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第4話

「はぁ…気持ちいいけど、もういいよ。気持ちよすぎて寝てしまいそうだ」 ……なんて言いながら、すでに何度もカクンカクンと首が落ちていた。 「今日はイベントでお疲れでしょう。いくらでもマッサージしますから、寝てていいですよ?」 「バカ、酒飲んでサウナで寝たら死ぬって」 「ああそうか、それはダメです。でしたら大浦さんの部屋でマッサージしましょうか?」 「いやいやそこまでしてもらわなくても。これだけ揉んでもらったらかなり楽になった」 感謝を込めた俺の笑顔に、雲仙がわざとらしく視線を逸らし少しとぼけたような表情を返してきた。 「……なに?その顔」 「いや、大浦さんの部屋近いから、あわよくば泊めてもらえないかなって思ってたんです」 「はっ……なんだそれ。ん~…いや、でもいいよ。お前一人くらいなんとでもなるし」 一緒に飲みに行くことすら滅多にない、雲仙の意外なお願いに驚いた。けど、こんな風に甘えられれば悪い気もしない。 「大丈夫ですか……?大浦さん、彼女とか……」 「ああ、いない、いない。もう何年もないよ」 「……『ない』…ですか?」 「あ、いや、そういう意味じゃなく……まあ、ほぼそういう意味だけど。まあ、そんなことはどうでもいい。最近帰っても寝るだけで部屋を散らかす暇すらないから安心しろ。洗濯物は溜まってるけどな」 もう一度水風呂とサウナを往復し、脱衣所に戻ると、体が少しふわふわとしてるように感じられた。 いつもより、肩や背中が軽い。 素人のマッサージでも、結構効くんだな。 もし今家のベッドでマッサージされたら、ほんと数秒で寝てしまうに違いない。 最近忙しいせいで神経高ぶり、なかなか寝付けなかったから……。 ……いや、さすがにそこまで甘えられない。 ……コツン。 「大浦さん、ロッカーに頭ぶつかってますよ。着替えながら寝るって器用ですね」 「……んぁああ…ねむっ。お前のせいだぞ……」 「あ……疲れてるのに遅くまで連れ回してすみませんでした」 しょぼんと俯く雲仙が可愛い。 職場じゃ絶対見せない表情だ。 「いや、実は最近よく寝られなかったんだ。でもおかげで今日はよく眠れそうだ。ありがとう」 「大浦さん……。じゃ、また着替えながら寝てしまったら、そのまま僕が背負って帰りますね」 「ばか。寝ないよ。んぁ~、とっとと着替えて帰るか」 「はい」 ………。 ……………。 ふっと気づくと俺は暗い夜道で電柱に寄りかかって眠りこけ、雲仙に引き剥がされて結局背負われる羽目になった……という記憶はかすかにある。 「鍵、どこですか?」 雲仙の肩に顎をかけて、優しい背中にもたれていると、遠い日の親の背中を思い出す。 あの頃に比べると、自分の体の重さをずっしり感じてしまうけど……。 夜風のかすかな涼しさはあるが、雲仙の背中に密着する肌はこもる熱で汗ばんでいる。 けれどその熱が雲仙と俺の間にできた新しい絆のようで、なぜか心地よく、大切なものに感じられた。 「大浦さん、降ろしますよ」 「やだ」 「……え……」 困り果てた雲仙が、俺の体を壁に押し付け、尻の下に足を差し込んでどうにかマンションの廊下に降ろさずに済むよう四苦八苦している。 けど、そんなことで大人の男を支えられるはずもなく、俺はズルズル背中をこすってずり落ち足をついた。 ………このスーツ、クリーニング決定だな。 けど、それもなんだか愉快なことのように思える。 「ポケットに入ってる……」 雲仙の首にぶら下がって鍵を取り出すように促す。 雲仙の手がスーツのポケットを漁って、内ポケットを漁り、シャツのポケットを漁って、スラックスの尻ポケットに移動した。 雲仙が困ったようにごそごそ手を動かしてる……そんななんでもないことが面白い。 「あーあ、なかなか見つけられないでやんの」 「……」 からかう俺の言葉への仕返しか、ケツをぎゅっと掴まれた。 「へへっ早く見つけろって。もう眠いんだから。」 「はいはい」 スラックスの前ポケットに鍵が入っているか確認のため外側からからペタペタと触っているけど、鍵の位置はもっと下だ。 「……大浦さん、鍵どこです?」 周囲の部屋に気遣って囁く熱い吐息に耳を優しくくすぐられ、ピクンピクンと首をすくめてしまった。 「ぁ…ふはっ……どこさわってんだよ。もっと下だよ早く開けろよ」 この時間なら誰かに見られることはないだろうけど、玄関ドアの前で男二人でじゃれあってるというのはちょっと恥ずかしい……ということにようやく思い至った。 「はいはい、おねむでワガママを言うなんて、大浦さんは甘えん坊ですね」 「っ……はぁっっ!?……んじゃワガママついでに靴脱がせて、寝かしつけるところまでやってもらおうか?」 「いいですよ。大きなプロジェクトを頑張ったご褒美に、僕が赤ん坊にするようにあなたをお世話してあげますね」 カチャカチャと鍵を開けると雲仙が壁に寄りかかって立つ俺の前で小さく膝をかがめた。

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