「うん・・うん・・」 冬馬の肩に顔を埋めて小さく頷く。 そんな世南の頭を冬馬が優しく抱きしめた。 そうだ。 答えは決まっている。 冬馬といるって決めたのだ。 たとえ白瀬に何か言われても、迷う必要なんてない。 迷ったらそれは・・冬馬への裏切りになってしまうのだから・・

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