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第72話
ピンポーン
「ふう……緊張する……」
今日は諏訪一成先生と会う日。
緊張のあまり上手く喋れるか……不安すぎる。
「はーい。勝手に入ってきてー」
ドアを開けて「お邪魔します」までは言えた。
言えたけれど……家でかすぎない?もっと緊張するんだけど……
「お、お、お邪魔します!」
「そこのソファー座ってー。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「あ、えっと……紅茶でお願いします!」
コンテストに優勝できたのは嬉しいけどこんな凄い人を前にしたらそんなこと忘れてしまいそうだ。
「はい、お待たせー」
「あ、ありがとうございます!あ、あの……改めまして高月揺瀬と申します!」
「改めなくても知ってるよ」
「す、すみません……」
僕のバカ……!
会って数秒足らずでこんな失態を……!
「とりあえず優勝おめでとう。それでさっそくだけど今後の活動について話してもいいかな?」
「あ、あ、ありがとうございます!お願い致します!」
心臓の音がうるさい。
こんなに緊張するのは莉羽の握手会以来だ……ってまた僕は莉羽のことを!
「キミの絵は……素晴らしかった。と言いたいところだがあれはキミの本気か?」
「と、言うと……?」
「キミは絵の才能があるのにも関わらず中途半端なんだよ。なんだろうなあ。なんか魂がこもってないというか……キミは夢中になれるものがないとすぐ諦めてしまう性格。違うかい?」
図星すぎてなにも言葉が浮かばない。
そう、僕はいつも中途半端だ。
そもそも何かに興味を持つことすらない。
唯一、僕を夢中にさせたのが莉羽で……だから……今もずっと好きで……
「……返す言葉もありません」
「だろうね。絵だってただの趣味なんじゃない?」
「はい。ですが……絵を描くのは好きです。上手く描けた後のなんとも言えない感情が好きというか……あ、す、すみません。こんな話」
確かに絵は趣味で始めた。
夢中になったというより気付いたらいつも道具を持ち歩いている。
そして「描きたい!」と思ったものを描く。
ほんとこれだけのこと。
「いやいい。だけどねキミの絵には人を引き寄せる力がある。その才能をどうかこの絵の世界で活かしてほしんだ」
才能を活かす……
「あ、あの……僕は正直、自分の絵を誰かに見てほしいわけじゃなくて絵の魅力を伝えたいというか……スマホやパソコンなどでも絵が描けてしまう今、手で描く絵の魅力というものを……そ、その……」
絵の世界の頂点に立つお方に僕はなんてことを言ってしまっているんだ……
きっとこういう所が僕のダメなところだ。
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