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第3話

***  一回目のデートは、顔合わせから約二週間後だった。  当日は今にも降り出しそうな憂鬱な薄曇りだったが、慧の胸は普段より浮き立ち晴れやかだった。常に感情がフラットな慧にしては珍しくそわそわと落ち着かず、数少ないワードローブの中からの服選びに何日もかけた末に、結局品のいいライトブルーのシャツと無難なジーンズを選んだ。  降りたこともない都心の駅で降り、洒落た街並みを物珍しげに眺めながら、センスのいい人達に混じり指定された店に向かった。人混みがあまり得意ではない慧は目的地につくまでにすでに疲れを覚え始めていたが、ライトの顔を思い浮かべると足取りも軽くなった。    ――もうすぐ、ライトに会える。  そう思っただけで、周囲の人達と比べて自分が地味すぎて悪目立ちしていることも、考えてきた話題が人混みに揉まれるうちに頭から吹っ飛んでしまったことも気にならなくなってきた。  約束の十分前に店に着くと、驚いたことにライトはすでに来てエントランスの前で待っていた。 「ケイさん、久しぶり! 早かったな」  あわてて駆け寄る慧に、常に紳士的であることを要求される生業の男は艶やかな笑顔を向けてくる。落ち着けと言い聞かせても鼓動は勝手に速度を上げ、頬が微かに熱くなる。 「ごめん、待たせてしまったかな」 「いやいや、今来たところ」  待ち合わせの恋人達には定番すぎる甘いやり取りがなんだか気恥ずかしく、慧はどぎまぎと視線を逸らし腕時計を確認するふりをする。 「あ……今、十一時五十分だから、一時間だと、十二時五十分まで、ということでいいのかな……」 「そんな細かく気にしなくていいって。本部のスパイが見張ってるわけじゃないんだからさ」  ライトは笑い飛ばすと、慧の背に促すようにそっと手を当てた。エスコートしてくれる自然な仕草に、恥じらう胸がときめく。シャツ一枚隔てた彼の手の熱さをやけにリアルに感じてしまう。他人に触れられること自体ほとんどない慧には、そのぬくもりはとても新鮮だった。    ライトが選んだその店は今流行りの洒落たオープンカフェで、まるでパリの街角みたいな異国情緒があった。自意識の高そうな上品でハイセンスな客達が、聞き慣れないカタカナの言葉がたくさん混じった会話を楽しんでいる。  天気がよければテラス席も気持ちがよさそうだが、目立ちたくないという慧の性格を知っているかのように、ライトは店内の一番隅のテーブルを予約しておいてくれた。デートにかかった費用はすべて客が持つ決まりなので、そのあたりも気遣ってくれたのだろう。場所のわりには、ランチのコースはリーズナブルな金額だった。 「どうかな、ここ? 気に入らなければ替えてもいいけど。遠慮しないで言って」  流行雑誌に紹介されるようなカフェは初めてで少々肩に力が入ってしまい、正直居心地がいいとは言えなかった。精一杯きちんとしてきたつもりでも、洒落た店の雰囲気に見合った人達の中では慧は浮いていたし、不釣合いな二人を不躾にチラチラ見てくるテラス席の客もいた。メニューの料理名は知らないカタカナばかりで、どんなものなのかさっぱりわからない状態た。  それでも、ライトが自分のためにこの店を選んでくれたのだと思うと、それだけで嬉しくなってくる。  気遣うように顔を覗き込んでくるライトに、慧は微笑んで首を振る。 「十分だよ。ありがとう、素敵なお店を選んでくれて」  軽く頭を下げる慧に、ライトは目を見開き苦笑する。 「ケイさんにありがとうって言われるの、これでもう何度目だ? 俺は当然のことしてるだけなんだから、いいんだよ、お礼は」 「ああ、でも、やっぱり嬉しいから言わせてほしいんだ。ありがとう、ライト」  ライトは声を立てて笑い、 「なんか、あんたって調子狂うな」  と、困ったように肩をすくめた。  風変わりで扱いづらいと思われていないかと、急に不安になってくる。 「ライト、あの……僕は少し変わってるとよく言われるので、何か不愉快になったら許してほしい」 「ほら、そういうのも妙に新鮮なんだよ」  ライトは人差し指を立てて笑う。 「あんたみたいな控えめなゲストって初めてだ。他はみんな……って、他の客の話はNGだった。ごめん。まぁ、食べようぜ」

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