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第12話 冬馬

・冬馬 「なぁ!あれ!あれ乗ろうよ!」 昨日遅くまで起きていたはずなのに、小森は朝から元気いっぱいに小走りでかけていく。 「待ってよ小森!冬馬君まだ半分寝てるから!」 その後を世南が笑いながら追いかけて行った。 冬馬はそんな二人の様子をボゥッと眺めながらゆっくりと歩く。 実際まだ瞼は重く陽の光が痛い。 昨夜は三人でお菓子を食べながら色々な話しをした。 小森は特に恋愛トークがしたかったのか、デートでおすすめの場所や卒業後の理想像の話をしてきた。 その度に世南は少し照れたような顔をして答える。 冬馬はほとんど聞き役に徹した。 気がつけば夜中の三時になっていて、慌ててベッドに入ったものの六時起床だったため睡眠時間は経ったの三時間しか取れなかった。 朝の弱い冬馬にはかなりキツイ状態だ。 それでも今日は修学旅行三日。 生徒達が一番楽しみにしていた一日遊園地での自由行動の日だ。 世南と小森も目が覚めた時からテンションが高かった。 気怠げだったのは冬馬一人だ。 なんとか遊園地までのバスの中で仮眠をとったが、まだ完全な覚醒までには時間がかかりそうだ。 「眠気覚ましになるだろ!行くよ冬馬君!」 小森が向かっている先には猛スピードで人工物の山を駆け降りて行くジェットコースターが見える。 苦手てではないが、いきなりあれに乗ってテンションがついていけるだろうか。 そんなことを考えていると、世南が口を一文字に結んだまま立ち止まった。 「・・近くで見ると、結構速いね・・」 世南は視線を上に向けてジェットコースターを見つめる。 「あれ?藤野もしかして怖いのか?昨日は大丈夫って言ってたのに」 小森が首を傾げて聞いた。 「いや、まぁ・・乗ったことはなかったんだけどさ。でもテレビとかで見てて大丈夫だろうなって思ってた」 「・・で、今目の前にしてどうなんだよ?」 「・・ちょっと無理かも・・」 世南がボソッと言うと「えーーー」と小森がのけぞった。 「マジかよ〜。どうする?やめておくか?」 「・・いや、でも・・せっかくきたし・・」 世南は背負っていたリュックの肩紐をギュっと握る。 その様子を見て冬馬は声をかけた。 「・・世南。別に無理に乗らなくてもいいんだぞ?」 「そうだよ。これで気絶でもされたら大変だしさ。別のに乗ろうぜ」 小森も気にさせないように明るく言う。 「えっ!それはダメだって!小森楽しみにしてたじゃん!あ、俺さ、あそこでショー見てるからさ!その間に二人乗って来ちゃいなよ!」 世南はそう言って、ジェットコースターの横に出来ているスペースを指差した。 どうやらあと数分すると、あそこで何かのショーが行われるらしい。チラチラと人が集まって来ている。 「え、でもそれじゃ藤野がつまんないじゃん」 小森が腰に手を当てて言う。 「そんなことないよ!俺のせいで小森達がジェットコースター乗れない方がつまんないよ。小森の感想聞きたいし!東京なんてなかなか来られないんだから絶対乗ってくるべき!」 そう言うと世南はパッと二人から離れる。 「じゃ!楽しんできてよ!!俺外から手振ってるから!!」 それから世南は呼び止められる前に逃げるかのように、サッとショーのスペースめがけて駆けて行ってしまった。 冬馬と小森は二人取り残される。 「どうする?冬馬君?」 「・・ジェットコースター、乗ってくればいいんじゃないか。これで世南のとことへ戻ったらきっと怒るだけだ。変に気を遣われるの嫌いだろ」 「・・さっすが、彼氏はわかってるね〜」 揶揄うように笑う小森の肩を軽く小突くと、冬馬はスタスタと歩き出した。 さすがは人気のアトラクションだ。 ジェットコースターの入り口にはズラッと列が出来ている。 冬馬と小森ががその列の最後尾につくと、少し先の方に見慣れた団体が並んでいた。 十人ほどの男子高校生達が笑いながら話している。 そのうちの一人とバチっと目が合った。 冬馬は思わず目を背ける。 嫌なやつと目が合ってしまった・・ 白瀬康成。 なぜよりにもよってこんなに大勢の人がいる広い場所で、あいつと鉢合わせなくてはいけないのか。 世南から昔の話を聞いて、スッキリと納得したわけではない。 どう考えたってあいつはまだ世南に未練がある。 恋人がいるらしいが、ああいう奴は自分が好かれていればそれだけで付き合ってしまうのだろう。 相手を思いやる気持ちなんて持ち合わせていないのだ。 そんなやつと、世南が昔両思いだったなんていまだに信じられない。 昔、白瀬は支えだったと言っていたが、世南にあいつは絶対に合わない。 上手くいかなくて正解だったのだ。きっと付き合っていたら、悲しい思いをさせられていたに違いない。 自分の方が世南を幸せにできる。 そう・・ そう思うことで自分が知らない二人の過去を否定し、今の自分達の関係を肯定している。 だって・・俺には世南が必要だからだ・・ 「あ、白瀬達のグループじゃん」 小森も気づいたのか、少し先に並ぶ白瀬達に目をやった。 「やっぱりみんな最初はこれだよな〜!ところで、冬馬君はジェットコースター怖くないの?」 「これくらいのだったら怖くない。回転するのは嫌だけど」 「えー!そうなんだ!冬馬君のことだからなんでも平気って言うのかと思ってた〜」 小森が驚いたように目を丸くする。 するとちょうどその時、前の方からこちらに戻ってくる人物と小森の背中がぶつかった。 「あ、すみません・・」 小森が謝りながら振り向くと、そこには鮎川が立っていた。 「鮎川君、ごめん!」 小森はもう一度ペコっと頭を下げて謝る。 「いや、俺が流れに逆らってるだけだから。こっちこそごめん」 鮎川もペコリと頭を下げると、チラリと冬馬と小森に目をやった。 「えっと、鮎川君どうしたの?トイレ?」 鮎川とあまり話したことのない小森が不自然さを悟られないように話しかける。 「違う。あんまりジェットコースター得意じゃないから。並ぶのやめるだけ」 「あっ、そうなんだ!藤野もそうだぜ!」 「・・藤野君も?」 「おう。ジェットコースター怖いらしい。もうすぐ近くでなんかショーが始まるみたいだからそれ見て待ってるって。鮎川君も良ければ見てみなよ!」 「・・・そうだね、ありがと」 鮎川はお礼を言うと、スッと冬馬達の横をすり抜けてジェットコースターの待機の列から出て行った。 「ふー。鮎川君クールそうだから緊張した〜!」 小森が大きなため息を吐く。 「そんなに緊張するなら無理に話しかけなくてもいいだろ」 「だって同じクラスなのに無視するのも変じゃん!せっかく修学旅行来てるんだし!」 「・・ふーん。そういうものか?」 「そういうものだよ!まぁ今日は遊園地だからな!テンションもちょっと高めだよ!」 確かに今日の小森は普段よりも明るく積極的な雰囲気だ。 小森の言う通り、今日は楽しみに来ているのだ。 あまり白瀬のことは考えないようにしよう。 冬馬はそう決めると、白瀬達のグループからは視線を外すことにした。 結局、ジェットコースターに乗れたのはそれから四十分ほどしてからだった。 隣の小森は乗っている間も降りてからもずっと笑っている。 「お疲れ〜!楽しかった?」 世南がピョコピョコと近づいて来た。 「やっばい!めっちゃ楽しい!!最高!」 「それはよかった!小森の楽しそうな顔が見れて俺も安心だよ」 「藤野はどうだった?ショー見れたか?」 「・・うん!俺も楽しかったよ」 世南はニコリと笑う。それから冬馬に視線を向けて聞いた。 「冬馬君も、楽しかった?」 「あぁ。横の小森がうるさかったのが楽しかった」 「なんだよそれ〜!!」 小森がテンションの高いまま叫ぶ。 「あはは!よし、じゃあ次は何乗ろうか!」 世南はそう言うと遊園地の地図を広げた。 それから園内ぐるりと回って様々なアトラクションに乗ったが、白瀬達のグループと遭遇することはなかった。 もしかしたらすれ違っていたかもしれないが、人が多くて気づかなかったのかもしれない。 世南と小森と三人で、冬馬は楽しい時間を過ごした。 「明日で修学旅行最後か〜。早いな〜」 小森が両手を頭の上に置いて言った。 「明日は国会議事堂の方バスで回ってそのまま空港って言ってたよな?あっ!俺父ちゃんにお土産買ってないや!」 「お土産?なら明日空港で見れば?」 世南がそう言うと、小森はぶんぶんと頭を振った。 「遊園地で買ってこいって頼まれてたんだよ。忘れてた!ちょっと今から見てくるよ!お前ら先に時間になったらバス戻ってて!なっ!じゃ!」 小森はそう言うとピュッと駆けて行く。 「気、使ってくれたのかな?」 小森の背中を見ながら世南が言う。 「そうかもな・・」 冬馬も小森の背中を見送りながらボソッと言った。 集合時間は十八時。 今は十七時をちょっと過ぎた頃だ。 あたりはすでに陽が落ちて、綺麗なイルミネーションが輝いている。 カップルにとってはもってこいのシチュエーションというやつかもしれない。 冬馬はチラリと横の世南に目をやった。 世南もそれに気がついたのか冬馬の方に目を向ける。 それからニコリと微笑んだ。 「すっごい綺麗だね!何個の電球使ってるのかなぁ」 「さあな。数えてみるか?」 「あはは!無理でしょ!」 そう言ってクスクス笑う世南の手に自身の手をそっとぶつける。 本当はしっかりと繋ぎたいが、人目の多いところだ。誰かに見られてしまうかもしれない。 「あっ!冬馬君!あそこで何かやるみたい!行ってみよう!」 世南が指差したところには小さなステージがある。 席は埋まっていたが立ち見はまだ大丈夫そうだ。 「あぁ。そうだな」 冬馬と世南がそこに移動すると同時くらいに、ステージの上に楽器を持った人達が現れた。 それに続いて着ぐるみのキャラクターもやってくる。 どうやら、音楽に合わせれキャラクター達がダンスをするショーらしい。 キャラクター達の掛け声ととともに、生演奏が始まった。 ドンと叩かれたドラムの音が胸を突く。 それからお腹に響くようなギターとベースの音の振動に、冬馬の頭がグラリと揺れた。 懐かしい。 まだ一年も経っていないのに。 楽器から奏でられる音がこんなにも懐かしく思える。 バンドを辞めてから、全く触れていなかった。 曲を聴くこともしなかった。 もうなくしてしまったから。 もしまた、その熱に触れたら・・どうなるだろう。 焦がれても手に入らないもののことを考えるのはキツイ・・ けれど・・ 「・・・・」 頬が濡れたのがわかった。 雨でも一粒落ちて来たのかと。 けれど違う。わかっている。 これは・・ 「・・冬馬君」 横で世南がキュッと自身の小指を冬馬の小指に絡ませる。 「・・バンド、やりたいんだね」 「・・・」 冬馬は黙ったままジッとステージを見つめた。 それから頭を振る。 「違う。無理だから・・もう出来ないから・・」 「・・そうかな?」 世南もステージを見つめたまま言った。 「俺は、もし冬馬君がやりたいなら、できると思ってるよ。冬馬君が新しく作ればいい。冬馬君のバンドを」 「・・・俺が?」 「そうだよ、本当にやりたいなら。待ってるんじゃなくて。冬馬君が自分で求めればいいんだよ。求めていいんだよ」 「・・・」 「大切なものは、自分で作ってもいいんじゃないかな?」 そう言って世南はニコリと笑った。 「・・・」 大切なもの。 音楽を、バンドを無くした時、それはもう二度と手に入らないと思った。 自分で作るものではないと思ったから。けれど・・ 作っていいのだろうか。作れるのだろうか。 本当に自分が求めているものはなんなのか・・ 懐かしい音を聞きながら、冬馬は世南の小指をきつく握った。

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