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最終話 ①
午前中に授業四時間、昼休みを挟んで終業式。
これで今年の学校は終わり。
帰る生徒は早々に教室を出て行く。
終業式の後は多くの生徒が市街地の方へ行き遊んで帰るのだが、今年は教室を出て行く生徒は少ない。
みんな待っているのだ。軽音楽部のライブを。
スタートは十四時。
あと三十分ほどある。
「あー。なんかすごい盛り上がっちゃってない?!大丈夫かなぁ冬馬君」
小森が心配でたまらないと言った顔でずっとソワソワしている。
朝から何回も見た光景だ。
小森の気持ちはよくわかる。けれどもそれを自分は表に出してはいけない。
そう思い世南は揶揄うような口調で小森に言った。
「大丈夫だって!小森お母さんみたいだなぁ」
「心配にもなるだろー!こんなにライブの話が広まってるなんて思わないし!ミスでもしたら絶対叩くやつとか笑うやついるってぇ」
「だから、大丈夫だって。冬馬君がミスするところなんて想像できないよ」
「冬馬君はね!でも組むのは一年生でバンド経験も浅いんだろ?!俺冬馬君が笑いものにされるのなんて見たくない」
「小森!」
世南は両手で小森の頬を軽く叩く。
「言霊って知ってる?言ってると本当になっちゃうかもしれないんだよ。だからこれ以上言うの禁止」
「・・・」
普段よりトーンの低い声でいう世南に驚いたのか、小森は目を丸くして固まった。
「もし、何かあったとしても俺達は思いっきり盛り上がって終わったら拍手すればいい。だろ?」
「・・うん。そう、だな」
小森は小さく頷く。
「悪い藤野。冬馬君のこと信じてやれてなくて」
シュンと肩を落とす小森を見て世南はフフっと笑った。
「小森の優しいところ、冬馬君もわかってるから大丈夫だよ」
「なんだよそれ。照れんじゃん」
小森は指で鼻先を掻く。
「けどやっぱり、恋人のことはちゃんと理解してるって感じだよなぁ。藤野と冬馬君、喧嘩することとかあんの?」
「え・・・」
世南は思わず息をのんだ。
小森にはまだ別れたことは伝えていない。
冬馬からその話が出るまでは言わないつもりだ。
「喧嘩はしないかなぁ。平和にやってるよ」
ニコリと笑って誤魔化す。
そう。今日は大切な日だから。
彼が一番輝く瞬間を明るい気持ちで迎えてあげたい。
十四時になる少し前、ライブ会場である音楽室に行くとすでにたくさんの人が待っていた。
同じ学年の生徒はもちろん、後輩や先輩、大勢の生徒が集まっている。
世南と小森は前方の左端の方で待つことにした。
さすが白瀬だな・・
世南は音楽室に集まったたくさんの生徒に目をやる。
たったの三日間で、あっという間に学校中の生徒達に軽音楽部のライブの話が広まった。
『白瀬も行くらしい』となれば、それはきっと楽しいものだとみんなが思うのだろう。
世南が予想していたよりもはるかに多く集まった人達を見て、改めて白瀬の影響力の強さに驚く。
白瀬なら引き受けてくれるだろう。
そう思って、みんなに声をかけるのを頼んでみた。
白瀬の気持ちを利用したようなものだ。
我ながらズルい人間だと思う。
わかっていて白瀬に甘えた。
少しだけ、意地の悪い感情が生まれたのもある。
冬馬に別れを切り出されポッカリと穴が空いたような気持ちになった。
冬馬を支えることで、支えてると思うことで保っていた心のバランスが崩れてしまった。
その原因の一端だと、勝手な八つ当たりの感情を白瀬にぶつけたのだ。
白瀬の言葉に揺れたのは自分なのに。
あんなことを白瀬が言わなければ・・
あんな風に白瀬が笑わなければ・・
『待っている』だなんて自分勝手で押し付けがましくて、独りよがりだ。
言われた方の気持ちを考えていない。
白瀬の世界は自分が中心で動いている。鮎川の言っていた通りだ。
そんな自分勝手な発言をする相手よりも、冬馬を大切にしなくては。
そう思いながらも、修学旅行以来微かに感じていた冬馬との溝に白瀬の言葉がスルリと入り込んできた。
冬馬に、自分以外の支えができることは嬉しい。そう思っていた。
いつ変わるか分からない他人を支えにするよりも、裏切ることのない支えを持った方がいい。
けれど・・・それはつまり・・
いつか裏切ってしまうかもしれないと、心のどこかで思っていたということだ。
なのに・・
いざ冬馬が他の支えを本当に見つけたら自分には何もないなんて嘆いて不幸ぶる。
そうやって不幸ぶった気持ちを和らげるために白瀬の言葉で揺らいで、結局本当に冬馬を裏切るような態度をとった・・
自分勝手なのはどっちだ・・
冬馬はそんな不安定な自分のことも求めてくれた。
きっと・・揺らいだ胸の内を正直に話せば受け止めてくれただろう。
それなのに強がって平気な顔をして、差し伸べようとしてくれたその手を取らなかった。
冬馬より強い自分でいたかった。
そうでないと、必要とされる自分ではいられない。
だから平気な顔をして冬馬を宥めるような言葉を言ってわざと強がってみせた。
けれど、そのせいで逆に冬馬を傷つけてしまった。
あの時の悲しそうな冬馬の瞳が忘れられない。
他人の胸の内に踏み込こうとすること。それがどれほど勇気がいることか。
それを踏み躙って断ったのだから見限られるのも当然だ。
本当は縋りつきたい気持ちがあったが、あんな悲しそうな表情をさせておいてさらに甘えるなんて出来ない。
自分勝手な強がりがまねいた結果だ。
別れてからも冬馬とは表面上は何も変わっていないように装っている。
小森に気を使わせたくない。
その考えには世南も同意だからだ。
もともと冬馬は口数も少ないし、人前で距離を詰めるタイプでもない。
付き合う前と付き合った後、そして別れた現在も見た目には何も変わっていないはずだ。
冬馬の隣は関係が終わった後でも穏やかで居心地がいい。それが悲しくも嬉しい。
おそらく冬馬には少しの距離をとられているのだろうが、軽音楽部の練習が忙しいことで濁されている。
クリスマスのライブ。
それを今年もやることにしたと冬馬から聞いた時、世南は楽しみな気持ちと同時に不安にもなった。
去年のクリスマスライブは本当に楽しいものだった。
冬馬にとっても思い出深いもののはずだ。
だからきっと、もう一度あの興奮を思い出すために彼は再びクリスマスライブをやろうとしているのではないのかと思う。
けれどもし、それが上手くいかなったら?
昨年とはメンバーが違う。練習量も、会場の規模も。観客だって一般生徒のみだ。
あの時と同じ興奮を求めても、それがちゃんと返ってくるだろうか。
上手くいかなくてまた彼が傷ついてしまったら・・
もしそうなったら、今度こそ自分がちゃんと支えて守ってあげたい。
世南は祈るような気持ちで今日この日を迎えた。
「やっべ!ギリギリだったー!!」
大きな声が聞こえてそちらに目をやると、白瀬が友人達と息を上げながらやってきた。
「お前が部室に荷物取りにいくからだろ!」
「だって冬休み俺部活行かないしー」
周りの目も気にせず大声で話しながら、彼らは音楽室の後方真ん中辺りを陣取る。
「すげー人集まってんじゃん!楽しみだなぁ!」
そう言いながら白瀬はキョロキョロと周りを見渡す。
一瞬前方左端の世南達にも視線が向けられた気がしたが、すぐに別の方へと目線が動いた。
世南もそちらの方へ向くと、ステージに数人の生徒がゾロゾロと上がってくるところだった。
先に女子生徒四人が上がり、その後を男子生徒三人が歩いてくる。
冬馬は一番後ろで伏し目がちにやってきた。
周りにいた同級生数人がにわかに騒つく。
冬馬が軽音楽部だと知らなかったからだろう。
小上がりのステージに部員が一列に並ぶと、女子生徒の一人が一歩前に出てペコリと頭を下げた。
「えっと、今日は私達軽音楽部のライブに来てくれてありがとうございます。こんなにたくさんの人が来てくれるなんて思ってなかったからびっくりしてます。えぇっと、あの頑張りますので楽しんでいってください!」
そう言うと、女子生徒はもう一度頭を下げて後ろに下がる。
それからすぐにバタバタとメンバーが準備を始めた。
最初は女子グループの演奏のようだ。
冬馬は後ろで照明の調節をしている。
程なくして、一瞬シンと静まりかえったかと思うと勢いのあるドラムのカウントが聞こえた。
そして次の瞬間、パッとステージ上の照明に明かりが付く。
真ん中に先ほど挨拶した女子生徒が立ち、綺麗な声で歌い始めた。
世南の知らない曲だ。もしかしたらオリジナルの曲なのかもしれない。
ポップなメロディーに合わせて観客達が縦に揺れる。
周りが楽しそうに聴いているのを見て世南も嬉しくなり肩を揺らした。
それからさらに続けて三曲演奏し、彼女達は音楽室を大いに盛り上げた。
「次はいよいよ冬馬君達だよな。緊張する〜」
演奏を終えた彼女達がステージから降りるのを見ながら、小森は祈るようなポーズで言った。世南はステージの後方に目をやる。冬馬が楽器の準備をするのが見えた。
「冬馬君、なんの曲やるんだろう。小森知ってる?」
「えっ!藤野聞いてないの?!」
小森が目を丸くさせて驚く。
「聞いてない。その・・聞くタイミング逃しちゃって・・」
「ふーん。と言っても俺も全部は知らないけど。練習時間も少なかったからオリジナルの曲はやらないって言ってたよ。後輩の好きなバンドの曲やるって」
「・・そうなんだ」
世南がそう呟いた瞬間「あー・・」というマイクの声が聞こえた。
ステージに目をやると、肩からベースをかけた男子生徒が中心に立っている。
後ろのドラムに一人、そして世南から見てその生徒の左側に冬馬がギターをかけて立っていた。
「次は俺達の演奏です。俺達のバンドはまだ結成して二ヶ月ですが、ライブが決まってからは今日まで毎日練習してきました!」
冬馬の後輩が顔を真っ赤にしながら頑張って挨拶をする。
「では聞いてください!」
ボーカルの彼がそう言うと指を鳴らしながらカウントをとった。
そして歌い出しと同時にギターをかき鳴らす音が響く。
わっと歓声が上がり、地面が一瞬フワリと浮いたような気がした。
テレビでもよく流れている有名なバンドの曲だ。
世南も知っている。観客達も馴染みのある歌でノリやすいのか、最初から手を前に振って盛り上がる。
世南は斜め前で演奏する冬馬を見つめた。
久しぶりのライブで緊張しているのだろうか。
少し表情が固い。
それでも曲が進むにつれて雰囲気にも慣れてきたのか、体を揺らしながら演奏する余裕が出てきた。
冬馬が顔を上げた瞬間、バチっと目が合う。
頭上から照らされたライトで、冬馬の瞳が光って見えた。
今、楽しんでいる?
世南は目頭が熱くなるのを感じながら、心の中で冬馬に問う。
あの時、何もないって言っていたけれど。
でも、それはちゃんと形を変えて冬馬君の中にあった。
ちゃんとあったのに、俺が余計なことを言って惑わせてしまったんじゃないかって。
遠回りさせて冬馬君にとって無駄な時間を過ごさせてしまったんじゃないかって・・思った。
だから今、冬馬君が心からこの時間を楽しんでくれていたら嬉しい。
お客さんもすごく楽しそうだよ。
よかった・・
一曲目が終わり、拍手と歓声が上がる。
少しだけ額に汗が滲んだ冬馬が小さく会釈した。
「冬馬君、かっけーな!な、藤野!」
小森が興奮気味に世南の腕を掴む。
「うん、かっこいい・・」
世南も嬉しそうに笑って言った。
「えーと、次が最後の曲です」
少しだけマイクのハウリングを響かせながらボーカルの男子生徒が話し始める。
「この歌を選んだのは、ギターの冬馬先輩です。冬馬先輩、何かコメントありますか?」
マイクを差し出された冬馬は少しぎこちない手つきで受け取る。
「・・今から演奏する曲は、俺が前にいたバンドのオリジナル曲です」
「え・・・」
世南は驚いて思わず声が出る。
「前のバンドって・・」
小森も目を丸くして世南に目配せした。
「とても好きな曲だったので、お願いしてこのライブでやる許可をもらいました。バンドのメンバーにも無理言ったと思う。短い期間で完成させてくれてありがとう」
冬馬はそう言ってペコリと同じステージに立つ後輩達に頭を下げた。
後輩達はイヤイヤと首を振る。
それからボーカル担当の後輩が冬馬から再びマイクを受け取るとこう言った。
「練習していくうちに俺達もすごく好きになった曲です。聴いてください!」
その言葉を合図に照明が落ちる。
そしてドラムのカウントが聞こえたかと思うと、勢いよく鳴り出したギターとドラムの力強い響きに合わせて再びステージ上の明かりがついた。
無意識に肩を揺らしたくなるアップテンポなメロディ。
お腹の底に響く音と、それに重なって紡がれる明るい歌詞。
この曲も知っている・・
初めて聴いた時も、心弾む曲に引っ張られて体が自然と飛び跳ねていた。
人生で一番楽しいクリスマスだと、そう思わせてくれた歌。
「藤野!この歌やっぱり最高だな!」
隣で小森が飛び跳ねながら笑っている。
「・・うん!」
世南も小森に負けじとつま先に力を入れて飛ぶ。
去年のライブハウスほど音の聴こえ方は綺麗ではないかもしれない。
けれどそんなことは気にならないほど、冬馬の奏でるギターの音が耳に響いてくる。
世南は笑いながら小森とわざと体をぶつけ合った。お互いに勢いよく跳ね返り合うのが楽しい。
周りの観客達もみな、知らない曲にも関わらずノリ方を知っているように飛んだり手を振ったりしている。
真冬なのに音楽室の中が暑い。
世南がステージ上の冬馬の方に目をやると、こちらを見ていたのか視線が重なった。
冬馬はフッと目元を緩めて笑う。
そして口元に微笑みを残したまま、さらに激しくギターの弦を掻き鳴らした。
冬馬君が笑ってる・・
そう思った瞬間、ポツリと雫が頬を伝う。
こんなに飛び跳ねているのだから汗かもしれない。
そう、汗だと思おう。
泣いたらいけない。今は笑っていたい。
ギターとドラムの音がピタッと止まり音楽室が一瞬静かになる。
しかし次の瞬間にはワッと大きな喝采の声が響いた。
ステージの三人がペコリと頭を下げる。
みんな汗だくだ。
冬馬の頬も熱で紅く染まり、シルバーアッシュの髪の毛は額に張り付いている。
世南も夢中になって手を叩く。冬馬に届くように。
冬馬は顔を上げると世南に目を向けた。
世南はそれに気がつくと拳を高く上げて目一杯笑ってみせる。
冬馬も釣られるように優しく微笑む。なかなか見られない表情だ。
「冬馬君、めっちゃいい顔してるな」
隣で小森も嬉しそうに言った。
「うん・・」
冬馬にはやはりこの熱気が似合っている。
普段静かで涼やかな彼が熱くなれる場所。
それを、取り戻せてよかった。
「楽しかったー!」
「ね!これからうちらもカラオケ行こうよ」
ライブが終わると、生徒達は楽しそうに話しながら音楽室を出始めた。
世南はハッとして後ろを振り返る。
白瀬も友人達と談笑しながら音楽室の出口へと向かっているところだった。
お礼を、言わなくては。
世南はそう思ったが、冬馬もいるこの場でそれは避けた方がいいかと思い止まる。
冬馬は部員達と楽器の片付けをしている。
今日はこの後軽音楽部で打ち上げ兼クリスマスパーティーだそうだ。
「小森、そろそろ俺らも帰ろっか!小森はこれから彼女と会うんだろ?」
「あっ!そうそう!今何時だ?!電車間に合うかな」
小森が慌ててスマホの画面を確認する。
「おっ!今から出れば間に合いそう!藤野は?これからどうすんの?冬馬君今日は無理なんだろ」
「俺は・・」
そう言いかけたところで、ガシッと肩を掴まれた。
驚いて後ろを振り向くと冬馬が立っている。
「へっ・・冬馬君どうしたの?」
「・・世南、きて・・」
冬馬はそう言うと、世南の腕をグイッと引っ張った。
「わっ!え・・冬馬君?」
「えっ!ちょっ、なになに?」
小森が横で動揺した様子で二人を見つめる。
「小森、きてくれてありがと。また改めてちゃんと礼言う」
冬馬は横目で小森を見ながら言うと、どんどんと世南を引っ張って行く。
小森が後ろで「えっ?!え?」と声をあげているが、冬馬は気にせず進んで行った。
「・・どうしたの冬馬君?軽音部の方は・・」
世南は冬馬に引っ張られるままに進みながら聞く。
「後で戻って片付けの続きする。でも、今はこっちだから・・」
「え・・・」
世南が戸惑った顔でついて行くと、音楽室を出て少ししたところで冬馬がピタリと止まった。
「白瀬!」
冬馬のその声に世南の心臓がドクンと強く脈打つ。
・・どうして?
一体何が起ころうとしているのだろう。
前を歩く集団の一人がこちらを振り返った。
それに続くように周りの友人達も「どうした?」と後ろを振り返る。
白瀬は一瞬鋭い視線を投げたが、すぐにヘラっと笑うと明るい声で言った。
「おぅ・・竹ノ内君じゃん!」
そう言ってこちらに近づくと冬馬の肩をポンポンと叩く。
「かっこよかったよ!おれらすごい盛り上がっちゃってさ!なっ!」
同意を促され周りの友人達もコクコクと頷く。
「竹ノ内君めちゃくちゃすごかった!教室にいる時と全然違うじゃん!」
「おれも驚いたわ!またライブやってくれよな」
冬馬は少し恥ずかしそうに横に目をやると
「きてくれてありがとう」
とボソリと言った。
それからすぐに正面を向くと、目の前の白瀬の腕を掴みグイッと引っ張った。
「悪いけど・・ちょっと白瀬借りる」
「へ?」
引っ張られた白瀬が一番間の抜けた声を出す。
冬馬は友人達からの返事を待たずに、そのまま白瀬の腕を掴んで歩き始めた。
「ちょ・・おい!なんだよ!?」
白瀬はよろけそうになりながらズルズルと引っ張られて行く。
「あー・・お前ら悪い!先カラオケ行ってて!」
白瀬は引っ張られながらも後方で戸惑っている友人達に声をかけた。
「おー、わかったー」と軽い返事が返ってくる。
それから白瀬はグッと自身の腕を冬馬の手から引き抜くと言った。
「俺、一人で歩けっから。それよりどこ連れて行くわけ?」
「・・いいから。ついてきて・・」
「・・・」
静かな物言いに白瀬は何も返さず無言で冬馬の後をついて行く。
世南も不安そうな顔でその後を歩いていった。
冬馬は無言のままどんどんと進んでいく。どこに向かっているのかは分からない。
世南の心臓は先ほどからドクドクと脈打っている。
これから冬馬がどうするつもりなのか。怖くて何も聞けずただ下を向いたまま歩いた。
「今なら誰もいないな・・」
冬馬の声が聞こえて顔を上げる。
気がつくと自分達の教室の前に戻っていた。
「人が、いない方が話しやすいだろ」
そう言ってガラリと扉を開けた。
シンと静まり返った教室の中で机が整然と並んでいる。
冬馬はその机の間を縫うように歩いて窓際までいく。
世南と白瀬も同じようにして教室の奥へと進んでいった。
時刻は十五時過ぎ。
教室の電気はつけていないが外が明るいので暗くはない。
世南は窓側に立つ冬馬の横顔に目を向けた。
先ほどステージの上では興奮が伝わってくるくらいに熱った顔をしていたが、今はそれも落ち着いている。
世南がジッと見ていると、くるりと顔をこちらに向けた冬馬と目が合った。
一瞬ドキリと心臓が跳ねる。
しかし冬馬は変わらない表情で世南を見つめながら言った。
「世南、今日来てくれてありがとう・・」
「えっ・・・あっ!こちらこそ。すごいよかった!」
何を言われるのかと身構えていた世南は、慌てて笑顔で返す。
「あの、去年のライブでやった曲。俺すごい好きだったから、また聞けると思わなくて嬉しかった」
「・・・うん、そうだろうと思ってた」
「・・え」
「去年世南や小森があの曲の時楽しそうに飛び跳ねてたの、ステージの上で見てたから。世南があんなに楽しそうに笑ってるのもあの時初めて見た」
「え・・えぇ〜。そうかな。俺普段も笑ってるって!」
世南は眉尻を下げて困ったような顔で笑う。
「・・笑ってるけど、分かるよ。それが心からのものなのかそうじゃないのか」
「・・・」
世南は別れる時に冬馬に言われたことを思い出して黙り込む。
俺は・・そうやってどんな時でも笑っていることで、寄り添おうとしてくれた冬馬君の気持ちを踏み躙っていたのだろうか。
彼に「惨めだ」と・・思わせてしまっていたのだろうか。
ただ、平気だと思って欲しかった。
自分の気持ちよりも、冬馬君の心の平穏を願っていた。
けれどそれは、冬馬君は望んでいなかった・・
「・・・」
黙り込む世南の横で白瀬は二人を交互に見つめる。
今は自分が入るところではないと思っているのだろう。
必要な時にはちゃんと空気を読んでくる。そういう人間だ。
「世南が・・」
教室の中に広がる静けさを冬馬の綺麗な低音ボイスが打ち破る。
「そうやってどんな時も笑ってくれるのは、俺のためだってわかってた。世南の笑った顔が好きだったし安心できたのも事実だ」
「・・・」
「今日のライブも、世南に笑ってほしいって思ったからやることにした。別れ話をした時悲しそうな顔をさせたし・・」
その言葉を聞いて白瀬の眉がピクリと動く。それからこちらに目を向ける気配を感じた。
しかし世南は白瀬の方は見ずに冬馬の言葉の続きを待つ。
「世南がクリスマスを寂しいなんて思わないように。それが俺が出来る世南への最後のプレゼントかなって思った。だから前のバンドのメンバーにも会いに行ってあの曲をやらせて欲しいって頼んだ。会うのは少し怖かったけど・・でもいつまでも引きずってたら前に進めないし、世南にももう心配しなくて大丈夫だって伝えたかったんだ」
「・・冬馬君・・・」
世南はスッと一息吸うと、ニコリと笑って言った。
「ありがとう。俺、すごい楽しかったよ!去年も思ったけど今年も人生で一番楽しいクリスマスだった」
「・・・うん」
冬馬も口の端を上げて笑う。
「俺もね、冬馬君が今日を心から楽しめたらいいなって思ってた。俺も冬馬君が楽しそうにしてる顔、好きだよ」
「ふっ・・俺達やっぱり似てるな」
「・・そうだね」
冬馬がクスリと笑うので世南も釣られて微笑む。
「・・・・でも」
目元を緩めて笑っていた冬馬がポツリと呟いた。
「本当は・・今日世南が泣いてくれたらいいのにって、心のどこかで思ってた」
「え・・・」
世南の笑っていた口元が硬まる。
「・・世南が、今日俺に涙を見せてくれたら・・俺が世南の特別になれる可能性がまだあるかなって。でも、世南は最後まで笑ってた。俺に、すごい良い笑顔むけてくれた」
「・・・冬馬君」
「だから・・やっぱり俺じゃないんだって諦めがついたんだ」
「・・・」
先ほどのライブで、最後拳を高く上げて冬馬に目一杯笑って見せたことを思い出す。
だって、彼の大切なライブだから。
彼にたくさんの感謝を伝えたかったから。
だから、泣かない。泣いてはいけないって・・
世南が俯いて黙っているとポンと優しく肩を叩かれた。
顔を上げると、冬馬が目の前まで来てくれている。
「別に、世南のこと悩ませるつもりじゃないから下向くなよ。俺は世南の笑った顔が好きだって言ったろ」
「・・・うん・・」
「世南には本当に感謝してる。世南が隣にいてくれて支えてくれたから、たがらもう一度やり直してみようって思えたんだ。家族のことも音楽のことも、これからどうしたいかちゃんと自分の意思と見つめあってみるよ」
冬馬の言葉に思わず目頭が熱くなる。
けれどダメだ。笑っていなくては。
「うん。俺、ずっ応援してる。冬馬君は人に流されない強さを持ってるから、この先どんな道を選んでも大丈夫だって信じてる」
「ん。ありがと・・」
ちゃんと満面の笑みで冬馬に言えただろうか。
これからの未来、彼が不安を抱かないように。
「・・まぁ、そういうことだから」冬馬はそこまで言うと、クイッと視線を白瀬に向ける。
「俺は、軽音楽部の片付けに戻る」
「・・え?俺にはなんかないのかよ?!」
急に話しかけられ白瀬が驚いた顔で冬馬に言った。
「別に言うことは何もない」
「はー!?じゃあなんで俺も一緒に連れてきたわけ!?」
「・・そうだな。強いて言えば・・」
冬馬は一瞬考えるような素振りを見せたが、チラリと白瀬を見つめると
「お前の前で、世南が俺のことを好きだって言うところを聞かせたかったからかな」と意地悪そうに笑って言った。
「はーー!?なんだそれ!?藤野そんなこと言ってないじゃん?」
「言ってくれた。俺の楽しそうにしてる顔が好きだって」
「っ!?あれかーー」
白瀬が頭を抱えて叫ぶ。
その様子を世南はついていけてないと言った顔で見つめた。
冬馬が白瀬を揶揄って笑っている。
今まで知らなかった冬馬の新たな一面を見ているようだ。
冬馬は、もう本当に前進を始めているのかもしれない。
「じゃ、また来年な世南」
冬馬がそう言って教室の扉に手をかけるのを見て、世南はハッとして言った。
「あ、ありがとう冬馬君、またね」
冬馬は世南の言葉に応えるようにヒラリと手を振ると教室を出て行った。
「なんだよあいつ。マジで俺には用がなかったってか」
白瀬が両手を頭の後ろで組んでハァと息を吐く。
二人きりになった教室にはいつの間にか西陽が差してきている。
「く、暗くなってきたね。俺達も帰ろうか・・」
世南がそう言って進もうとすると、腕を掴まれて引き戻された。
「・・いや、ちょっと待って。あいつ、自分には用はなくても藤野が俺に用があると思って連れてきたんじゃないのか?」
「え・・」
「藤野が竹ノ内に気を使って俺には話しかけないってわかってたから、だから自分から俺と藤野を同じ場所に連れてきて・・こうやって残してくれたんじゃないか」
「・・・」
確かに、そうだ。
白瀬にお礼を言おうと思ってはいたが、それは冬馬のいないタイミングにしようと思っていた。
・・冬馬はそれも見破っていたのだろうか・・
世南は白瀬にそっと目を向ける。
「・・白瀬、今日はありがとう」
「うん?」
白瀬は何に対してお礼を言われたのかわからなかったようで、目を大きくして応えた。
「おれ、なんかお礼言われることしたっけ?」
「あ、あの今日のライブ、白瀬がみんなに声かけてくれたんだろ?あんなにたくさんの人が集まってくれて、俺嬉しかった。やっぱり白瀬に頼んでよかったなって思ったよ」
世南にそう言われ、白瀬は合点がいったという顔で頷く。
「あ、あー。そのことか。でも別に俺が一人一人に言って回ったわけじゃないから。お礼言われるほどのことなんてしてないって」
「それでも、白瀬の影響力はすごいよ。・・うん。やっぱりすごい・・」
そこまで言うと世南はジッと黙り込んだ。
「・・藤野?」
窓から差し込む西陽が二人を照らす。眩しそうな表情の白瀬が世南の名前を呼んだ。
静かな教室がオレンジ色に染まり始めるのを、世南はただ黙って見つめる。
この狭くて小さな教室が、今の自分達の世界だ。
狭いとわかってるのに、小さいとわかっているのに。
それでも毎日ここで平気な顔をして息をするだけで精一杯だ。
自分のそんなちっぽけさを考えたら。
どう考えても君とは釣り合わない。
「白瀬・・俺は、やっぱり白瀬とは一緒にいられない」
世南の言葉を聞いて、白瀬がゴクリと唾を飲む音が聞こえた。それから掠れた声を絞り出す。
「・・・なんで・・?」
「昔から、思ってた。白瀬が周りに与える影響とか考えるとさ。俺は白瀬の隣にいれるような人間じゃないって。別に、自分を卑下してるつもりじゃないけどさ」
世南はふっと笑って言う。
しかしそんな笑顔の世南とは裏腹に白瀬は口を震わせながら鋭い視線を向けて言った。
「・・いや、十分卑下してるだろ・・なんだよそれ?なんでそんなに俺と距離取ろうとすんの?俺、別にすごいやつじゃないじゃん。むしろダメなやつだろ」
「たしかに、色々ダメなところもあるけどさ。それでも・・それをフォローできるくらい白瀬には良ところがたくさんあるから。それがわかってるからみんな白瀬の周りに集まってくる。そんな白瀬と、俺が一緒にいて独り占めして良いのかなって・・」
「なんでだよ!」
世南が言い終わらないうちに白瀬が叫ぶ。
「なんでそんな風に思うんだよ?藤野のことが好きだって言ってるだろ?俺の中では藤野が一番なんだよ!一番、俺のそばにいて欲しいのは藤野なんだよ」
「・・・」
「なんでそれが分からないんだよ・・」
悔しそうな表情で白瀬が顔を背ける。それからスッと世南の前から移動すると一番窓際の前の席にトンと手をつけた。
世南の席だ。
「こんなに狭い教室なのに。いつも後ろから見えるのに・・それなのに藤野がすごく遠くに感じるよ。中学一年の時からずっと同じクラスになるのを期待してたのにさ。いざ同じクラスになったら、違うクラスだった時より藤野が遠い存在に思えた」
「・・中学一年?」
世南は不思議そうな顔で聞き返す。
「・・だから、言わなかったっけ?俺、藤野がうちにお使いにきてるの昔から見てたって。藤野のこと中学入る前から知ってた。中学入ったら同じクラスになりたいって思ってたんだって」
少し口を尖らせて白瀬が恥ずかしそうに言う。
「なのに3年間1回も同じクラスにならなくてさ・・それで、やっと今年同じクラスになれたけど、でもなってみたらもっと遠くに感じた。藤野の笑ってる顔がすぐ見える場所にいるのに、それが俺に向けられたものじゃなかったから・・」
「・・・」
「藤野、俺はどうすればお前と一緒にいれんの?」
白瀬が縋るような視線を向ける。
世南はグッと胸を掴まれるような気持ちで唾を飲んだ。
自分の、本当の気持ちはわかっている。
だからこそ、手を伸ばすのが怖いと思ってしまった。
手に入らないことには慣れている。
最初から自分の手の中になければ大丈夫。
でも一度、それを受け取ってしまったら・・
今度は失う怖さに怯えなくてはいけない。
けれど・・
「俺、白瀬と一緒に・・居ていいのかな」
ポツリと言葉が溢れる。
「俺、多分結構面倒くさいよ。周りの目を気にするし、白瀬のこと一番に考えられない時もあると思う・・楽しくないことの方が多いかも・・」
世南はジッと訝しむような表情で白瀬を見つめて言った。
その瞳に反論するように白瀬が答える。
「っ・・俺は、楽しいから藤野と一緒にいたいんじゃない。言ったろ。藤野が自分の本音をぶつけられる相手になりたいんだ。笑ってやり過ごそうとしないで、思ってることや望んでることをなんでも言える相手が藤野には必要だって」
「・・っ」
世南はグッと息をのむ。
目頭が熱くなるのを感じてパチパチと瞬きをした。
本音を言ってしまったら、人との関係は上手くいない。そう思ってきた。
我慢をして、譲り合って、多くを望まず、そうやってやっていくのが正解だと。
それでうまくいっているなら良いじゃないか。
嫌われ疎まれるくらいなら、自分の本音なんていくらでも隠せる。そうしないと、自分の居場所は作れない。
そう思っていたのに。
それなのに・・
それをしなくて良い場所を望んで良いのだろうか。
世南はゆっくりと白瀬の方に近づくと、彼の腕にソッと触れながら言った。
「・・・うまく、いくかわからないけど・・でも・・」
良い言い方が見つからず、辿々しい口調で言葉を繋ぐ。
「今まで、散々避けてきたくせに・・こんなこと言うの図々しいと思う・・でも、白瀬の特別が空いてるなら、俺がそこに居てもいいですか?」
ハッキリとした言い方が出来ない。
そんな自分の狡さと弱さに嫌気がさす。
それでも白瀬に伝わるようにと、さらに声を絞り出す。
「・・白瀬といたあの時間が大好きだった。この間は酷いこと言ってごめん・・白瀬と二人でいられる時間を、誰にも知られず秘密にしていたいって・・俺も思ってた。だって、白瀬の前でしか俺は本当のこと言えないから・・独り占めしたかった・・だからまた、あの場所が欲しい・・」
白瀬に触れている指と、それから自身の肩が震えているのがわかる。
こんなに自分の本音を曝け出して、大丈夫なのだろうかと今更不安に思えてきた。
世南が黙って俯いていると、白瀬の腕に触れていた指先がギュッと握りしめられた。
顔を上げると白瀬が口元を上げて笑っている。
「だから、俺の特別の場所は藤野しか入れない形してるんだってば!この先も藤野しか入れないし、それに・・藤野がずっと出たくないって思えるように俺、頑張るよ」
白瀬はそう言うと両方の手で世南の肩を引き寄せる。
二人の距離が縮まり、世南は心臓が音を立てているのを感じながら白瀬を見上げた。
白瀬も世南を見つめ返す。しかし次の瞬間にはガクッと首を折って言った。
「・・あぁー!ダメだぁー!」
「えっ・・えっ?何が?」
世南は訳が分からず困惑した表情を見せる。
「いや、すっごい藤野を抱きしめたいんだけど・・やばい、いきなりこんなに藤野が近くにいると思うと、緊張して出来ない」
顔を赤らめた白瀬がプイッと横を向く。
その様子を見てフッと世南が笑った。
「今度、一緒に帰ろう。楽しみにしてる」
大好きだった白瀬との帰り道。
それはきっと、二人の再出発に相応しい道だ。
今度はすれ違わないように。
本当の気持ちをちゃんと君に伝えよう。
ぶつかる怖さも、君となら乗り越えられると信じてみるから。
ーーー
「なんだよぉ・・言ってくれればいいじゃん」
神社で配られた甘酒を啜りながら小森が口元を下げて言った。
年が明けて一日目。つまり元旦。普段はほとんど人気のない田舎の神社でも、この時期は初詣の参拝客で賑わっている。
世南と小森、そして冬馬の三人が集まったのは冬休みに入ってこの日が初めてだ。
『初詣に行かないか?』と連絡をくれたのは冬馬からだった。
三人で参拝を終え出店を歩きながら見ている最中、冬馬がなんてことないと言った口調で「そういえば俺達、もう恋人じゃないから」とボソッと言った。
それから動転する小森を宥めるため、無料で配られていた甘酒をもらい神社の端の方に移動し今に至る。
小森は最初は無言で甘酒に息を吹きかけていたが、世南と冬馬が変わらない様子で話すのを見て安心したのかいつもの調子を取り戻してきた。
「二人とも水臭いぜ本当・・って言うかお前ら付き合う前も付き合ってる時も別れた後も何も変わらな過ぎ!」
「それが俺と世南のいいところだろ」
冬馬はしれっとした顔で言う。
「まぁ別に、俺がお前らと友達なのは変わらないからいいけどさ」
鼻を鳴らしながら甘酒を啜り終えると、小森は自身のスマホに目を向けた。
「俺これから彼女とも会う約束してるんだ。お前ら二人にしてやろうと思ってたからさ」
そう言って少し気まずそうにチラリとコチラを見る。
「別に俺らのことは気にせず行ってこいよ。大丈夫だよな世南?」
冬馬は世南の方に視線を向けて聞く。
「うん。小森本当気にしすぎ!大丈夫だから飯浜さんのとこ行ってきなって!」
世南はそう言うとトンと小森の肩を押した。
「お、おう。ありがとな」
小森はこちらをチラチラと見ていたが最後は大きく手を振って去って行った。
小森の後ろ姿が見えなくなるまで二人は黙ったまま見送る。
それから完全に小森の姿が見えなくなると、冬馬はフゥと小さく息を吐いた。
おそらくだが、冬馬なりに緊張していたのだろう。それを出さないように頑張っていたのだ。
「・・冬馬君、小森に伝えてくれてありがとう。言うの任せちゃってごめんね」
世南は隣に立つ冬馬を横目で見ながら言う。
「俺が、小森には言うなって言ってたから。世南は何も悪くないだろ」
「・・そんなこと、ないよ」
冬馬と直接会うのはあの冬休み最後の日以来だ。
しかし白瀬とのことは、次の日の夜に電話で伝えた。
『白瀬と一緒にいてみようと思う』
そう言ったら
『頑張れよ』
と一言返ってきた。
言わないのも卑怯だけれど、そう思って言うのもズルい気がする。
正解はわからないくせに『いい人でいたい』そう思ってしまう自分が結局は一番卑怯なのだと改めて思う。
「冬馬君が俺のことも小森のことも、それから三人の関係のこともすごい考えてくれてるってわかる。俺はそれにいつも甘えてて・・ごめん」
「・・俺は、自分の大切なものを優先したいだけだから。悪いけどこれが白瀬だったら何にも気にしないからな」
「え、えぇ〜。はは、冬馬君辛辣!」
世南はクスクスと笑う。
世南が話題に出しづらいからと、わざと白瀬の名前を出してくれたのがわかる。
「・・白瀬とは冬休み中会ってんのか?」
冬馬は甘酒が入っていた紙コップをペコっと潰して聞いた。
「一回だけ。久々に白瀬の家の薬局に買い物に行った時に会ったかな。白瀬冬休みの予定すでに色々入ってるみたいだし」
「つまり、世南より友達優先してるってことか?」
冬馬が眉間に皺を寄せる。
「あっ、俺がそっち優先しろって言ったんだよ!約束は守りましょうってこと!別に俺は毎日一緒にいたいとか思わないし!」
「・・世南がそれでいいならいいけど。あいつだぞ?ヘラヘラして誰にでもいい顔してんだから、嫌なことされたら怒れよ」
「はは!ありがとう冬馬君!」
世南はニコリと笑って言う。
「俺、白瀬には結構強気でいけると思ってるから!大丈夫だよ」
「ならいいけど・・」
それから冬馬は少し間を開けると、軽く息を吸ってから言った。
「世南、俺大学は東京行こうと思ってる」
「え・・」
「経営とか経済とか勉強しようかなって。卒業した後に就職するか、まぁ・・必要だったら旅館にも戻れるように。自分で選べる道は作っておこうかなって」
「そう、なんだ・・」
世南は目を丸くして冬馬を見つめる。
「俺には自分で自分の将来決める権利があるし、でもどうしてもって言うなら旅館に戻ってやってもいい。それくらいの気持ちでいてやろうと思って」
そう言う冬馬の瞳はどこか清々しい。
「ここから離れて暮らしてみたら、今とは全然違うものが見られるかもしれないしな」
「・・うん、いいね。大学生の冬馬君想像つくな。バンドは続けるの?」
「そのつもりだけど。東京はライブハウスもいっぱいあるって聞くし行ってみて考えるよ」
「そっか・・」
「まぁ、そのためにはまずは勉強だな。世南、協力してくれるか」
冬馬はそう言って世南の顔を覗き込む。
「もちろんだよ。俺も、勉強頑張るよ!」
世南は明るく笑って応えた。
冬馬が自分で決めてどんどんと前へ進んでいく。
これからは、そんな彼の支えではなく手助けが出来れば嬉しい。
隣にいなくても、遠くからそっと手伝って・・
そしていつか、久しぶりに会った時は向かいあって色々な話ができるようになりたい。そんな関係になれることを願っている。
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