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第12話 世南
修学旅行が終わって、いつもの日常が戻って来た。
けれど、一つだけ変わったことがある。
冬馬君が、学校の軽音楽部に入った。
「冬馬君、今日も行くの?」
帰りのホームルームが終わり、世南は冬馬の方を向いて聞いた。
「あぁ。音合わせたいって言われてるから」
「軽音部って何人いるんだっけ?」
「男子が二人と女子が四人。女子はもう四人で組んでるけど、男子は助っ人に入ってもらって演奏するくらいだって言ってたから・・」
「ふーん。いいじゃん!楽しそう!今度遊びに行かせてね!」
「あぁ。じゃあまた連絡する」
冬馬はそう言うと、肩からギターを下げて教室を出て行った。
去年は毎日のように見た光景だ。
冬馬の肩に、彼の武器が返ってきた。
世南は冬馬の後ろ姿を見送ると、ゆっくりと席を立ち上がる。
小森はとっくに教室を駆け出して行ってしまった。
今日も一人の帰り道だ。
冬馬に軽音楽部を勧めたのは世南自身だ。
外でバンドをやっていること、そして留年していることを負い目に感じていたのか冬馬はずっと学校内の軽音楽部には近づかなかった。
しかしすでに冬馬と同級生だった三年生は引退しているし、今は一年生だけだと世南は知っていた。
だから冬馬に勧めたのだ。
今の軽音楽部なら、きっと何も知らない状態で先輩として冬馬を受け入れてくれる。
あの時冬馬が見せた涙が、きっと本当の冬馬の意思なのだろうと思う。
ずっと隠して見ないようにしてきた物。
触れない方がいいのかと思って言わないでいたが、それはどうやら間違いだったのかもしれない。
もっと早く、新しい方法を見つけてあげるべきだったのだ。
修学旅行から帰ってきてからというもの、冬馬はほぼ毎日の様に軽音部へ顔を出すようになった。
休みの日に世南が冬馬の家に遊びに行った際には「ギターの練習をしてもいいか?」と冬馬に聞かれた。
世南は笑って「もちろん!」と答えた。
『修学旅行が終わったら抱きたい』
そう言っていた冬馬の気持ちは、もしかしたら変わってしまったのかもしれない。
それでもいい。
冬馬の好きなものが帰ってきたのなら・・
世南が教室の扉を出ると、ちょうど同じタイミングで鮎川が廊下を歩いてきた。
鮎川はチラリと世南を見る。
「今日も一人?最近竹ノ内君といないんだね」
「冬馬君、軽音部に入ったんだよ。それで最近は部活ばっかり」
「・・ふーん。そうか」
鮎川はそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。
鮎川とは、修学旅行が終わってから時々話をする。何もなかったかのように、普通の顔で。
そのきっかけは修学旅行中にあった。
三日目の遊園地。
たまたま鮎川と二人きりになるキッカケがあったのだ。
冬馬と小森がジェットコースターに乗る間、世南は外のスペースで行われる大道芸のようなショーを見ていた。
その時ふと隣に立ち一緒に見ていたのが鮎川だったのだ。
最初は鮎川が隣にいることに驚いた。
しかし昨日も何も知らないふりをして少し話したのだ。何か言わなくては不自然だ。
「あ、鮎川君一人?班の人達は?」
鮎川に向かってニコリと微笑んで話しかける。
すると鮎川は一瞬チラリと世南に目を向け、再び視線を前に戻してから話し始めた。
「今ジェットコースター並んでる。俺も最初は勢いで並んだけど、あんまり好きじゃないから抜けて来た」
「そうなんだ!俺もだよ!冬馬君と小森がジェットコースター乗る間ここで待ってるんだ」
「知ってる。さっき列抜ける時小森君達と会って聞いたよ」
鮎川は世南の方は見ずに会話を続ける。
「あ、そうなんだ・・」
ここに自分がいることを知っていて来たということだろうか・・
なんとなく気まずい気持ちになり世南は下を向いた。
「あのさ・・」
ボソリと鮎川が言う。
「俺と白瀬、もう何でもないから」
「・・え?」
世南は顔を上げて鮎川を見つめた。
「白瀬とはもうただのクラスメイトだから。なんならもう関わる気もないし。今は修学旅行中で同じ班だから仕方ないけど、終わったら一切話さないつもり」
「・・・あ、そう、なんだ・・えぇっと。その、なんで・・」
なんと言っていいのか分からず世南は口ごもる。
「あいつのこと嫌いになったんだよ。まぁ、もともと性格合わなかったしな。考え方も合わないし、そんな奴と一緒にいても楽しくないだろ?」
「・・・そっ、か・・」
世南はそれ以上返す言葉が見つからず再び下を向いた。
黙り込む世南を鮎川は一瞥してから言葉を続ける。
「なんであんなやつのこと良いと思ってたのか、本当謎。全然誠実じゃないしさ。恋愛ってバカみたいだ」
「・・・」
「だいたい白瀬は適当なんだよ。誰にでも良い顔してヘラヘラ笑ってさ。ムカつくと思わない?」
「えっ・・と、確かに白瀬は誰にでもヘラヘラしてるかも?」
鮎川の勢いに押されて、世南は苦笑いを浮かべて答える。
「でしょ?あのバカみたいな明るさに騙されたんだ。あいつ、自分が世界の中心だとでも思ってるんだよ。自分なら何しても許されると思ってるんだ」
「はは・・確かにそうかも・・」
鮎川がこんなに感情を出して喋るのも珍しく、世南はつい笑ってしまう。
すると、鮎川は一呼吸置いてからポツリと言った。
「だから・・俺は絶対に許さないことにした」
「え・・」
「俺だけは白瀬を許さない。誰だって許してくれると思ったら大間違いだって分からせるんだ。俺を・・あいつの人生の汚点にしてやる」
「・・・」
「ざまぁみろだろ」
鮎川はそう言って目の前で始まった大道芸を見つめた。
その瞳は綺麗で清々しい。でもどこか寂しさが滲んでいるような気もする。
「・・鮎川君は・・」
世南も大道芸に目を向けると、そのまままっすぐ前を向いて言った。
「白瀬の汚点じゃなくて、絶対に消えない傷になったんじゃないかな?人に嫌われることなんて滅多にない白瀬からしたら、すごいショックなことだろうし」
「・・・」
鮎川は前を向いたまま黙る。
しかし少ししてからフッと笑うと「ならいいな」とボソッと言った。
その様子を見て、世南はホッと静かに胸を撫で下ろす。
瞳から寂しさが和らいだような気がしたからだ。
それから少しの間二人は黙って大道芸を見ていたが、終盤に差し掛かったところで鮎川が小さな声で言った。
「・・藤野君はさ」
「うん?」
「白瀬が、唯一適当にできない相手なんだよ」
「・・え」
「適当に出来ないから、近づけないでやんの。馬鹿だよな」
「・・・」
「もし・・もし今度、あいつが近づいてきたら・・何とかしてやってよ」
「・・・・鮎川君」
ワッと大きな拍手と歓声が上がる。
ちょうどショーが終わり、集まっていた人がバラバラと四方へ動き始めた。
鮎川もクルリと背を向けて歩き出す。
世南は鮎川を呼び止めようとしたが、その背中を見て手を引っ込めた。
きっと、最後に言った言葉が、鮎川が一番伝えたかったことだろう。
鮎川の精一杯の想いを濁してはいけない気がした。
ーー
あの時以来、鮎川とは白瀬の話はしていない。顔を合わせればたわいの無い会話をする程度だ。
冬馬との関係にも気づいていそうだがそこには触れてこない。
鮎川は以前と変わりなくストイックに部活に専念している。
そして鮎川が宣言していた通り、修学旅行が終わってから鮎川と白瀬は全く話さなくなった。
白瀬からも近づかない。
以前はあんなにグイグイと鮎川に絡みにいっていたのに。
白瀬は確かに鮎川に対して好意を持っていた。
それは間違いないと思っている。
鮎川が別れを告げなければ今だって上手く付き合っていただろう。
白瀬は何事もなかったかのように笑っているが、実際は結構凹んでいるのではないかと思っている。
けれど・・それは今の自分には関係のないことだ。
今、自分には冬馬がいる。
白瀬が落ち込んでいるからと言って、何かしてやることはない。
そう。何もしてはいけないのだ。
少なくとも、自分からは・・
冬馬を支え、冬馬と穏やかな時間を過ごすこと。それを最優先するべきだ。
世南は一人で昇降口へ向かうと、雑に自身の靴をバンと落とした。
小森もいない、冬馬もいない一人の帰り道。
ふと、寂しさが芽生える。
去年までは母と妹達のためにと放課後頑張っていた。
しかし最近は母と妹達の時間を邪魔しては悪い気がして、少しゆっくり帰っている。
家に着いてから気がついた家事をすることで、罪悪感を薄めている。
自分の、居場所はどこだろう。
どこにいけば必要とされるだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、数人の生徒達の楽しそうな笑い声が聞こえた。
テニスラケットを肩からかけた白瀬達がこちらに向かって歩いてくる。
世南は急いでその場を離れようと思ったが、まだ靴が履けていない。
上履きを下駄箱にしまったタイミングでテニス部のメンバーが到着してしまった。
彼らは世南がいることは気にも留めない様子で会話を続ける。
「やっぱりカラオケにしようぜ!カラオケ!」
「えー。ファミレスでダラダラ喋るだけでよくね?部活休みになるの久々だしさー」
そういえば、今日テニス部の顧問をしている先生が早退したという話を聞いた。
テニス部は休みになったのか・・
そんなことを頭でぼぅと考えながら、世南は靴のつま先をトントンと蹴る。
「なぁー白瀬はどっちがいい?」
『白瀬』という言葉にギクリとして肩が揺れた。
「うーん・・そうだなぁ・・」
決めかねているのか歯切れの悪い返事をする白瀬の声が聞こえる。
白瀬とはあのバスの時以来ちゃんと話してはいない。
時間が経つにつれて、なぜあんなことをしたのか。驚きよりも怒りの気持ちの方が込み上げてくる。
「誠実ではない」という、鮎川の言葉が思い出された。
世南は靴を履き終えると、早くこの場を去ろうと踵を返した。
しかし次の瞬間、グンと体が後方に引っ張られる。
「わっ?!」
世南がヨロリとバランスを崩しかけると、その肩をガシリと大きな両手が支えてくれた。
「え・・」
世南が後ろに目をやると、すぐ目の前に白瀬の顔がある。世南は驚いてすぐにパッと離れた。
「・・な、何?」
「・・藤野、もう帰んの?」
白瀬はジッと世南を見つめて聞いた。
「そう、だけど・・」
「一人で?」
そう聞かれて世南はコクンと頷く。
「おい、白瀬ー。藤野君捕まえて何やってんだよ」
テニス部の一人が声をかけてきた。
「早く行くぞ。電車乗り遅れたらカラオケもファミレスももう無理だぜ」
「悪い、俺今日はやっぱり帰るわ」
白瀬はそう言ってひらりと手を振る。
世南がギョッとした顔をしたのと同時に、テニス部メンバーから大きなブーイングが上がった。
「はぁーー?!何言ってんだよ?!」
「藤野と用事思い出したんだよ!!ほら、俺ら同じ中学だからさ。地元でちょっとな。な、藤野」
「えっ?!」
白瀬に話をふられて世南は目を見張る。
地元で用事なんて何もない。
一体なんと答えたらいいのか。
「へー。白瀬と藤野君同中だったのか。知らんかったー」
「俺は前に聞いたぜ。でも全然絡みないから、白瀬嫌われてるんだと思ってたわ!」
「藤野君、白瀬中学の時もウザかったの?」
テニス部の面々が世南と白瀬を囲むようにして盛り上がる。
「いや、あの・・」
世南が戸惑って何も言えないでいると、白瀬はグイッと世南の手のひらを引っ張って言った。
「やべ!電車の時間ギリギリじゃない?藤野走ろう!じゃぁなお前ら!また明日ー!」
「えっ、ちょ・・白瀬」
白瀬は世南の手を握ったまま勢いよく走り出す。
世南は前にバランスを崩しそうになりながらもなんとか白瀬に合わせて走った。
後方からはテニス部員の文句と挨拶の声が同時に聞こえる。
「ちょっと・・白瀬。なに・・」
世南は走りながら白瀬に声をかけた。
しかし白瀬は無言で走り続ける。
手を振り解こうとしたが力が強く掌は抜けない。
仕方なく世南は白瀬に合わせて走り続けることにした。
校門を抜け、駅まで続くまっすぐの道を半分ほど走ったところで白瀬はぴたりと足を止めた。
「・・悪い。手、痛かったか」
白瀬はそう言うと握っていた手を離す。
世南は首を小さく横に振り、白瀬から視線を逸らすように俯いた。
「・・藤野と話したかった。もう一回、ちゃんと」
「俺は・・もう話すことないんだけど・・」
少し冷たい言い方でボソリと答える。
本当に、もう話すことなどないからだ。
ただのクラスメイトとして学校に関する話をするならば別だが、もうそれ以外の関係として話すことはあってはならない。
「・・俺は色々ある。だから、とりあえず駅まで行こうぜ。あいつらに追いつかれる前に」
白瀬は世南の後ろに目を向ける。
先ほど下駄箱にいたテニス部員達がゆっくり談笑しながら歩いてきている。
白瀬はくるりと前を向くと少し早足で歩き出した。
世南もその後をついて行く。
同じ駅なのだから帰り道が一緒なのは仕方がない。
そう自分に言い聞かせた。
「あ、やべ。もう電車行っちゃったかも」
白瀬がそう言ったのが聞こえて世南は正面を向く。
目の前の真っ直ぐ続く道の先で、ニ両編成の電車が走っていくのが見えた。
世南達の地元の駅の方向に向かって電車が去っていく。
今の時間だと一本電車を逃すと次に来るのは一時間後だ。
「わり。ちょっとでるのが遅かったな。駅で待ってようぜ」
「・・・」
世南は何も答えず無言のまま歩き続けた。
鉄骨平屋建ての駅舎に入ると、二人はベンチに横になって座った。
平日の昼までは学生の定期券購入のためなどに駅員が一人いるが、普段は無人駅だ。
今の時間ももう窓口は閉まっていて、駅舎の中はシンとしている。
二人がベンチに腰を下ろしてすぐに、先ほど後ろを歩いていたテニス部員達が駅に入ってきた。
「あれ?なんだよ、白瀬電車乗り逃したのか?」
「そー。間に合わなかったわ。お前らこそ急がねーと電車逃すぞ」
白瀬は人差し指を立てて、駅の時計を指差す。
「うっわ!本当だ!やば!」
「じゃーな、白瀬!今度は絶対こいよ!」
テニス部員達はバタバタとホームの中へと入っていく。
彼らが向かうのは世南達とは反対方向の電車のようだ。
そちらのホームに行くには、跨線橋を渡って駅舎のあるホームとは反対側のホームへ行かなくてはいけない。
世南はみんなが走っていく様子をぼんやりと眺める。
ちょうどホームに入ってきた電車にギリギリで飛び乗っていくのが見えた。
反対方面の電車が出発してしまうと、また駅舎の中はシンと静かになった。
次の電車が来るのは一時間後。
当分の間、駅に人はやってこないだろう。
世南は膝の上に置いた自身の手元を見つめる。
自分からは何も言うことはない。白瀬が話し始めるのを待つだけだ。
「・・あのさ」
ちょっと間が空いて白瀬がポツリと言った。
「俺、今も藤野のことが・・好きだ」
「・・・」
白瀬の声は聞こえている。
けれどどう反応していいのかわからず、世南は先ほどと変わらず自身の手元を見つめたまま黙った。
「鮎川とは・・別れた。俺が悪かった。藤野への気持ちがなくなっていないのに鮎川と付き合って・・最低なことしてた。多分、今までもずっと」
「・・・」
「藤野がこっち見てくれないなら、見てくれる子と一緒にいようって。好きって言ってくれる子といると楽しかったし・・」
白瀬も下を向いたまま話し続ける。世南の方は見ようとしない。
「そうやって好きって言ってもらうことに慣れて、それに甘えて・・付き合うってこういうことだよなって勝手に納得してた。せっかく恋人といるなら楽しいのが一番じゃんって」
「・・・」
「だから、藤野のことは考えないようにして他の人と付き合った。いつか、藤野がこっち見てくれるまでは楽しいことを選べばいいって」
世南は今までの白瀬の恋人の顔を思い浮かべる。全員知ってるわけではない。
けれど白瀬の噂は同じ学校にいればすぐに回ってくるし、白瀬もそれを隠しはしなかった。
廊下を歩いていて、彼女と仲良さそうにしているのを何回も見ている。
どの子も楽しそうに嬉しそうにしていた。
「・・・何それ。それは俺任せだったってこと?」
世南は下を向いたまま言った。
「俺が白瀬に好きって言えば他の子とは付き合わなかったの?」
「・・・そりゃ・・そうだろ・・」
白瀬はポリポリと気まずそうに頭を掻く。
「だったら、何で中途半端にあんなことしたんだよ?白瀬だって、先に言ってくれればよかったんだ・・好きだって・・そうすれば俺だってわかったよ」
「・・・」
「でも白瀬は言ってくれなかった。それに・・気がついたらもう他の人と付き合ってた。年上の、綺麗な先輩で・・俺とは全然違う。だから、あれは遊びだったのかなって・・」
「っ!あれは・・だって藤野があの後俺のことを避けただろ・・俺、藤野と付き合えるって一人で勝手に盛り上がってた自分が馬鹿みたいで・・ちょうどそんな時にあの先輩に声かけられて・・」
「それで?声かけられたからやったの?白瀬にとっては、ああいうことはそんな簡単にできるものなの?」
「・・・それは・・」
白瀬が黙り込んだので世南は眉間に皺を寄せて顔を上げた。
そしてやっと白瀬に目を向ける。
白瀬はバツが悪そうな顔でまだ下を向いていた。
「・・白瀬と、俺は違うんだよ・・」
世南は白瀬をじっと見つめて言った。
「誰かと付き合うことが楽しいって思えるのは、白瀬が好かれる人間だからだ。好きって言ってもらえて大切にされて。きっと本当は付き合うって相手のことを考えたり気を使ったり、楽しいだけじゃないと思う。白瀬みたいにモテるやつは違うんだろうけど」
そう言いながら世南は自分の両手の指を絡ませる。
「白瀬にとって大したことないことが、俺にとってはすごく大きい。俺は・・俺のことを好きだって言ってくれて大切にしてくれる人がいるなら、俺も同じくらい大切にしなきゃって思う。触れ合うことも、お互いの意思を尊重して大切にしていきたい」
白瀬は世南の言葉を聞いて顔を上げた。
「・・・それは」
「・・・」
「竹ノ内とのことを・・言ってんのか・・」
世南はコクンと小さく頷く。
「冬馬君といると・・落ち着く。俺達は似てるんだ。波長とか、考えることとか。大切にしようとするものとか」
「・・・」
「だから・・白瀬とはもうどうにもならないし、できない。ごめん」
世南はそう言ってペコリと頭を下げる。
今、白瀬に言うべきことは、冬馬との関係を大切にしたいと言う事だ。
それを、ちゃんと伝えることが出来ただろうか。
白瀬は少しの間黙っていたが、軽くフッと息を吐くと言った。
「・・・わかった・・でも、これだけは聞かせて」
「え・・?」
「俺は、藤野といる時間が好きだった。中学の時、藤野と二人でいれる時間が好きで誰にも邪魔されたくなくて、だから学校ではあんまり藤野と仲が良いと思われたくなくて話しかけなかった。二人だけの秘密みたいでいいなって、そう思ってた」
「・・・」
「藤野はあの頃、どう思ってた?」
「・・俺は・・」
そこまで言って言葉を飲み込む。
正直に言ってどうなるというのだ。
あの頃の気持ちを、思っていたことを。
口に出してしまったら、多分、きっと・・自覚してしまう・・
「白瀬とは、付き合う友達も違うし・・ちょっと苦手だなって思う奴もいた。だから、白瀬と仲がいいってバレなくてよかったって思ってる。バレたら何言われてたかわかんないし」
世南はそう言ってニコリと笑う。
無理やり、明るく。
「白瀬といる時間は楽しかったけど、学校で他の友達と話してる白瀬を見かけるたびにやっぱり俺とは違うなって思ってたよ。だから、もともと上手くいくはずなんてなかったんだ」
「・・・」
白瀬の顔が歪む。
きっと、白瀬が期待していた答えではなかったからだろう。
でも、それでいいのだ。
自分は白瀬とは違う。
自分のことを、好きだと、大切だと言ってくれる人は少ない。
その人のことを守れなくてどうする。
世南はすくっと立ち上がると白瀬の正面に立って言った。
「俺、やっぱり冬馬君が部活終わるの待つから。冬馬君と一緒に帰りたいし。じゃぁな、白瀬」
そう言うと世南はパッと駆け出した。
白瀬に呼び止められないように、勢いよく駅舎を飛び出して行く。
後方から白瀬の声が聞こえるのではと思ったが、何も聞こえてはこなかった。
白瀬は中で座ったままだろうか。
気になったが振り向いてはいけない。
世南はそのまま走り続けた。
ハァハァと息が乱れる。普段運動なんてしていないのだから体力がないのは仕方がない。
学校近くまで戻ってきたところで、世南は足を止めてヨロヨロと電柱にもたれかかった。
『二人だけの秘密』を共有することが嬉しかったのは一緒だ。
白瀬との関係を知られたくなったのは、邪魔されたくなかったから。
それも一緒。
あの頃、間違いなく俺は白瀬と同じ気持ちだった。
学校にいる時、ずっと白瀬の姿を横目で探していた。白瀬の名前が誰かの口から聞こえるのを耳を澄まして聞いていた。
話せなくても、近づけなくても、白瀬の存在を感じているだけで嬉しかった。
あの気持ちを忘れたことはない。
思うだけで、考えるだけで幸せな気持ちになれるような、あのフワフワとした甘い時間を。
でも、もうダメなのだ。
あの頃の気持ちを思い出したって。
俺は別の人を大切にすることを選んだのだから。
戻ってはいけない。
あの頃の自分に・・
「世南?」
苦しい胸を落ち着かせるように下を向いていたら、正面から名前を呼ばれた。
今、一番自分の名前を呼んでくれる声だ。
「冬馬君・・」
顔を上げると冬馬が肩にギターをかけて立っていた。
「世南、どうしてこんなところにいるんだ?」
冬馬が不思議そうな顔で聞いてくる。
「あっ・・えっと・・・」
先ほどまで白瀬といたことは言わない方がいい気がする。きっと知ったら冬馬は気にするだろう。
『冬馬を待っていた』ということにしようか・・
そう思って言葉を続けようとしたところで、後方から二人の男子生徒が現れた。
「冬馬先輩、お待たせしましたー!」
「すみません!こいつが靴履くの遅くて!!」
二人は小突きあいながら冬馬に話しかける。
どうやら軽音部の後輩のようだ。
一人は冬馬と同じように肩から楽器を下げている。
「あ・・みんな今から帰るところ?」
世南が冬馬の後ろにいる後輩に目を向けながら言った。
「いや、これから・・俺が前に行ってた楽器店に二人を連れて行こうかと思って」
「楽器店?」
「あぁ。そこの楽器店に貸しスタジオもあって。前の、バンドの練習もそこでしてた。こいつらも興味あるみたいだから高校生だけでも貸してもらえるか聞きに行こうかと思ってさ」
「・・・」
世南は冬馬が前のバンドの話題に触れたことに驚き目をパチパチとさせる。
しかしそれは良い兆候だ。
変な態度を取ってはいけない。
「そっか!いいね!!」
世南はニコリと笑うとトンと冬馬の肩を叩いた。
「俺忘れ物取りに戻ってきたんだ。じゃあ、また明日!あんまり夜遅くならないようにね!もう暗くなるの早いんだし!」
そう言うと世南は軽快に走って学校の中へと入っていった。
それから昇降口まで来ると足を止めて後ろを振り返る。
もう冬馬達の姿は見えない。
きっと今から行けば電車に間に合うだろう。
世南はヨロヨロとその場に座り込んだ。
「何やってんだろ・・・」
ハァと小さく息を吐く。
きっと『冬馬を待っていた』と言えば、冬馬は一緒に帰ってくれただろう。
けれど今、再び音楽の楽しさを実感している冬馬の邪魔はしてはいけない。
好きなもの、夢中になれるものがあることはいいことだ。
元々冬馬は一つのことに夢中になると、一直線になるタイプだった。
それが煩わしい家で生まれた冬馬の生きる術だ。
『人』を支えにすることはとても危うい。
いつ裏切られるか、変化してしまうか、自分ではコントロール出来ないからだ。
だからこそ、冬馬を裏切ってはいけない。そう、強く思っている。
世南はもう一度小さなため息を吐いた。
「人を、支えにしてたのは俺だったな・・・」
コンと親指のはらで自身のオデコを叩く。
先ほど、白瀬に酷いことを言った。
あの頃の二人を否定するような言葉を。
あんなに白瀬に支えてもらっていたのに・・その後の傷ついた自分を受け入れられなくて。
俺を支えにする冬馬君にあの頃の自分を重ねていた。
けれど今、冬馬君にそれが必要なくなったら、俺との関係はどうなるのだろう。
結局何もないのは自分だけだ。
人の顔色を見て、嫌われないように面倒なことにならないように、必要とされることだけを考えてきた。
必要とされることだけが、自分の価値の様な気がしていたからだ。
「俺、ダメだなぁ・・」
世南はそう呟くとスッと立ち上がる。
それからグラウンドで部活動中の生徒達を見つめた。
俺は、どうなりたいのだろう。
どうしたいのだろう。
次の電車の時間まで、ここで少し考えよう・・
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