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第4話

 激しい倦怠感で目が覚めた。鉛のように重たい身体を無理やり起こす。ふと、自分の横をみると、裸の男が寝息を立てている。久住だ。  昨晩の記憶がどんどんと蘇ってくる。久住と避妊なしで性行為をしてしまった。そして、アルファである久住に首筋を噛まれてしまった。今の自分はオメガであるというのに。そのことを思い出して、咄嗟に首に手を当てる。バクバクと心臓が跳ね上がり、胸が苦しくなる。  オメガの自分がアルファの久住に噛まれたということは、つまり久住と番になったということだ。こんな形で始まった関係なのだから、すぐに捨てられるというのは明白だろう。  アルファから一方的に番を解除されたオメガの人生が壮絶であることは、先日までアルファであった自分でも分かる。一生発情期に苦しみながら、生きていくしかない。久住にすがりついてもきっと、取り付く島さえないだろう。縋り付く気もない。考えただけで目の前が真っ暗になった。  これもずっと、オメガである久住を苦しめ続けてきた自分への天罰なのだろう。公安刑事としての人生もここで終わりだ。あんな強烈な発情期に耐えながらこの仕事を続けることは自分には不可能だろう。キャリアも何もかも失った。だが、もう後の祭りだ。全て受け入れるしかない。  腰の痛みに耐えながら、ふらふらと洗面台に近づいていく。冷たい水で顔をパシャパシャと雑に洗った。その水の冷たさが、これが現実であることを突きつけてくる。  吉良はふと、顔をあげて鏡を見た。 「は……?」  ない。噛まれた跡がない。首を無理にやり回して頸付近を確認するが、どこにもない。  アルファに噛まれた跡は絶対に消えないはずだ。それなのに、ない。どういうことだ。  昨晩、確かに自分は久住に噛まれた。あの時の感触も生々しく残っている。それなのになぜ。 「安心してください」 「え……?」  驚いて慌てて振り向く。久住が立っていた。 「吉良さん、もうオメガじゃないですよ」 「どういう、……ことだ?」  困惑して聞き返すと、久住が目尻を下げて笑った。 「未完成の試作品なんですよ、この薬。だからオメガになるのもアルファになるもの、一時的なんです。もうお互い、効果は切れてますよ」 「は……」 「だから妊娠もしないし、俺と番にもならないです。吉良さんは」  身体から力が抜ける。すとん、と冷たい床にへたり込んでしまった。久住は笑うと、身体を支えて立たせてくれた。そのまま、ベッドに二人で腰掛ける。 「じゃあ、お前は……」 「俺はまたオメガに戻りましたよ」 「そっ、か……」  吉良は俯いて、ぎゅっとシーツを掴んだ。唇を噛み締める。 「俺、吉良さんに酷いことしました。謝って済むことじゃないけど。許して欲しいとは思ってないです」  絞り出すような声で久住が言う。その瞳は潤んでいた。 「ずっと吉良さんに憧れてました。だから、認めて欲しくて頑張ってきた。……でも、なかなか認めてもらえなかった。だから、オメガでありながら刑事をやるのがどれくらい辛いのか、分かってもらおうと思って。分かってもらえたら、俺が頑張ってるのが伝わるかなって」  ぽたぽた、と久住の両目から溢れていく涙が、シーツにシミを作っていく。 「……すまなかった」  気づいたら、自分はぎゅっと久住を抱きしめていた。 「危険な目に遭って欲しくないと、思ってた」  公安の仕事は危険が伴う。時には命を落とすことだってある。だからこそ、適性のない人間にはいて欲しくなかった。オメガなら尚更危険だ。犯罪者に犯されて孕まされたり、無理やり番にされたりする可能性だってある。部下が傷ついたり、死んでいくのをもう見たくなかった。  だから、薬の効果が一時的で久住がオメガに戻ったと言われた時、ひどく落胆した。せめて、彼がアルファであり続けられたら、危険が一つ減ったのに。 「お前が命を落とす前に、ここを去って欲しいと思ってた。だからキツく当たってしまって……」 「き、らさん……」  久住の涙声が静かな部屋に響く。久住の細い身体をさらに強く抱きしめた。 「俺、刑事辞めたくないです」  キッパリと、久住が言い切る。意志を持った、強い言葉だった。  自分がオメガになってはじめて分かった。オメガとして生きることの壮絶さを。いつ襲われるかわからない恐怖と、動くことすらままなならない発情期の苦しさに耐えながら、久住はずっと刑事として生きてきたのだ。自分の身体と必死に闘いいながら、必死にこの仕事にしがみついてきたのだろう。並大抵の根性ではない。彼は本気だったんだ。  久住は、刑事であり続けたいと心の底から思い続けていたのだ。だから必死に努力をしていた。  ────それなのに、俺は。勝手に追い出そうとしていた。 「ね、吉良さん」  ぽつり、と久住が呟くように言う。顔をあげて久住の顔を見つめる。 「刑事であり続けてもいいですか?」  久住の淡い色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめる。それに応えるように、吉良もその瞳を見つめ返した。 「ああ、お前は刑事だよ。立派な」  これからは彼をずっと支え続けてやる。彼が刑事であり続ける限り。それが本来の自分の仕事だ。  吉良は久住の両手をぎゅっと握った。    

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