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第13話 白瀬
頭が真っ白なままで挑んだ期末テストは、予想通りの悲惨な結果だった。
「修学旅行から期末までの間が短すぎるんだよなー!」
隣で同じく散々な結果だった大嶋が、テスト結果の書かれた紙をグシャグシャと丸めている。
「まっ!過ぎたことは忘れて部活行こうぜ白瀬!」
「そうだな〜・・」
白瀬はグッと背中を伸ばしながら席を立つ。それからチラリと前方の方へ目を向けた。
一番前に座っている世南が一人で帰る準備をしている。
小森と冬馬の姿はすでにない。
冬馬は部活を始めたと言っていたが、教室を出る時くらいは待ってやればいいのに・・
そんなことを思いながら、白瀬は大嶋達と教室を後にした。
あと二週間もすれば冬休みだ。
終業式の日はクリスマスイブなので、放課後はテニス部のみんなとカラオケに行こうかと話している。
「あっ!そういえばさ、カラオケなんだけど女子も誘っていい?」
部活着に着替えながら三浦が聞いてきた。
「女子って誰だよ?三浦君、クリスマス前になにか発展でもありそうなんすか〜?」
大嶋が厚手のパーカーを羽織りながらニヤニヤと笑う。
今日は特に寒いので、あまり動く気のない大嶋は厚着をするようだ。
「ちげーよバカ!クラスの女子が白瀬君と遊びたーいって言ってんだよ!」
「え、俺?」
白瀬はロッカーを閉めると、ラケットをクルクルと回しながら聞いた。
「そ、クリスマスはテニス部でカラオケって言ったら、白瀬君いるなら私達も混ざりたい〜ってさ」
「ふーん」
「どうするよ、白瀬?」
「うーん・・いやぁ。今回は男子だけがいいんじゃね?」
白瀬がそう言うと、大嶋は目を丸くして驚いた。
「おっ?!どうした白瀬?いつもなら、人数多い方が盛り上がるとか言うくせに」
「別にどうもしないって。もともとテニス部でって話だったからさ。でももし三浦が誘いたい女子がいるなら別だけど?」
「えっ!?いないいない!大丈夫!」
三浦は慌てるように言うと「よし、行こうぜ」と言って勢いよく部室のドアを開けた。
すると、ちょうどドアの目の前を鮎川が横切ろうとする姿が見えた。
「おっ、鮎川」
三浦が声をかけると、鮎川はチラリとこちらに目をやる。
「・・・おつかれ」
鮎川はツンとした顔で言うと、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。
白瀬はその後ろ姿を見つめる。
その様子を見て、大嶋がニヤッと笑うと肘で白瀬の腰をつつきながら言った。
「なんか、すっかり嫌われちゃったんじゃねーの?お前」
「えー、なんのことだよー?」
白瀬はおちゃらけた顔をして首を捻る。
「鮎川、修学旅行終わってから完全にお前のこと無視してね?前は嫌そうな顔しながらでも喋ってたのに、今は白瀬の顔も見ないじゃん」
「いやいや、鮎川はもともとクール男子じゃん。俺がしつこく絡み過ぎただけだって!」
「おっ、お前自分がしつこいって自覚あったんだな?!」
「そりゃ多少あるわ!でもそういうとこが大嶋は好きだろー?」
白瀬は笑いながら大嶋の肩を組む。
「うっわ!お前どんだけ自信過剰なんだよー」
「自惚れヤバ!」
周りに囃し立てられながら、白瀬達はテニスコートへと向かった。
鮎川とは修学旅行以来話していない。
連絡先もきっとブロックされただろう。
同じ教室にいても目が合うことはほとんどない。
徹底して自分の存在をないものにしている。
さすがは鮎川だなと思う。
鮎川の、そういう自分の信念を貫く性格が好きだった。
それでいて、実は情に厚い。
あの関係がなければずっと友人でいたかった。
けれど・・
鮎川に言われた通り、自分の軽率な行動でその大切な友人を一人無くした。
自分で蒔いた種だ。
鮎川に誠実であるためには、同じことを二度としてはいけないと思っている。
「白瀬知ってる?竹ノ内君の話」
部活動が始まって三十分。
大嶋がラリーをしながら白瀬に聞いてきた。
「え?何?なんかあんの?」
白瀬は冬馬の名前に一瞬心臓がドキリとしたが、それを悟られないように笑顔で聞く。
「終業式の日に軽音楽部がミニライブ的なのやるんだって。同中の後輩の友達が軽音楽部らしくて、毎日一生懸命練習してるから聞きに行ってやってくださいって言われたんだけどさー。そのバンドのメンバーの一人がなんと!同じクラスの竹ノ内君!知ってた?あの人が軽音楽部入ったって」
「ああ・・まぁ、なんか噂で聞いたわ」
白瀬はなるべく表情を変えないで答えた。
「なんか意外だよなー。あの人、外でバンドやってるって噂じゃん。学校の部活動なんて遊びみたいなものって思ってそうなのに」
「音楽が本当に好きなんじゃないの」
たしか世南が冬馬は外でのバンド活動をやめたというような話をしていたが、そのことについては黙っておくことにした。
なんでそんなことまで知っているのかと聞かれる方が面倒だ。
「まぁ、でも俺ら終業式の後はカラオケ行く予定じゃん?だから無理そうって断っといた」
「え・・・」
白瀬がそう言ってラリーの手を止めたので、大嶋は不思議そうに首を傾げた。
「うん?どうした白瀬?軽音部のライブ行きたかったのか?」
「あ・・いや、別にそういうわけじゃない」
白瀬は笑って言うと再びテニスボールを勢いよくラケットで打ち付け始める。
しかし平常心を装いながらも心は静かにざわついていた。
終業式の日にライブ?
ということはクリスマスイブの日だ。
藤野とは過ごさないのだろうか。
・・そんなことは、自分には関係のないことだとわかっている。
あの二人なりの付き合い方があるのだろう。
それでも・・クリスマスイブに世南と過ごせる資格があるのに。もしかしたらそれを放棄するかもしれない冬馬のことが、白瀬は羨ましくて悔しくて仕方がなかった。
「白瀬さぁ。今誰とも付き合ってないなら私ともう一回付き合う?」
部活終了の時刻になり、部員達が片付けを始める。
その最中、周りに散らばったテニスボールを集めながら美鶴があっけらかんとした態度で聞いてきた。
「え〜、このタイミングでその話振る?相変わらず鬼メンタルだね〜」
白瀬も軽い口調で返す。
「もうすぐクリスマスだよ?男だけでカラオケの予定しかないって寂しすぎない?」
「俺は大嶋のプロ並みのビブラートを楽しみにしてるんで問題なしだけどー?」
「・・なんか、負け惜しみみたい」
「誰に負けるんだよ?」
白瀬はテニスボールをバケツに投げ入れる。ガコンとボールが当たる音がした。
それから美鶴の方に目を向けると、少し低めの声で言った。
「俺さ、好きな子いるんだよね。その子が振り向いてくれるまで誰とも付き合う気ないんだわ」
「は・・・?」
美鶴は眉間に皺を寄せながらも笑った。
「何それ?白瀬がそんなこと言うの似合わなすぎるんだけど?」
「美鶴は俺のことよくわかってるなぁ。似合わないだろ?でも、だから頑張りどころでもあるわけ。応援してくれる?」
「っ!バカにしないでよ!」
美鶴は顔を赤くして叫ぶと、手に持っていたボールを白瀬の方へ投げつける。
それからパッと駆け出して行ってしまった。
美鶴にハッキリと言った。好きな子がいると。
きっとこれで、もう美鶴が彼女のような顔をして近づいてくることはないだろう。
以前鮎川に言われたことを思い出す。
「いつまでも優しくしてたら勘違いされる」と。
優しくしているつもりはなかったけれど曖昧にしてはぐらかしていたのは事実だ。
好かれている方が楽だなんて、自分の都合のいいように考えていた。
あの時、鮎川がどんな気持ちでいたかわかっていたのに。
だからもう、そんな曖昧な態度もきっぱりと終わりにする。
彼だけだと思ってもらえるように。
けれどそれを・・伝えられる時はくるだろうか。
ーー
スマホで終業式の日の天気を確認すると雪だるまのマークが付いていた。
もう雪が降る時期かと、ホームで電車を待ちながら白瀬はぼんやりと考える。
今学期も残すところあと三日。
朝の寒さに体が震え、白瀬は首に巻いたマフラーに顔を埋めた。
朝の通学時間帯、学校の登校時間に間に合う電車は三本ある。
テニスの朝練がある日はその中で一番早い時間の電車に乗っている。その時間帯の車両は空いていてほとんど人が乗っていない。
朝練がない日は逆に一番遅い時間の電車に乗る。
ギリギリの時間になるが、それゆえにその車両も混み合ってはいない。
学校までは二駅とはいえ、なるべく余裕のある車両に乗りたいのだ。
一番混んでいるのは真ん中の時間に来る電車だ。
入学して初めの頃に一回乗ったが、二両編成の車両が人で溢れかえっていた。
こんな田舎の路線になんでこんなに人がいるんだと驚いたものだ。
ちょうどよい時間帯がこれしかないのかもしれないが、白瀬は人の多さにグッタリしてしまった。だからその日以来時間を前か後にずらすことにしている。
しかし、今日は久しぶりにその真ん中の時間帯の電車を待っている。
今日もテニスの朝練はあったのだが、寒すぎて朝起きられなかったのだ。
ならばサボろうかと思ったが、大嶋から『今学期最後の朝練だから顔は出せ!』と連絡がきていた。
真ん中の時間の電車ではほとんど練習することはできないが、それでも白瀬はとりあえず行くことにした。
「ふぁわぁ」
大きな口を開けてあくびをする。少しだけ白い息が見えた。
「あれ?!白瀬じゃん!」
間抜けな顔で横に目をやると、中学時代の同級生が立っていた。
「おー、はよ。なに?お前いつもこの時間?」
白瀬はヘラっと笑いながら聞く。
「そう。反対側のホームだけどな。朝白瀬に会うの初めてじゃね?」
「俺普段は一本前か後に乗ってるからな。この時間の電車混んでんじゃん」
「そうか?お前が乗る方は普段そんなに混んでないけどなぁ。あっ、でもあれだな。温泉地の方で何かイベントやってると混むかもな!」
「え、そうなの?」
「知らないのかよ?藤野に聞いたりしないの?同じ高校だろ」
「え・・」
「あっ、俺の方の電車くるわ!じゃぁまたな!今度遊ぼうぜ!」
友人はそう言うと、急いでホームにある跨線橋を渡って行った。
当たり前といえば当たり前なのだが、世南も通学にこの駅を使っている。ただ朝に会うことは今まで一度もなかった。
自分が一番早い時間か遅い時間の電車に乗っているのだから、自然と世南が乗る電車は限られる。
そう思った時だった。
ジャリと微かに地面を踏む音が聞こえそちらに目をやると、世南がちょうどホームに入ってくるところだった。
「・・・」
世南も白瀬に気がついたのか、少し目を丸くしてその場で立ち止まる。
それからパッと違う方向に視線をずらすと、体の向きを斜めにしてホームの方を向いた。
話しかける気はない、というポーズだろう。
けれどクラスメイトが二人、同じ場所にいるのに話さないのは不自然だ。
「藤野、おはよ」
白瀬はトントンと軽い足取りで世南に近づくと、横に並んで言った。
「・・おはよう」
世南はチラリと白瀬を見ながら挨拶する。しかしすぐに俯き加減に視線を前に戻した。
白瀬はそんな世南の様子はお構いなしに話し続ける。
「藤野はこの時間に乗ってんだな。俺はいつもはこの電車の前か後なんだけどさ、今日寝坊しちゃって」
「・・そうなんだ」
「そうそう、俺一回入学したての頃にこの時間の電車に乗ったんだけどさー、めっちゃ混んでて!それ以来乗ってないんだけど、藤野いつも座れてる?」
「・・だいたい座れるよ。混んでたのはたまたまじゃない?春だと桜目当ての観光客が温泉地の方に行くから混む時あるけど」
世南は視線を前に向けたまま答える。
「あー、なるほどね。だからあの時混んでたのかぁ。俺あれが通常運転かと思って、速攻で心折れちゃったんだよなぁ」
白瀬がそう言うと、フッと世南が吹き出して笑った。
「はは。そんな初っ端で心折れたんだ。それじゃ都会の満員電車とか無理じゃない?」
こちらは見なくとも、世南の表情が緩んでいるのがわかる。
白瀬は頬を少し紅らめながらボソッと言った。
「・・・今なら、もう大丈夫かもしんないし・・」
「え?」
「・・なんでもない・・」
白瀬はそう言ってマフラーに深く顔を埋めた。
朝練を、サボらなくて良かった。
いや、寝坊して良かったとも言える。
入学してもうすぐ二年。
こうやって同じ電車に乗って登校するのは初めてだ。
隣に藤野がいる。
それだけでなんだか気持ちが落ち着かない。
「な、なんか不思議だな。同じ駅使ってるのに今まで一回も会ったことなかったなんて。藤野は絶対この時間の電車に乗るのか?」
「だいたいそうだけど・・・」
世南はそこまで言って黙り込む。
「?」
白瀬はどうしたのだろう?と思って世南の顔を覗き込む。
するとバチっと二人の視線が重なった。
世南は慌てるようにパッと目を逸らすと、申し訳なさそうな口調で言った。
「・・たまに、家出るの遅くなって一本遅い電車で白瀬を見かけることもあったんだけど・・気づかれないように別の車両に乗ってた・・」
「えっ!まじで?全然気がつかなかった」
「だから気づかれないようにって言ったじゃん。それに白瀬、電車乗ると誰かと会って話してるから・・」
確かに電車に乗ったら誰かと話している。
乗れば誰かしら友人がいるからだ。
しかし、それで世南も同じ電車に乗っていたことに気が付かないでいたのは悔しい。
避けられていたのは仕方のないことだったとしてもだ。
そう思っていると、電車の到着を知らせる音が流れた。
赤い二両編成の電車がゆっくりとホームに入ってくる。
「じゃ・・俺あっちの車両に乗るから」
世南はそう言って後ろの方を指差した。
「え、なんでだよ?別にこっちの車両に一緒に乗ったって・・」
「白瀬は友達がいるだろ。俺いたら邪魔じゃん」
世南はニコリと笑って言うとスッと歩き始める。
「・・っ!」
しかし白瀬はそんな世南の手首を掴むと、グイッと自分の方に引き寄せた。
「え・・」
驚いて白瀬の方へ向き直ろうとする世南をそのまま引っ張ると、ちょうど扉の開いた電車の中へ勢いよく飛び乗った。
「ちょ・・白瀬・・」
世南は狼狽えた様子で車内を見回す。
「おぅ、はよ白瀬、この時間で会うの珍しいな」
扉の近くに座っていた男子生徒が話しかけてきた。
去年のクラスメイトだ。
「おはよ、今日早く起きれたんだよ」
白瀬はニカっと笑って軽く挨拶をする。
しかしすぐに掴んだままの世南の腕を引っ張ると、その生徒からは少し離れた空いている席に座った。
「・・白瀬、友達いいの?」
世南が小声で聞いてくる。
「今日は、藤野がいるだろ」
白瀬は正面を向いたまま言った。
「でも・・俺は別に・・」
「俺が!藤野と話したいんだよ!」
思わず大きな声が出てしまう。
白瀬はしまったという顔で手のひらで口を覆った。
世南は何かと距離を取ろうとする。
それは、今までそうしてきたから。
それが二人にとっては自然なことなのはわかっている。
自分だってそうしてきた。
けれど・・そうやってきたせいで溝はどんどん深くなってしまった。
もっと素直に、彼への気持ちを表していれば良かった・・
「・・・未練がましいのはわかってるよ」
白瀬は俯きながらポツリと呟く。
「え・・」
「・・でも、今はクラスメイトなんだから話すくらいいいだろ・・」
「・・・」
世南も少し俯くと自分の膝を見つめて黙り込んだ。
車内は想像していたよりも空いていた。
それでもいつも乗る車両よりかは混んでいる。やはり通勤通学には一番ちょうど良い時間なのだろう。
車内を見回せば知っている顔がチラホラいる。
白瀬に気付いてこらちを気にしている生徒もいたが、白瀬は見ないふりをした。
冬になり、色味を失った山々の風景が車窓を流れていく。
その様子を眺めながら少しの間白瀬は無言でいたが、手のひらに力をこめると世南の方を向いて聞いた。
「・・クリスマスイブの日、竹ノ内のライブがあるんだろ?」
「っ・・・」
世南はパッと目を見開く。しかし黙ったままだ。
白瀬は構わず話を続ける。
「あ、軽音楽部に友達がいるってやつから聞いてさぁ。毎日練習してるんだろ?どんな曲やんの?」
「・・・さぁ。聞いてないからわかんないや」
「え?」
世南は顔を上げると前を見たまま言った。
「冬馬君、練習で忙しいみたいだからさ。あんまり話せてなくて」
「・・・へぇ」
白瀬がそう答えると、世南は薄く微笑んだ。
「音楽に夢中になってる冬馬君を・・見るのが好きなんだ。だから頑張ってほしい」
「ふーん・・・」
白瀬は面白くなさそうに口を尖らせる。
そんなにバンドをしている時の竹ノ内は魅力的なのだろうか。藤野にこんな風に言ってもらえるくらいに。
俺だって・・小さい頃からテニスを頑張ってきた。高校に入ってからはちょっと適当になってしまったけれど・・・
「俺も、軽音楽部のライブ見に行こうかなぁ」
「え・・」
口からポツリと溢した言葉に、世南が反応して白瀬を見つめる。
「俺、ライブとか行ったことないしさ。ちょっと興味あったんだよね!楽しそうじゃん!」
「・・・」
「あっ、大丈夫だって!その日は藤野に話しかけないから!テニス部の奴ら誘ってみるし!俺後ろの方で見てるから。気にすんなよ!」
断られないように、白瀬は慌てて防衛に出る。
「・・・わかった」
世南は小さく頷くと、薄らと笑みを浮かべて言った。
「だったら、たくさんの人に声かけてほしいな。白瀬が声かけてくれたらいっぱい人集まると思うし。冬馬君のかっいいところ、大勢の人に見てもらいたいんだ」
「・・・」
白瀬はそう言われて、手のひらをきつく握る。
悔しさと、期待されている嬉しさで気持ちはグチャグチャだ。
けれど、ここでまた感情的になってはいけない。
意識的に表情を和らげると、冷静さを保ちながら聞いた。
「竹ノ内のライブって、そんなにかっこいいのか?」
「かっこいいよ。演奏してる時の冬馬君は、音楽が大好きなんだって伝わってくるくらいいい顔してる」
「・・へー・・」
「初めて、冬馬君のライブに行ったのが去年のクリスマスだったんだけど・・その日は家族のクリスマスパーティを抜けて行ったんだよね」
「え・・?」
「クリスマス。父親が再婚してからは毎年ちゃんとやっててさ。妹達が生まれてからはさらに気合も入って飾りも料理もすごい豪華になっていった。でも、俺は年々それが居心地悪くなってきて・・そんな時に冬馬君にライブを誘われて、正直最初は家族とクリスマスを過ごさなくていい口実ができた、なんて思っちゃってた」
「・・・」
眉尻を下げながら話す世南を、白瀬はジッと見つめる。
「でも、ライブに行ったらすごい盛り上がっててさ。学校では見られない楽しそうな冬馬君を見てたら、家族のことなんて忘れて小森と一緒に飛び跳ねてた。多分、今までの人生で一番楽しいクリスマスだったんだ」
そう言いながら世南はフフっと笑った。
その様子を見て、白瀬は後悔の念に駆られた。
中学生の頃、クリスマスの時期はそんな想いでいたなんて・・
近くにいた時、そのことに全く気が付かなかったこと、そして途中で距離ができてしまったことがただただ悔しい。
そして、藤野にとって竹ノ内のライブがどれだけ特別なものなのか。
今の話を聞いて痛いほど伝わってきた。
一回バンド活動を辞めてしまった竹ノ内が、再びクリスマスにライブをおこなう。
それがとても嬉しいのだろう。
盛り上げてあげたい気持ちもわかる。
「・・・よし」
白瀬はポンと自身の膝を両手で叩くと、わざとらしいくらいの明るい声で言った。
「わかった!俺に任せとけよ!先輩も後輩も知ってるやつ全員に声かけとく!」
世南は一瞬驚いたように目を丸くさせたが、すぐに嬉しそうに笑って言った。
「ありがとう、白瀬・・」
「うん・・」
藤野が笑ってる。
彼の笑顔を見れるのは嬉しい。
けれど今、それを引き出したのはどちらの存在なのだろうか・・
そんなことを考えているうちに、電車はあっという間に高校の最寄りの駅に到着した。
駅に降り立った瞬間に、後ろからガシッと肩を組まれる。
「おっはよ!白瀬!なに?お前今日遅刻組?!」
横を向くと野球部の幸田がジャージ姿で笑っていた。
「おはよ幸田。そう、今日は遅刻でーす。てか、お前もだろ?野球部の朝練もう始まってんじゃん」
「いやー。朝寒いのキツいわ。でも俺はすでにジャージ着てっからね!着いたら即練習できるように!」
そう言って幸田が親指を立てて自分に指す。
それに笑って応えた後、ふと周りを見るとすでに世南の姿がない。
慌てて駅の改札外に目をやると、誰かと話しながら歩いて行く世南の後ろ姿が見えた。
電車から降りた瞬間は隣にいたのに。
あっという間に距離を取られてしまった。
けれど仕方がない。
これが、学校での二人の距離なのだから・・・
ーー
「え?白瀬、軽音部のライブ行きたいのか?」
昼休み、部活仲間で集まってご飯を食べている時に軽音楽部のライブの話題を出してみた。
「ちょっと興味あるんだよね〜。俺ライブって行ったことないしさ。だから終業式の日、ライブ見てからカラオケ行かね?そっちの方が盛り上がりそうな気もするし〜」
「別に白瀬がそう言うなら俺はいいけど。夜もどうせどっかで食べて帰るつもりだったし」
大嶋が他のメンバーに目配せしながら応える。
「あっ!じゃあもうカラオケで飯も食っちゃおうよ!!9時くらいまでみんないれるよな?!」
大嶋の隣に座っていた友人がいいことを思いついたと言った顔で言った。
その言葉に全員が頷く。
「よし!じゃぁそれで!ありがとな!」
白瀬は明るく笑う。
これでテニス部員には声をかけた。
あとは部活以外の友人や後輩にそれとなく話題をふってみよう。
すぐに連絡を回してくれそうな人物に目星をつけると、白瀬は軽音楽部のライブの話をしてみた。
思った通り、彼らはノリよくその話題を広めてくれた。
『軽音楽部がクリスマスライブをするらしい!』
それは、エンターテイメントに飢えているこの山奥の学校の生徒達にはとても魅力的な響きだ。
ライブの話はあっという間に校内に広まり、ライブ当日の終業式の日にはその話題で皆持ちきりになっていた。
教室でもあっちこっちでみんながその話をしている。
しかし、その話題の中心人物であるはずの冬馬はいつも通り愛想のない顔で机に座っていた。
クラスメイトも冬馬には話しかけに行かない。
『軽音楽部がライブをやる』という情報は回っていても『竹ノ内君が軽音楽部』ということは知れ渡ってはいないのかもしれない。
冬馬の後ろの席の小森が、何やら落ち着かない様子で周りをキョロキョロしている。
みんながライブの話をしていることに驚いている様子だ。
そんな小森を冬馬の隣の席の世南が笑いながら見ている。
世南はきっとわかっているはずだ。
なぜこれほどまでに軽音楽部のライブの話が広まっているのかを。
白瀬がジッと世南を見ていると、ふとこちらに目をやった世南と目が合った。
いつもならすぐに世南の方からパッと視線を逸らされる。
けれど・・今回は違っていた。
『ありがとう』とでも言うように、目元を一瞬緩めたような気がしたのだ。
しかしそのあとはすぐに冬馬の方へと向き直った。
「はぁ・・」
白瀬は小さなため息を吐く。
好きな人の恋人のためになにをやっているんだか・・
それでも、彼のためになったのならよかったのだろうか。
白瀬はグイっと伸びをすると席を立つ。
「どこ行くんだよ白瀬。もうすぐ体育館に移動だぞ」
「トイレ。後からおいかけますって先生に言っといてよ」
近くの席の友人にそう言うと、白瀬は廊下へと出て行った。
終業式は長いし体育館は寒い。
トイレを済ませたらのんびり行けばいいか、などと考えながら歩いていると後ろから足音が聞こえてきた。
その音はきっと自分を追い抜くだろう。
そう思って前を向いたまま歩いていると「白瀬・・」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
普段あまり自分の名前を呼ばない声だ。
白瀬は首だけ後方へ向ける。
先ほど愛想のない顔で机に座っていた冬馬が、睨みつけるような目でこちらを見て立っていた。
「・・・」
何をそんな睨みつける理由があるというのか。
こちとら負け犬にも関わらずステージを盛り上げるために協力してやったというのに。
「・・なに?なんか用事?」
白瀬は口を尖らせて聞く。
「・・・お前、今日のライブ来るのか?」
ボソリと冬馬が言う。低音だがよく通る声だ。
ボーカルもやってみればいいのに。なんて一瞬関係のない思考が頭をよぎる。
「行くつもりだけど?友達もみんな楽しみにしてるしさ。竹ノ内君出るんでしょ?頑張ってよ」
白瀬は冬馬の方を向いて言った。
「お前が、広めたのか?今日のライブのこと・・」
「・・別に広めたっていうか・・まぁ、せっかくなら大勢で盛り上がった方が楽しいじゃん?」
「・・俺が出るって知ってたのに?」
鋭い視線を向けて冬馬が聞く。
白瀬はさすがにイラつき語尾を強めて言った。
「はぁ?悪いけど俺そんなに心狭くないからな。お前がいようがいまいが関係なく楽しみたいだけだから。せっかくのクリスマスイブだし?」
「・・・」
冬馬は少し俯いて黙る。
しかし納得していないといった顔だ。
白瀬はさらにたたみかけるように言葉を続けた。
「て言うか、竹ノ内君ずっとバンドの練習ばっかだっただろ?藤野、寂しがってんじゃないの?クリスマスイブなんだからライブ終わったらちゃんとフォローしろよ」
「・・・はっ・・モテるやつはやっぱり違うんだな」
冬馬は嘲笑するような顔で白瀬を見つめた。
「はぁ?!」
「イブは恋人と過ごすとか。それがそんな重要なことだなんて、俺も多分世南も頭にない」
「・・・」
「クリスマスが大切だなんて思ったことなかった。世間が盛り上がってんのに自分はそれについていけてないような気分になるだけで。世南も同じようなこと前に言ってたよ」
「・・・」
この間世南から聞いた話を思い出す。
あのことを、冬馬には話していたのか。恋人なのだから当たり前なのかもしれないが。
それでも嫉妬心で胸がグッと押される気持ちだ。
「去年、初めてクリスマスが楽しいと思えた。ライブに世南や小森が来てくれて。他の観客達も盛り上がってくれて。冬なのにすごく興奮して熱かった・・」
それも世南と同じ。
やはり二人は似ているのだろう。考え方や、もしかしたら置かれている立場なんかも。
認めたくなくとも、二人の絆の強さを感じてしまう。
「だから今年も、去年と同じ気持ちになりたくてライブをすることにしたんだ。メンバーは去年と違うし練習量も圧倒的に少ないけど・・それでも俺にとって大切なものなんだ」
「・・だからなんだよ?だから藤野よりバンドを優先したって話?」
白瀬は苛つきを隠さない口調で聞く。
「違う。大切なものだから・・だからお前もちゃんと見てろよって話」
「はぁ?!何それ?!何様?」
「・・世南に、俺からあげられるものはこれしかないから。最後にお前の前で堂々と渡すことにするよ」
「え・・・」
白瀬が困惑の顔を見せると同時に、冬馬がくるりと背を向ける。
「トイレに行く途中で悪かったな。早くしないと終業式始まるぞ」
冬馬はそう言うと、スタスタと元来た道を歩き始めた。
「あっ、おい?!さっきのどういう意味・・」
白瀬の言葉が聞こえていないのか聞こえないふりなのかわからないが、冬馬は答えることなくどんどんと進んでいった。
白瀬はその背中が見えなくなるまで見つめる。
先ほどの言葉の意味はなんだったのか。
『最後』というのは。
それをわざわざ自分に伝えた意味は?
「あー。もう。わけわかんねぇ」
白瀬はグシャグシャと頭を掻き回す。
今日のライブに行けば、あいつの演奏を聞けば。
その答えは分かるのだろうか。
それが自分にとって不利益なものだったとしても・・知りたいと思う。
きっと先ほどの言葉はあいつなりの挑戦状だ。
なら受けて立つことにしよう。
俺がお膳立てしてやったステージの上で。
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