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第8話 現実 神田センリside

近江と神田が付き合い(?)だして、1月半経っていた。  2人は出張先でセックスをして以来、何かを約束したりだとか、相談して取り決めをしたワケではないが…   恋人というよりは、気ままなセフレと表現した方が正しい関係が続いている。  だが、そんな関係も近江の一言で、ガラリと変わった。  その一言は…  神田の家のベッドで激しい情交を終え、気怠(けだる)げに裸のまま微睡(まどろ)んでいた時に、近江から淡々と言い放たれた。 「センリ、僕は今月いっぱいで会社を辞めるコトになっているから」  ベッドの上で、神田にセンパイと呼ばれるのを、艶気が無いからと好まなかった近江が、意外なコトに名前で呼び合おうと言い出し…  最初はスゴク照れたが(ちなみにその日の情交は激しかった)、今はその呼び方がお互い気に入っている。 「ええ?! 辞めるコトになっているって、決定事項なのかよ?! ちょっと待ってよ、ヒロキは転職するの?!」  10回もすればセンリが、ヒロキに惚れるかもしれない、などと笑っていたが…  10回どころか、今では数えきれないほどセンリとヒロキは情交を重ねていた。  ソレこそセンリが過去に付き合って来た、ベータ女子たちと抱き合った回数を全部合わせても、センリとヒロキがベッドの上で射精した回数には及ばないだろう。 「まぁ、そんな感じだから… 僕らの関係もコレで終わりにしよう」 「なっ…!! 転職するだけだろ? 何で別れる必要があるのさ?!」  ガバリッ… と起き上がり、反対側を向いて転がっていたヒロキを、ゴロリと仰向けにして、覆いかぶさるようにセンリは顔を見下ろした。 「僕はたぶん結婚するから…」  ヒロキは視線を合せようとせず、センリから顔をそむける。 「何で結婚なんだよ!! 今までそんな話、ヒロキは一言も言わなかったのに?!」 「だから… 今、言っているだろう?」 「…イヤ、だってさぁ…っ! ヒロキ…」  目を合せようとしないヒロキの態度から、この話は本気なのだとセンリは読み取った。 「僕が"番の契り"を解く治療を終えたのは、最近だって話しただろう?」 「ああ、ソレが何か関係があるのか?」 「相手が待ってくれていて… 僕の方の治療が無事に成功したら、結婚を受け入れようと思っていたんだよ」 ("番"を解く治療は人によって様々で、何年も時間がかかったり、何割かの人が失敗する場合もある)  ヒロキの治療が半年ソコソコと短期間で終われたのは、ヒロキ自身が何年も"番"と接触を持たなかったため、オメガホルモンが安定していたコトが大きな要因だった。  気マズそうにヒロキは身体を丸める。 「ええっ?! マジで? て、いうかヒロキには婚約者とか… いたのか?」 「違う! 元婚約者の奥さんが、子供を産んでスグに亡くなって… だから彼… まだ僕が独り身ならもう一度やり直さないかと言ってくれているんだ」 「元婚約者? 後妻に入るってコトか…? ヒロキならもっと条件の良い相手が、いるハズだろう?!」  なんとなく納得がゆかず、センリは渋い顔で結婚を止めさせようと説得体勢に入るが… 「ふふふっ… 子供の頃から知っていてね、相手は良い人なんだよ… 逆に僕の方こそ勝手に"番"を作ったりと不誠実だったから、婚約を解消してもらったけど、あの時だって実家から絶縁された僕をスゴク心配してくれたし」  相手を思い出しているのか、ヒロキが穏やかに微笑む姿に、センリの胸がムカムカした。 「絶縁されてたの?!」  ムッ… としながらセンリは聞き返す。 「ウチよりもずっと格上の相手だし、子供の頃から結んでいた婚約を、僕の不誠実でつぶして相手に恥をかかせたのだから、普通は絶縁されるだろう?」  穏やかだったヒロキの笑みが、寂しそうな笑みに変わり、センリは胸の奥でドキリッ… と心臓が跳ねた。 <ヒロキは愛した恋人を、自分が捨てたと言っていたけど… オレから見ればどう見てもヒロキが捨てられた側で、ソレも自分から身を引いた健気な人だ… そんな辛い思いをした後で、家族にまで絶縁され、恋人も作らずオメガとして今まで生きて来たというのなら… ずっと孤独だったのは言うまでもない> 「・・・・・・」  優しくて包容力のある、年上のヒロキとの溺れるような毎日が、あまりにも楽しくて…  センリも実家から絶縁されるのが嫌で、婚約解消にふみ切れないでいたコトをすっかり忘れていた。  ザザザザザァ―――ッ… と、センリの中で血の気が引く音が聞こえ、頭がフラフラとして…  そのままバタリッ… とヒロキの隣に転がり、センリは腕で顔を隠す。  現実が急に迫って来たような気がして、センリはめまいがした。

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